第183話 『エロコンテンツの需要と供給について』

 休憩後は、中番の先輩二名がほんとに補充物を空にしてあがっていったので、ひたすら井野さんとカウンターでちびちび本の値付けをしていくだけになった。正直、これはフロコンやっていて一番楽な展開。


「とりあえず、そこに置いてあるオリコンのタワーを全部片づけたらそれで今日のマストは終わりだから」

 僕は後ろに置いてあるコンテナを指さしてそう言う。


「……あ、あれくらいだったらなんとか終わりそうですね……」

 量は五つしかないので、ふたりもいれば余裕で終わるペースだ。まあ、余裕を持ちすぎると、大口の買取がいきなり来て何もかも予定が飛ぶことはしばしばある。まあ、とにもかくにも油断は禁物だ。


「まあ、早く終わるに越したことはないし、今日は月末だから……」

 僕はそのコンテナを抱えて、一度中身を加工用のテーブルに置こうとすると。


「…………。おう」

 ……なんだろう。表紙や背表紙の一部に、黄色い楕円形と「成年コミック」の文字が見えるけど気のせいかな……。


「ひゃっぅ……」

 いや、わかっているからね? 井野さんそんな恥ずかしがっている声出しているけどどうせばっちり見ているんだよね? 知っているからね?

 っていう予感とともにチラッと横を見るとやはりしっかり見ていた。


「……っていうかこれ、もしかしてエロ漫画しかないオリコンか……?」

 恐る恐る確認すると、美しいくらい全部の加工物に黄色の楕円が象られていた。


「……本当に言っている……? だって、今お店に残っている本の加工物、このオリコンしかないよ……?」

 いわゆる本部からの搬入は明日の午前だ。今この瞬間にカウンターでできる仕事は、せいぜいこのエロ漫画の加工くらい。


 ……僕ひとりならそれでもいいけどさ……。井野さんと一緒にやるのはちょっと……色々コンプライアンス的にまずいんじゃ……。


「……い、井野さん。どこか棚直しに──」

「──と、とりあえず、この加工物、全部片づけちゃいましょうか、八色さん」

 ……井野さんをカウンターから出そうと思ったけどそれは叶わず。


「…………」

 いいのか? 女子高生と一緒にこんな仕事していいのか? 一応今日、十八歳になっているから年齢的に問題はないけどさ。


「……さすがに高校生に成年向けの商材を加工させるわけにはいかないから、オリコンのなか漁って、全年齢のものあったら先にそれからやってくれない?」

 まさかこんな指示を出す日が来るなんて……。


「は、はい……わかりました……」

 何故か井野さんは残念そうな顔を浮かべつつ、他のオリコンの中身を調べ始めた。その間に僕は全速力でエロ漫画のラベル出しを進める。全力のスピードと言っても過言ではないくらいで。


「……八色さんって、AVを見ているのは知っているんですけど、こういう二次元のえっちなものも買われたりするんですか……?」

 ガサゴソと音を立てながら、後ろで全年齢向けと成年向けの商材を仕分けしている井野さんは、ふとそんなことを尋ねた。


「えっ、あっ、はい?」

 いきなりのことだったので、まともな返しができず、間抜けな声をあげてしまった。


「……だ、だって……や、八色さんって……そ、その……おもらし……が、好きじゃないですか……。それなら、こういう漫画のほうが、供給は多いんじゃないかなって……思って……」


 なんで僕はバイト先の女子高生の後輩とエロコンテンツの供給量という真面目なのか不真面目なのかよくわからない話をしているの?

 あと、さりげなくメンタル削られているし。いつになっても性癖でいじられますね、僕って。


「……いや、な、なんていうか……よ、読まず嫌いなだけかもしれないけど、漫画は手を出してないというか……」

 で、僕も僕で何真面目に答えているんだよ。


「……そ、そうなんですね……」

 で、またちょっと井野さんがしょぼんとしちゃったし。


「とりあえず、全年齢のもの全部引っ張り出しました……やっぱり少ないですね……」

「えっ、もう終わったの……。あ、ああ……もうほとんどが成年向けだったんだね……わかりました……」


 ずらっとカウンターの後ろに並べられたエロ漫画の山と申し訳程度のコミック数冊。ピンクと終始もじもじしている井野さんに囲まれてやり切れなくなった僕は、


「……全年齢の加工終わったら、コミックの棚直しだけお願いしていい?」

 掠れた声で、お願いすることしかできなかった。


「当店は、ただいまの時間をもちまして閉店となりましたー」

 そして、無事かどうかは知らないけど、オリコンの加工も全て終わり、閉店時間を迎えた。カウンターの脇には、買い物かご四つ以上に詰められたエロ漫画の大群が。いっそここまで来ると逆に壮観だ。他意はない。別に。


 お客さんも全員いなくなったのを確認して、いつも通り閉店作業に入るのだけど、今日は月末ということで、いつもとはちょっと違う作業をしないといけない。主にレジ関連なんだけど。


「井野さんって、月末締めはしたことあったっけ?」

「いっ、いえ……いつも小千谷さんか八色さんがされていたので……私は……」


 月末締めとは、その名の通り月末の営業日に行うレジ締めのこと。特に行う作業は通常のレジ締めと変わらないのだけど、ちょっと注意しないといけないことが増える。


 端的に言うと、

「まあ、ミスをしたらとてつもなく面倒なレジ締め、くらいの感覚でいいよ?」


「ひっ、ひぃん……」


 月を跨ぐ、ということは売上や買取その他諸々の月間の実績が確定されることになる。本部に送る月報にも影響するところなので、ここでミスをするととてつもなく面倒なことになる、ということだけ説明しておく。細々と話すと長くなるし。


「──というわけで、月末締めに関しては僕か小千谷さん、もしくは宮内さんがやるようにしていたけど、僕もそろそろ退職近いし、他の人もできるようにしておかないといけないからね」

「う、浦佐さんのほうが、せ、先輩ですし、水上さんは私より仕事できますよ……?」


 ちょっとプレッシャーをかけたからか、レジの前で慄いてしまった井野さん。まあ、気持ちはわかる。


「……浦佐はねえ……ちょっと信用できないから月末締めはパスで。水上さんは年明けたら教えるよ。だから安心して月末締め覚えていいよ? 井野さん。もう十八歳になったし、大丈夫でしょ」


 まあ、大抵こういう意味わからない理由をつけるときは、何を言っても仕事を覚えさせるときの合図だから。うん。


「や、八色さんが本当に怖い先輩になってます……うう……」

 井野さんもそれを理解しているからか、悲鳴をあげながらいつも通りレジ締めの作業を始める。


 こういう理由があって、普段の月末はメンバーが手厚くなることが多い。まあ、見ている感じ今日に関しては事故なく業務は終えられることだと思います。

 ……業務、はね。

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