鉄の鳥
「チッ、チチチチッ!!」
「あん? なんだぁ……?」
キィン、という甲高い金属音に続いて、まるで鳥の鳴き声のような音が響く。
その音に驚いて出所へと顔を向けた燈と涼音が見たのは、真っ黒な色をした鴉のような鳥の姿だった。
「なんだぁ、あれ……? うおっ!?」
「チチチチチッ!!」
色合いだけを見れば間違いなく鴉なのだが、それにしては鳴き声が可愛すぎるし体の大きさも小さく思える。
何処かおかしなその鳥の姿を訝し気に思い、首を傾げた燈は、急にその鳥が自分の肩に向かって飛んで来たことに素っ頓狂な声を上げた。
「お、重っ!? え? まさかこいつ、金属……!?」
小柄な、掌にも収まってしまいそうなその鳥は、見た目に反してずっしりとした重量を有している。
近くで謎の鳥の姿を見た燈は、その全身が金属質な光沢に覆われていることを見て取り、ようやくそれが鳥の形をした金属の塊であることに気が付いた。
瞳、爪、嘴、そして羽……それら全ての器官が金属で出来ているというのにも関わらず、まるで本物の鳥のように軽やかに宙を舞ってみせた金属の鳥の姿に驚く燈。
いくらここが異世界だとしても、こんな珍妙な生物が存在しているわけがない。
まず間違いなく、この鳥は武神刀の能力で生み出されたものだろう。であるならば、その使用者はどうしてこんな真似をしているのだろうか?
「チチッ! ヂュイッ!!」
「まさか……ついて来いって言ってるのか?」
「ヂュイッ!!」
鉄の鳥は、燈たちの周囲をぐるぐると飛び回ってからある一方を指し示し、また燈の肩に留まるという動きを繰り返している。
その動きから、彼が何処かに自分たちを連れて行こうとしているのではないかと感づいた燈が声を漏らせば、鳥もまたその考えを肯定するような鳴き声を出した。
「……どうするの? 罠かもしれないわよ?」
「だとしたら、こんな目立つ真似をするか? 奉行所の奴らが罠の位置まで俺たちを誘導するにしちゃあ、怪しさ全開だろうがよ」
このまま時間さえかければ、包囲網を狭めて燈たちを捕らえることが出来る奉行所の人間たちがこんなわざとらしい罠を仕掛けてくるとは考えにくい。
この鉄の鳥を操っている人物の正体は判らないが、それを確かめるためにも誘いに乗ってみる価値はありそうだ。
そう判断した燈は、若干の疑いを持つ涼音を説得して鳥の案内に従うことを決めた。
このまま時間をかけると捕縛される危険性が高まることを理解している涼音もまた、一縷の望みをかけて燈の意見に従うようだ。
「……案内頼むぜ、鳥公。これで罠だったら、焼き鳥にして食っちまうからな!」
「ヂヂヂッ!!」
鉄で出来ているから、そんなことは不可能なのだが……もしかすると本当にやりかねない燈の様子に怯えた声を漏らしつつ、鉄の鳥は彼らを何処かへと誘導し始める。
周囲の状況を確認し、罠である可能性も考慮しつつ鳥の後をついて行く二人。
磐木の町に戻る道を進む鳥は、時折周りの様子を窺うようにして高く飛び、問題がないと判断してから誘導を再開しているような素振りを見せている。
自分たちが進んでいる道に監視者と思わしき人物たちの姿が見えず、また、人知れず奉行所の面々が敷いているであろう包囲網にもまるで引っかからずに移動出来ていることを悟った二人は、この鳥を操っている人物が味方である可能性が高いと判断し始めていた。
(だが、どうしてだ? なんで俺たちを助ける?)
問題は、その理由だ。
この大和国に来てから日が浅い燈にはここまで手助けをしてくれるような人物の心当たりはない。
てっきり百元が涼音を救うために手を打ったのかと思っていたが、彼女の様子を見る限りは違うようだ。
どうして、自分たちを助ける?
少なくとも燈たちは磐木の治安を乱しかねないと判断され、奉行所から目をつけられている人間だ。
そんな連中の手助けをしたところで、何の益もないはずなのに……。
と、そんなことを考えている間に、燈たちは磐木の町に辿り着いていた。
ここまで来れば包囲網を抜けたも同然だろう、と一安心する燈であったが、やはりこの鳥を寄越した人物の正体が気になっている。
鳥もまた、そんな燈の疑問をそのままにするつもりはないようだ。
安全圏まで彼らを案内した後、鉄の鳥は更に磐木の町の人気のない裏通りの中へと誘うようにして羽ばたいていた。
「チチッ! ヂヂッ!!」
薄暗い路地裏へと真っ直ぐに飛び、突き当たりの角を直角に曲がる。
その先に誰かがいる気配を感じ取った燈は、自分たちを手助けしてくれた人物の正体を知るべく、誘われるがままに暗闇の中へと飛び込んだ。
「……誰だか知らねえが助かった。礼を言わせてもらうぜ」
突き当たりを曲がった先には、少し長めの路地が続いている。
その先にある行き止まりの塀に背を預けて佇んでいる男の姿を見た燈は、まず最初に自分たちを助けてくれたことへの感謝を述べた。
軽く頭を下げ、されど警戒を怠らず……そうやって、謎の助っ人との邂逅を迎えようとしていた彼の耳に、その人物からの返事が届く。
「礼には及びませんよ。でも、俺のことを忘れるだなんてひどいじゃないですか、先輩」
「えっ……!?」
聞き覚えのあるその声と、その呼び方。
助っ人の正体が自分の顔見知りであることに気が付いた燈は、はっとした表情を浮かべて下げていた顔を上げる。
自慢ではないが、元の世界では慕ってくれる後輩どころか親しい友人一人作ることも出来なかった燈からしてみれば、そんな風に自分を呼ぶ人間の心当たりなどたった一人しか存在していない。
彼と最後に顔を合わせたのは……狒々との戦の時でよかっただろうか?
あの時も自分は今と同じで顔に包帯を巻いていたから顔を合わせたというのは若干の語弊があるが……それでも、お互いの正体を知りながら顔を合わせたのはあの時が最後のはずだ。
あれからまた、短くはない時間が過ぎた。
その間に燈は著しい成長を遂げたが、彼もまた燈と同じくらいに努力を重ね、力を身につけたらしい。
少なくともこうして武神刀を手にして、その力で自分を助けてくれるくらいには頼もしくなった後輩の姿に目を細めながら、燈は感激を滲ませる声で彼の名を口にした。
「久しぶりだな、正弘……!! ったく、ちょっと見ない内に立派になりやがって……!」
「先輩ほどじゃありませんよ。でも……俺も少しはあなたに近づけたみたいで、嬉しいです」
かつての下働き生活の中、唯一燈と絆を育み、彼に憧れ続けた後輩
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