第215話 嫉妬のポイント
ささやかな晩餐であるフライドチキンやポテト、クリスピーなどを平らげて、かるーくお酒も飲んだ後、お風呂が沸きあがるのを僕らは待っていた。……いや、その間に水上さんは後片付けだったりとか、僕も僕で近くのコンビニで替えのパンツとシャツを買ったりとか色々やっていたけど。
テーブルの上が綺麗になったところで、僕は懸案事項である年末の帰省についてお話をすることに。元をただせばこれが引き金をひいたところはあるし。
「……そ、それでなんだけど……、今年の年末、実家に僕帰るんだけど……父親が、彼女いるなら連れて帰ってこいって言っていて……つ、ついて来てはいただけないでしょうか」
ちょこんと僕の真横に座っていた水上さんは、間髪入れないタイミングで、
「行きます」
と即答。……も、もうちょっと考えてもらってもいいんだよ……? そもそも、年末年始を他所の人の家で過ごすってだけでもハードル高いだろうに、さらに実家っていうオプション付きだよ……?
「え、えっと……ウチのバイト先なんて可愛く見えるくらい、カオスな家族が待っているけど、だ、大丈夫……?」
ドタコンな父親にどこか圧が凄い母親に、ブラコンの妹。……個性のデパートかってくらいなんだけど。
「……山梨ですよね? 大丈夫です。一度行きたいとは思っていたので」
「う、うん……。そうだけど……。いや、いいや……水上さんがそう言うなら……。ちなみに、僕の父親が気を利かせたのか僕にプレッシャーをかけるためか知らないけど、もう特急の指定席券まで押さえているんだけども……ふたり分」
「ありがたく使わせてもらいます」
「……は、はい……。かしこまりました。つきましては、乗車券は学割で買ったほうが安いと思うので、学割証の準備だけ、お願いします……」
「わかりました」
……断られたらそのときは単身で帰省して、彼女はいるよとだけ説明して乗り切るつもりでいたけど、……まあ水上さんが断るはずもないか。
ドタコンブラコンに……プラス、重たい水上さん。……僕、この帰省の間に胃炎とか起こしたりしないよね? 今から気が遠くなっているんだけど……。
なんてしていると、お風呂場から上機嫌なメロディが鳴り響く。僕の家のとは違う機種の。
「先入っていいですよ? 八色さん」
すかさず水上さんが僕に言って、お風呂に入るよう促す。
「……え? で、でも……」
「どうぞどうぞ、私が先入っちゃうと長くなるので。後で入りますね」
「……あ、ああ……そ、そういうことなら」
確かに、それなら僕が先に入ったほうが効率的か……。
「湯船のフタの上に置いてある入浴剤、使ってもらって構わないので」
水上さんの提案に乗る形にして、僕は部屋から脱衣所へと入る。……脱衣所がある家っていいね。いや、本当に。
綺麗に並べられているコップに歯ブラシ、さらにはハンドソープ。白い陶器の洗面器に汚れは一切なくて、こういうところはしっかりしている水上さんらしい一面が垣間見える。……視線を移せば、洗濯かごに洗濯機が置かれているけど、あまりジロジロ見るのも悪いので、さっさと服を脱いで浴室に逃げ込んだ。
「ふぅ……」
と、体を洗ってから一息ついたのはいいけど。
「……普段、水上さんがこのお風呂使っているって思うと……なんか」
平常心ではいられないというか。いや、もともと平常心なんてなかったんだけどさ。
ラベンダーの香り漂うお湯にとりあえず浸かっていると、脱衣所のドアが開けられる音がした。
「……ん?」
「バスタオルとか、置いておきますね」
「う、うん。ありがとう」
なるほど、そういう用事なのね。……一瞬水上さんがお風呂に突撃してくるのかと思って、ヒヤヒヤしたよ。
……なんて思ったのも束の間。一度開けられたはずの脱衣所のドアが閉められる音が、なかなかしない。
「……み、水上さん……? ど、どうかした?」
なんとなく嫌―な予感とともに、外にいる彼女に声を掛けてみると、返事の代わりに、今度は浴室のドアが開かれた。
「ぶっっっっっ!」
つい反射で視線を投げてしまったけど、いつか目にした裸の水上さんがそこに……。飛び跳ねるようにお湯のなかに潜って視線を逸らすけど……、いつまでも水中で息がもつはずがなく、ゆっくりと顔をお湯から上げると。
「……な、なんでいるの……?」
当たり前のように浴室の椅子に座って両手にボディーソープを垂らしている水上さんがいた。
「なんでって……後で入るって言ったじゃないですか……?」
後でってそういう後でだったんだね。僕びっくりだよ。
「それに、お風呂はできるだけ一緒に入ったほうが、お湯の保温にも効くって」
「それ何人家族のエコ知識なの? 今僕と水上さんしかいないよね? そんなにお湯は早く冷めないよ?」
「……あと、さっき私、お酒飲んでから一度もお手洗い行ってなくて……」
「…………」
さらなる衝撃の一言が彼女の口から発せられた。あまりの内容に、僕は絶句。
「……現在進行形で、我慢しているんですよね」
やや恥ずかしそうに頬を赤らめさせつつ、水上さんは泡立った両手で体の隅々まで洗っていく。
「ごめん悪いことは言わないから今すぐトイレ行ってくださいお願いします」
「せっかくお風呂入ったのに……ですか?」
「トイレ我慢しているのにお風呂入った確信犯は水上さんだよねそこまで体張らなくていいからほんとにマジで」
「……で、ですけど。さ、さすがに八色さんのために、おもらしをするにしても、布団の上ですと掃除が大変ですし、トイレだとまたそれは違うプレイになりそうですし、……一番いいのは、お風呂場だと思うんですけど」
あと僕のためにとか言わないで生々しいから!
「真面目な顔しておもらしプレイの場所の検討を入れなくていいから。ほんっとごめん、ほんとこんな性癖持ってごめん。だから安心してトイレ行ってくださいお願いします!」
一体どうして、僕は人の家の浴槽のなかで土下座に近いことをしているのだろうか。土下座じゃなくて、水中座って言ったほうが、表現は適切なのではないだろうか。
渋る水上さんを説得しきって、なんとか彼女をトイレに誘導できたのはそれから三十分後。そして、水上さんがトイレに行っている間に僕はお風呂場から脱出して、買っておいた替えの下着と、水上さんの家にある一番大きなサイズのスウェットを拝借して脱衣所からお部屋へと逃げていた。
一時間後の午前二時、ちょっと不満そうな顔つきでお風呂からあがってきた水上さんの一言は、
「……見ず知らずのAV女優さんのおもらしは見たがるのに、……私のは見たくないんですね、八色さん」
っていう、嫉妬混じりのものだった。
……え、ええ……? 嫉妬するポイントってそこなの……?
おかしい、至って普通のことを言っているのは僕のはずなのに。これからどうなるの僕。
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