第138話 ソーセージ大好きお父様
アイスを食べ終えて、建物の外に出ると、時間が進んだからかほんの少しだけ暑さが和らいだ空気が僕らを出迎えた。
「おかえり。結構ゆっくりしてきたんだね」
テントに戻ると、変わらず椅子の上でゆったりと本を読んでいたお父様が僕らにそう声をかける。
「……あれ? 円、どうかした? なんか顔赤いけど」
「なっ、なんでもないよお父さんっ」
「……ふーん。さては何かいいことでもあったんだね」
「もっ、もうしつこいってば……」
口では怒っているように聞こえるけど、表情はやや緩んでいるというか、嬉しそうなので説得力がない。……これはいじられそうだ。
「さ、そろそろ日も沈みそうだし、晩ご飯の準備でもしようか。あれ? ふたりはお昼食べたんだっけ?」
「いえ……結局食べそびれてますね……」
「だったら晩ご飯にしては少し早くなるかもしれないけど、ちょうどいいか。まあ、準備って言っても、バーベキューだし材料はあらかじめ切ってきたし、火の支度をするくらいなんだけどね。たくさんお肉買ってきたんだ。たっぷり食べてくれていいからね」
お父様……いい加減もうこの呼びかたも疲れてきたな。章さんはするとクーラーボックスをパカンと開けて、ドラムロールが流れそうなノリでなかに入っている材料を披露した。
……牛肉牛肉ソーセージソーセージ野菜。豚肉ソーセージ野菜野菜ソーセージ。パック米にソーセージ豚肉。
「……そ、ソーセージの量多くないですか? 何袋あります……? これ」
「えっと、五袋くらいは買ったかな」
「そんなに食べるんですか……? ソーセージ」
「……みなまで言わせる気かい? 八色君。僕はソーセージを見ると我慢ができなくなるんだ」
……わかりました。もういいです。なんとなく察したんで。
「す、すみません……お父さん、ソーセージが大の好物なんです……食べ物でも、そうでなくても……」
そうでなくても、のほうがとてもとても気になるけど怖いので聞かないでおきますね。どうせ予想通りでしょうし。
「さっ、じゃあ早速準備をしようか。円はこの鍋に水を入れてきて。パック米の湯煎に使うから。八色君は僕と一緒にレンタルしたバーベキューのコンロの準備をしよう」
章さんの指示でご飯の準備が始まる。井野さんは受け取ったお鍋を片手に、てくてくとちょっと遠いところにある水道に向かい始めた。その間、僕と章さんはよく見るタイプのコンロの設営と、火起こしの準備を開始した。
「ところで、円の水着はどうだったかい?」
僕がテントのなかにしまっていた炭や着火剤を探している間、章さんはコンロをいじりながら聞いてくる。
……ついさっき、あなたの娘さんのほぼ全てを見ましたと言っても嘘ではないですけど……さすがにそれは言えない。
「よ、よかった、と思いますけど……」
「そっかそっか。それはよかったよ。僕も背中を押した甲斐があったってものだよ」
まさかこれが言葉通り背中を押した人の言葉だとは誰が思うだろうか。
「……興奮した?」
「いでっ」
章さんのぶっちゃけた質問に、僕はずっこけて頭を段ボールの角にぶつけてしまう。
「いっ、いきなり何を聞くんですか……」
渋い目を向けつつ、僕は炭が入った箱をコンロの近くに持っていく。
「だって、八色君って二十二歳だろう? 元気な年頃だろうし、普段大人しい子が脱ぐとそそるとかない? 僕はそうだったけど」
……ああ、どうして僕は実の父に加えて井野さんのお父さんのことまで詳しくならないといけないんだ。
「そ、そこはノーコメントでお願いします」
「うんうん。判子は今も持ってるから。もし円が八色君の子供身ごもったら八色君の実家に婚姻届持って『責任取ってください』って泣きながら押しかけるから安心してね」
「な、なんでそういう話になるんですか……」
「だってねえ。円が描いている自作のエロ描写がある漫画。お母さん曰く、モデル八色君じゃないかなって」
…………。
僕はさらに遠い目を浮かべて、テントにある新聞紙やチャッカマン、着火剤などの道具を運ぶ。
いや、ね? 井野さんが僕をオカズにしていることは既に把握ずみですけども。……僕が井野さんの自作のエロ漫画に出てるとは思わないじゃないですか。
「NLもBLもあったけど、どっちも八色君っぽい人出てたらしいしね。よっぽど八色君のこと好きなんだなあ円って」
そんな愛情表現僕は知りたくなかったです……。え、じゃあ何? さっきのお風呂で見せた僕の僕、実は普通に作画資料になったりするんですか?
「も、戻ったよ……あ、あれ? お、お父さんと八色さん、何のお話をしているんですか……?」
すると、タイミング悪く、お鍋に水を入れた井野さんが僕らのもとに帰ってきた。章さんは悪びれもせずに、
「ああ、円が自分の漫画に八色君のエッチな姿を描いていたって話」
いけしゃあしゃあと説明する。井野さんは突沸したように顔を発火させて……、
「ひっ、ひゃぁぅん!」
持っていたお鍋を盛大に落としてしまった。当然、草むらには入っていたたっぷりの水が撒かれる。
「おっ、お父さんっ、勝手に色々八色さんに話さないでよう……! は、恥ずかしいんだからっ!」
落とした鍋を拾い上げて、またもと来た道を戻ろうとしつつ井野さんは章さんにそう怒る。
「ああ、ごめんごめん。じゃあ円の昔話でもしているよ」
「そ、それも恥ずかしいからやめて!」
「あーあ。怒られちゃったよ」
「……絶対反省していないですよね、それ」
章さんは僕が用意した炭を風が通るように積み上げていく。
「円が怒った姿も、なんか可愛いと思わない? 親バカかな」
「……いえ、普段怒るところなんて滅多に見ないのでそれはそれでギャップがあっていいんじゃないかと……」
「だろう? これも背中を押すひとつだよ。円は反抗期がこれくらいで済んでよかった。さすがに僕も『ウザい』とか『一緒にご飯食べないで』とか言われたら泣く自信があるよ」
……全然想像つかない。そんな井野さん。
「お、火点きそうだ。おしおし、これでもうすぐバーベキューができるぞ」
井野さんの怒りに火を点けたと同時に、コンロにも火を預ける準備が整った。狙ったんだとしたら軽くエンターテイナーです。……ああ、本業もそうか。
「よし、じゃあ八色君は食材を焼く準備をお願いするよ。基本火は僕が見ておくからさ」
「わかりました」
そんなようにして、少し早い時間に始まりそうな晩ご飯の支度は、順調に進んでいった。……僕・浦佐・井野さんとかだったら絶対こんなにスムーズにいかないような……って、心のどこかでなんとなく思った。
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