第222話 一家団欒(?)と帰省の終わり
翌日の朝、僕より一足先に水上さんは東京へと戻っていった。今日の夜からまた仕事始めだからなかなかハードなスケジュールだ。
「……色々とお付き合いいただいてありがとうございました……」
水上さんを見送りに地元の駅までついていき、電車を待つ間、申し訳程度の待合室で僕はそう話した。
「いえ……こちらこそ。八色さんのご両親ともたくさんお話できたのでよかったです。それに、お土産まで頂いてしまって……」
水上さんは右手に提げている紙袋をチラッと見る。中身は信玄餅だ。とてもひとりでは食べきれる量ではないけど。
「ま、まあ多かったら水上さんの実家だとか、最悪バイト先に持っていくでもいいから……あのお店の人たち、お土産はすぐに食い荒らすから心配ないよ」
ただ、水上さんが僕の地元の銘菓を持ってきたってだけで、要らぬ噂が立ちそうになるからそこが嫌なんだけど……。
「そうですね……両親がこういうお菓子好物なので、実家に送ろうかと思います……あ、あと」
ふと、水上さんはそこまで言って隣に座る僕の耳元でそっと、
「……そういえば、姫はじめ、いつにしましょうか?」
「っっっ! なっ、なにをいきなり言っているの……?」
姫はじめ、なんて単語を口にするものだから、僕は飛び跳ねる動きで水上さんから距離を取る。反射でね。
「……クリスマス以来、結局一度もしてないなって思いまして……」
「……いっ、いや……お、お互い用事合わないし、み、水上さんテスト前でしょ……?」
まさか付き合って一週間程度でセックスレスを指摘されるなんて思わなかった……。
「で、でも……やっぱり、ちょっと寂しいんですよね……」
「うっ……」
しんみりとした様子で、水上さんは静かに呟く。
昨日今日と美穂にかかりっきりだったから、やはり水上さんも多少のストレスっていうか、嫉妬は覚えているもので……。
「……今度水上さんが都合いい日でいいから、どこかデートでも行こうか」
雰囲気に押されて、僕はそう提案すると、
「……め、珍しいですね……」
「え? な、何が……?」
「八色さんのほうから、デートを提案するなんて……」
意外だ、というふうに口元に手を当てて少し固まっている。
「……いや、まあ……。たまには、いいんじゃないかなって……」
「たまにじゃなくても、毎日でもいいんですよ?」
「それは物理的に無理でしょ……ほら、そろそろ電車来るから、準備しないと……」
そうしているうちに、電車の時間がやって来た。簡易的な待合室を出て、僕らはホームで電車の到着を出迎える。
「……では、お気をつけてお帰りください……」
「はい、ありがとうございます。また東京で」
「う、うん……東京でね」
水上さんが乗車した電車は、すぐに駅を発車した。遠ざかっていく甲府行の電車の影が見えなくなるまで、僕は駅のホームに残って彼女のことを見送っていた。
「……お兄ちゃん、明日で帰っちゃうの? もっとゆっくりしていってくれていいのに……」
その日の夜、家族四人で囲むご飯の席で、隣に座る美穂が言う。……ちなみに、今日の夕飯は豪勢にすき焼きだそうです。
「う、うん……。僕も明日からバイト入っているから、帰らないと……」
「ううー、せっかくまたお兄ちゃんと一緒にいられたのに……」
取り皿の上で、溶いたたまごをくぐらせた牛肉を箸で掴みつつ、美穂は口をすぼませる。
「ほら美穂、あまりお兄ちゃんを困らせちゃだめよー。お兄ちゃんだって無理してわざわざこっちに帰ってきてくれたのよ? あなたの嫌いなお父さんの我儘で。贅沢言っちゃだめよー」
「えっ、ちょっ、美穂が嫌いなお父さんって? えっ?」
……お母さーん。何食わぬ顔で父にクリティカルヒット入れてまーす。
「そ、それはそうだけど……」
「え? それはそうだけどって美穂? おーい、美穂―?」
母娘揃って父にダメージを入れる夕食……。これが日本の家庭の縮図ってやつか……。
「あっ、お兄ちゃん、牛肉火通ったよ?」
父親に向けていた無機質な表情から一変、華やいだ顔つきでお肉を僕の取り皿に置く美穂。
「あ、ありがと……」
「み、美穂―? お、お父さんのこと嫌いって、そうなのかー?」
往生際悪く、斜向かいに座る美穂に向かって左手を伸ばす父親。それに見かねたのか、呆れたのか知らないけど、僕のときと同じように、美穂は父の取り皿に自分のお箸を持っていって、
「はい、焼き豆腐の崩れた欠片」
「太地には肉なのにお父さんには豆腐の欠片っ? ぐぬぬぬ……おのれ太地、彼女ができても美穂に懐かれているなんて……こうなったら、早いところ太地と水上さんを結婚させて──」
「……あなた? いい加減にしないと、あなたの顔面にぐつぐつに熱くなったお鍋ひっくり返しますよ?」
「ひっ、ひぃぃ!」
なんだろう……。以前母が言っていた、「浮気したらすぐ離婚して養育費請求する」って包丁持ちながら告げたってエピソードを想起させるシーンだったような……。っていうか、あれ? もしかして、僕が水上さんに基本的に頭が上がらないっていうか、ペース握られているのって、父親に似た、とかそういうことないよね……? あれ? 浮気っぽくはないと自覚しているけど……。
「あっ、お兄ちゃん、お茶碗空っぽだよ? おかわりいる?」
「……うん、いただきます」
「はーい、ちょっと待ってねー」
……とまあ、父親が虐げられるなか、豪勢な夕食は基本的につつがなく進んでいった、って言っていいと思う。
水上さんのことはある程度認めてくれたとは言え、美穂は僕が東京に帰ることに関しては未だぐずりっぱなしで、お風呂もいつもより長めに入らされたし、添い寝だってかなりぎゅっと抱きしめないと美穂は満足してくれなかった。
そこまでしてもやはり帰宅当日の朝はわんわん大泣きしては、僕が家から出られないように玄関で通せんぼしてきたり、コートの袖を掴んだりと彼女なりの抵抗を見せた。
「……また次のお盆か、年越しになったら帰ってくるから」
と美穂と約束をして、なんとか実家を出発。
……かれこれ約三日間に渡る帰省は、そうして終わりを迎えた。最大の懸案である、美穂に水上さんのことを認めてもらう、というミッションは概ね達成できたのではないだろうか。……いや、というよりかは、水上さんと美穂の共存、というか両立を目指す形になるのかもしれないけど……。
まあ、流血沙汰が起きなかっただけ、いいほうだろう。
とりあえず……帰ったらすぐバイト行かないと。小千谷さんが泣いている。多分。
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