第226話 思い出補正
「……お風呂上がったけど……って、何やってんのふたりとも」
浴槽で溺れないために、すぐ近くにある手すりと腕をタオルで結んで命綱のようにしてのんびりとお風呂で休んだ僕は、さっぱりした気分で部屋に戻ったけど、
「え? あ、いやあ……何もしてないっすよ、あはははー」「ひゃ、ひゃい……」
僕のクローゼットを漁っている浦佐と井野さんの姿が目に入った。
……今度は何を見つけるつもりなんだ? 正直、あのパソコンに入っているAV以外見つかってやばいものはないんだけど、部屋を漁られるのはあまりいい気分はしない。
「じゃ、じゃあ、それなりに休憩もできたっすし、またゲーム再開するっすかー」
「そ、そうだね……」
ササ―っとそれぞれ定位置に散る高校生ふたり。浦佐はともかくとして、井野さんはかなり眠そう。……っていうか、井野さんもうエナジードリンク二本空けてるし。……あまり飲み過ぎても体に毒なんだけどなあ……。
「さっ、あと五十年、気張っていくっすよー」
「「……お、おー……」」
この手のゲームをやるとき、最初はまあそれなりにゲームそのものを楽しんだり、わーきゃー騒ぐことができるんだけど、最初の眠気がピークに達すると、早く終わらないかなーって思うようになる。それはもう通過した。一度その眠気がひとまず覚めると、一瞬だけ深夜テンションというか、また元気にゲームができるようになる。ただ、眠気が覚めただけで、寝たいことに変わりはなくて、結局またテンションが緩やかに下がっていく。それが今。
要するに。
めっちゃ寝たい……。今すぐにでも目を閉じて何もかもを自然のあるままに任せたい。
誰だよ、徹夜なんて概念思いついたの。人間は夜寝ても安心な動物なんだから、ちゃんと夜寝ないと駄目でしょうが。
こうなると、もはやゲームはただ何の感情もなく進めていく代物に切り替わって、心のどこかで、早く終わらないかなーって思うようになるわけで。
「……浦佐」
「……なんすか? センパイ」
「今楽しいか?」
「今は楽しくないっすね……。正直、このままベッドの上で寝てしまいたい気分っす」
「……だろうな」
言い出しっぺがこう言っているんだ。文句を言っても許されるだろう。
「でもまあ、二・三日経てば、いい思い出になるっすよ。多分」
……ただ、ぼんやりと画面を見つめながら言った浦佐の一言には、何も言い返すことができなかった。
「思い出補正って奴っすかね、ほら、次センパイの番っす」
「う、うん……」
ちなみに、僕らが話している間、井野さんはどうしているかと言うと……。
死にそうな目で普通のお茶を飲んで、自分の頬っぺたを引っ張れるだけ引っ張っていました。恐らく、井野さんは限界の先にある限界に来ている。
「……たださ、またこれをやりたいって、思えるか?」
ポチポチとコントローラーを触りつつ、僕は浦佐に尋ねた。
「……どうっすかねえ。このメンバーだったら、またやってもいいって、思えるかもっすね。動画のためにやりたいとは、思わないっす」
……意外とあっさりと、浦佐は答えた。本当に思っているからこそ、すんなり出た言葉なのだろうけど。
「……そっか」
「あ、だからセンパイも、お盆休みか年末年始のどっちか、二日間予定空けてくれたらまた徹夜でゲームできるっすよ?」
「……あいにく、年末年始はもう美穂に予定取られてるね」
「じゃあっ、お盆休みでいいっす」
「……社会人になってからそんな馬鹿なことしたくないよ……」
「ええー? そんなこと言わないでくださいっすよーセンパイー。バイト辞めてこうやって遊ぶ機会なくなるのは嫌っすよー」
「…………」
「ん? どうしたっすかセンパイ?」
「いや……なんでも」
とてもとても慕われているなあって、思っただけです。
「気が向いたら、空けといてあげるよ。気が向いたら」
「やったすー。あ、円ちゃん、何寝てるっすか、次円ちゃんの番っすよ。次寝てたら、この間円ちゃんの部屋に泊まったときに見つけた円ちゃんの恥ずかしいこと、太地センパイに話すからっすね」
「ひゃっ、ひゃいっ! そ、そ、それだけはやめてえ……」
……ほんと、浦佐は井野さんの部屋で何を見つけたんだ。っていうか、井野さんは井野さんで、まだ僕に言えないような恥ずかしい秘密を抱えているのか? もうないよ。僕は思いつかない。僕をおかずにして、僕を題材にした自作のエロ漫画描いていて、他に何があるの? 真面目に。
と、まあなんやかんやありつつも、なんとかゲームは無事(かどうかは知らないけど)進行していって、迎えたゲーム開始から四十四時間後。
「……と、とりあえず……優勝はセンパイっすね……」
「……そ、そりゃどうも……」
「……や、八色さんが、あんなとこやこんなとこにまき散らしたのが、大きかったですね」
「……待って、その言いかたは誤解を招くから……」
「と、とりあえず……今は寝たいっす……」
「でも……僕ら今日は出勤だから……お昼過ぎには起きないと……」
「大丈夫っす……そこらへんの対策は、してるっすから……おやすみっす……」
当然だけど、三体の生きた屍が、僕の部屋に誕生していた。浦佐の対策というものを信じて、僕はゲームとテレビの電源だけ落として、そのまま力尽きたようにバタンと意識を冷たい床へと溶かしていった。
午前六時くらいのことだったと思う。
次に僕が目を開けたのは、なぜか寝ているときに息苦しくなったからだった。あまりの苦しさに眠りから覚め、目の前の光景を確認すると。
……なんで、水上さんがここにいるの?
っていうか、なんで水上さんは寝ている僕にキスをしているの? え? いつか言っていた睡姦の伏線、ここで回収する?
「……あ、おはようございます。起きられたようですね」
僕が起きたのに気づいた水上さんは、唇を離して少しだけ嬉しそうに表情を緩ませる。
「え、えっと……なんでここに?」
「浦佐さんに頼まれたんです。三日目のお昼、どうせ自分たちは寝落ちして起きないから、バイトの時間に間に合うように起こしに来て欲しいって」
対策って、そういうことか……。
「けど……端から見れば、完全に乱交した後みたいな状況で寝られてましたね……。これで使用済みのものなんて落ちてたら、今すぐ八色さんを襲ってしまうかもしれません」
……大丈夫。あるのは空き缶の山と、コードがうねうねしているゲーム機諸々だけだから。
「……ちなみに、あと何時間なら寝られそう?」
「一時間くらいなら」
「オーケー……それくらいまで、もうちょっとだけ寝させて……まだ寝足りない……」
なんせ、二徹明けだから……。これじゃ仕事がままならないよ……。
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