辻斬り事件

 部屋を出てすぐの階段を昇れば、女子たちが泊っている部屋は目の前だ。

 先んじて三人の部屋の前に立った燈は、軽く扉をノックして向こう側へと呼びかける。


「おい、起きてるか? ちょっと話があるんだが……」


「ほいほ~い! 今開けるよ~!」


 夜だというのに元気が有り余っているやよいの声と共に、部屋の扉が音を立てて開く。

 その先から姿を現した浴衣姿のやよいは、にぱっと笑いながら部屋の入り口で男子たちをからかうような言葉を口にした。


「どしたの、こんな時間に? もしかして夜這いかにゃ~!?」

 

「んなわけねえだろ。気になることがあってな」


「気になることって、やっぱり女の子たちの浴衣姿ですかい!? そりゃまあ、普段より薄着であんなところやこんなところが見えなくもないし、栞桜ちゃんに至ってはサラシも外してるからおっぱいの大きさがよくわかる……」


「やよいさん、止めて。それ以上言われたら、部屋の中で待ってる栞桜さんが怖い」


 少しはだけた胸元を強調するように胸を張ったやよいから視線を逸らしつつ、蒼は彼女にからかいを止めるように言う。

 燈も恥じらいが足りない彼女の言動に顔を赤らめ、腕組みをして目を瞑っていた。


 そんな男子たちの可愛らしい反応を楽しみ、にししと声を上げて笑ったやよいは、部屋の扉を大きく開けて二人を中へと招き入れる。


「話があるんでしょ? ほら、入った入った!」


「ああ、んじゃ……お邪魔するぜ」


 まだ少し落ち着かない気分を抱えたまま、女子たちの部屋へと足を踏み入れる燈。

 宿屋とはいえ、女の花園と化した部屋の中に入るのは初めてだなと思いながら、襖を開けて居間へと足を踏み入れた彼は、そこで待つ残り二人の女子とも対面する。


「あ、燈くん、どうかしたの? こんな時間に珍しいね?」


「あまり私たちをじろじろと見るなよ。不埒なことを考えているんだったら、お前たちといえど鉄拳制裁するからな!」


 やよい同様に浴衣を着ているこころと栞桜は、滅多に見せない髪を下した格好になっていた。

 その新鮮さに若干ドギマギする燈と、そんな彼の反応に照れくささを感じて同じように心臓の鼓動を早める女子二人の顔もまた、ほんのりと赤く染まっている。


 刀を持たず、何処にでもいるような町娘の格好をしている彼女たちを見た燈は、やはり全員が美少女であることを強く実感していた。

 こころも栞桜もやよいも、全員がタイプこそ違うが可愛い女の子であることは共通している。

 そんな女子たちとお近づきになり、こうして宿泊している部屋にも入れるだなんてのは相当な役得なのでは? と珍しく浮ついた燈の胸の内を見透かしたのか、赤面している栞桜がその顔面へと枕を勢いよく放り投げた。


「へぶっ!?」


「警告だ。次に妙な考えを浮かべてみろ。今度は机をお前の顔にぶつけてやる」


「お、おう……悪かった……」


 これは完全に自分が悪い。いくら何でもデリカシーがなさすぎた。

 気を付けなければ、本気で栞桜から折檻されかねないと恐怖しながら、燈は素直に謝罪の言を述べた。


 そんな彼の横では一連の流れを見て少し落ち着いた蒼が話を切り出すタイミングを見計らっている。

 燈と栞桜のやり取りが止まったことを見た彼は、やや浮ついた空気を引き締めるような真面目な表情を浮かべつつ、早速本題である話を始めた。


「ゆっくりしてるところにごめん。でも、少し気になることがあってさ、三人とも情報を共有しておこうと思って」


「なんだ? 何か事件でもあったのか?」


「事件って程でもねえんだが、実は、さっき――」


 蒼から話を引き継いで、まずは燈が自分が先ほど謎の少女と遭遇した時の話を女子たちに聞かせる。

 気配を消し、庭に侵入していたこと、その少女の腰には武神刀が下げられていたこと、彼女は誰かを探していることを告げると風のように消えてしまったことを燈の口から聞かされた栞桜たちは、難しい表情を浮かべて口々に自分の考えを話し始めた。


「確かに妙な女だな。物取りならばわざわざ人の多い宿屋を狙う必要はないし、そもそも自分から姿を晒す必要もあるまい」


「でも、ただの武士だとしても変だよね? 人を探してるなら、普通にその人のことを聞いて回ればいいだけだし……」


「でもまあ、それだけなら燈くんが変な女の子と会ったってだけで終わる話でしょ? わざわざあたしたちの部屋にまで来たんだもん、何か他にも話があるんじゃないの?」


 そう言って、勘の良いやよいが今度は視線を蒼へと向ける。

 彼女の言葉に頷いた蒼は、今しがた自分が宿屋の主人から聞いた話を仲間たちとも共有すべく、口を開く。


「宿屋のご主人から聞いた話なんだけど、最近、この近辺で何件も辻斬り事件が起きているらしいんだ。それもただの辻斬りじゃない。ひどい時には、一晩で村が一つ壊滅させられただなんてこともあったらしい」


「辻斬りって、要は通り魔殺人ってことだよな? それで村一つを潰すだなんて、どんだけ人を斬りたいんだよ」


「……そう珍しくもない話だ。今まで周囲から見下されてきた農民や下級武士が、ひょんなことから武神刀を手にして、その力で復讐を始めるだなんてのはな。大方、最初は自分を馬鹿にした者を斬って満足していたんだろうが、人を斬る快感が忘れられなくてより過激な凶行に手を染め始めた、というところだろう」


「ってことは、燈くんが見た女の子は、その辻斬りを探してる奉行所の人……?」


「違うんじゃない? そういう立場の人なら、話を聞く時には正面から来るでしょ。わざわざ気配を消して、燈くんの様子を窺ってたってことは、奉行所とは関係なく個人で事件を調査してる人間か、あるいは……」


「……獲物を探してた辻斬り本人か、ってことだね」


 燈と蒼、二人の話を組み合わせて推理を重ねた一行は、それでもはっきりとした答えまでには辿り着けずにいる。

 謎の少女が奉行所の人間ではないことは確かだが、犯人だとするとわざわざ姿を晒してから燈に何もせずに逃げ去った点が不可解であり、どうにも腑に落ちない。

 だが、辻斬り事件とあの少女が無関係とも思えない燈たちは、頭の片隅にこの話をインプットしつつ、自分たちがどうするかを話し合う。


「俺たちには関係ねえ話だが、聞いちまった以上は無視も出来ねえよな。せめて犯人が見つかるまで、この辺の警邏でも請け負ってみるか?」


「その意見には僕も賛成だ。でも、その前に百元さんのところに行くべきだと思う。まずは旅の目的を一つこなしておくべきだ」


「向こうがなにかあたしたちの知らない情報を掴んでるかもしれないしね。奉行所だって馬鹿じゃないし、そこまで大きな事件になってるなら、本腰を入れて対策を練ってるでしょ」


「同じ武士として、その魂ともいえる武神刀を悪用する輩は許してはおけんが……こちらの戦力を整えるという意味でも、まずは百元殿と合流した方がいいだろう。辻斬り退治はそれからだ」


「私はこういうことにはあんまり役立てないと思うから、みんなの意見に従うよ。まずは百元さんとそのお弟子さんと合流して、そこから辻斬り犯を捕まえるために動く。それで良い?」


 自分たちの意見を総括してくれたこころへと頷き、今後の方針を決める一行。

 情報収集や戦力の増加、そして何より旅の主目的である百元とその弟子との合流を第一として動くことを決めた燈たちは、随分と深まってきた夜の闇を見て、寝ることを決めた。


「そんじゃ、明日は早めに出発して、磐木に行こうぜ。そうと決まったら早めに寝た寝た!」


「僕たちは部屋に戻るよ。いきなり踏み込んでごめんね」


「大丈夫だよ、気にしてない! それより、このまま一緒のお布団で寝ちゃったりしない? あたしってば、大きさも柔らかさも抱き枕としてうってつけだと思うんだけど――」


「おやすみ! やよいさん!!」


 若干セクハラ染みたやよいの言葉を大声で遮って、蒼が激しい音を鳴らしながら部屋の襖を叩き閉める。

 判り易く動揺を見せた彼の反応に楽し気な笑みを浮かべるやよいを、蒼と同じくほんのりと顔を赤らめた栞桜が咎めた。


「やよい、軽々しくそんなことを口にするんじゃない! お前が悪戯好きなのは知っているが、もう少し慎みをだな……」


「え? あたしは結構本気でああ言ってるんだけど? 蒼くんが首を縦に振ってたら、抱き枕になるどころかあ~んなことや、こ~んなことまでどんとこい! って感じなんだけどにゃ~!」


「ぶっ!? だ、だから! そういうことを軽々に口にするなと言ってるんだ! 本気であれ冗談であれ、年頃の娘が口にして良い言葉じゃないだろう!?」


「え~? ……でも、二人も燈くんと一緒のお布団で寝たくない? きっと楽しいよ~! 面白いよ~!」


「そ、そんなの駄目だよ! そういうのはやっぱり、ムードとかお互いの意志が大事なのであって、そんなノリとかですることじゃ……あぅ」


「ば、馬鹿かっ! 未婚の男女が同衾だなんて、そんな不埒な真似を楽しめるものか! やよい! お前は一度、おばば様に叱ってもらった方がよさそうだな!」


 きゃぴきゃぴと騒ぐやよいの言葉を受け、栞桜もこころも判り易く赤面して視線を逸らした。

 こころはもごもごとした口調で、栞桜は普段よりも大きな声をあげて、それぞれやよいの言葉を否定してはいるが、心の何処かではそのシチュエーションにときめいてしまっていることは明らかだ。


 蒼もだが、この二人もなかなかにからかうと楽しい。

 自分の言うことにいちいちいい反応を見せてくれる仲間たちの姿に、やおいは小悪魔のようにクスクスと笑みを浮かべてから、布団に潜り込むのであった。









 ……少なくともこの時は、燈たちはこの事件をそう重大なものだとは思っていなかった。

 甚大な被害を出してはいるが、所詮はたった一人の人間による犯行。妖が集団で引き起こす事件に比べれば、解決は容易だと、そう思っていた。


 東平京から盗み出された妖刀。燈が遭遇した謎の少女。これから自分たちが会いに行こうとしている天元三刀匠最後の一人と、その弟子。そして……幕府から派遣された捜索隊である王毅たち一行。

 それら全ての要素が絡み合い、一つになる時、彼らは知ることになる。

 この事件が、途方もなく哀しく、虚しい戦いを引き起こすということを。


 そして、その戦いに自分たちが既に巻き込まれているということを、今の燈たちは知る由もなかった。

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