包帯太郎



 明くる日の昼過ぎ、妖退治のための戦に参加する武士たちを募る仮本部の中で、しかめっ面を浮かべている男が一人。

 登録受付の担当になった彼は、今しがた自分の元を訪れた二人の青年たちを見て、何とも言えない気分になっていた。


 青年のうち、一人は問題ない。普通の、何処にでもいるような人の好さそうな顔をした優男といった雰囲気の彼の隣に立つ、もう一名の方が問題なのだ。


 背丈も肩幅もそれなりにあり、若々しくも鍛えられた雰囲気を醸し出す彼。

 その顔も実に精悍なのだろうとは思うのだが……残念ながら、担当者はその青年の顔を見ることは出来なかった。


 彼が、顔全体を、真っ白な包帯で覆っているからだ。


「………」


 無言で、何重にも巻かれた包帯の隙間から見える双眸を自分に向ける青年の様子に、突っ込みを入れたくなる担当者。

 正直に言って、途轍もなく怪しい風貌ではあるのだが……どうにも彼はその部分に触れることが出来ないでいた。


(包帯……包帯だぞ? 頭巾や深編笠ならまだしも、顔に巻いている包帯について聞くのは野暮ってもんだな……)


 そう、そうなのだ。この青年は顔を隠してはいるが、隠すために使っているものが問題なのだ。

 包帯というのは怪我の手当てに使う物。であるならば、もしかしたら目の前の彼も何らかの理由で顔に傷を負ってしまったからこそ、包帯で隠している可能性がある。もしかしたら顔に大きな傷があるのかもしれないし、火傷の跡が残っているかもしれないわけだ。


 であるならば……それについて聞くのは、若干気分が憚れた。

 誰にだって触れられたくないことの一つや二つはあるだろうし、それについてわざわざ突っ込むのは野暮と言うもの。今回の募集に関しては一時的な戦力を求めるものであり、長期的に幕府に協力してもらうわけでもない。


 必要なのは確かな腕っぷし、それだけ。

 ならば、顔がわからなくとも、そこまで問題はないように思える。


 暫し逡巡し、自分自身を納得させ、相手のデリケートな部分に踏み込む勇気がないことを正当化した担当者は、ゴホンと咳払いをしてから、筆と帳簿を青年たちへと差し出した。


「この帳簿に名前を書いてくれ。それで、受付は終わりだ」


「ありがとうございます。筆、お借りしますね」


「………」


 丁寧に頭を下げ、借りた筆で帳簿に名前を書く青色の鞘の武神刀を腰に差した青年の姿を見ながら、担当者は思う。

 そうだ、別に姿なんてものはそこまで関係ないじゃないか。この包帯を巻いた青年も、自分に対して会釈をしたり、感謝の意を示したりと、怪し気な風貌に反して人格は非常にまともそうだ。


 きっと顔の包帯も、若さゆえの無鉄砲な行動で傷を負ってしまったから巻いているのだろう。

 自分にもそんな時期はあった。誰にでも、若い頃には手痛い失敗をするものなのだ。それを恥じる気持ちもわかるし、わざわざ掘り返してやる必要もないだろう。


 やや歳を食った、大人としての寛大な精神で二人を受け入れ、何度も頷きを繰り返す担当者。

 そうして、懐かしい過去の思い出に浸る彼が、名前を書き終えた二人から帳簿を受け取り、それを改めると……


『名前 包 帯太郎つつみ おびたろう


(いや、これ絶対に偽名だろ!?)


 姓と名を続けて読むと『包帯太郎』。名は体を表すとはいうが、こんな馬鹿げた一致があるものか。

 これは明らかに怪しい。顔を隠し、偽名でこの戦に潜入しようとするこの男たちの目的はなんなのか? 一度しっかりと話を聞く必要がある。


 そう判断し、先ほどまでとは打って変わった真剣な表情を浮かべて顔を上げた彼であったが――


「あ、あれ!? いない!?」


 ――その反応を予期していたかのように、既に二人の青年の姿は消え去っていた。

 それなりに人の多い仮本部の中から彼らを探し出すことは容易ではなく、そもそも自分には受付担当の仕事がある。この場から離れるわけにはいかない。


 何か、本当に何となく怪しい気はするのだが……別段、超が付くくらいの稀な可能性が合致していた場合もあるだけに、どうにもこのことは上の人間にも報告しにくかった。


 彼が出来ることといえば、心の中であの怪し気な青年たちが何事も問題を起こすことなく仕事を終えてくれることを祈ることのみ。

 間違いなく彼らは人間であるのだから、そんな大それたことなどしないだろう。だから、本当に……自分にまで責任が及ぶことをしでかさないでほしいとだけ心の中で祈りながら、彼は再び自分の仕事を全うすべく、落ち着かない気分のまま、次の志願者の相手をし始めた。


 ……一方、無事(?)に顔と名前を明かさぬまま、戦への参加受付を完了させた、我らが燈はと言うと――


「くそ……すまねえ、親父、お袋……でも、これは仕方がないことだったんだ……」


 ――誇りある自分の名前を偽ったことを心の底から凹み、両親への謝罪の言葉を繰り返し続けていたそうな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る