§066 「私はいつまでもあなたの手を握り続けます」
私は未知人に手を引かれキャンプファイヤー会場に来ていた。
「すっ……すごい」
思わず感嘆の声を漏らす。
私の目に映るのは、満天の星空に向かって立ち昇る炎。
その周りを囲うように踊る幸せそうな男女。
更にそれを取り巻くようにバカ騒ぎをする生徒たち。
少しかすれ気味のフォークダンスの音響も、会場の至る所から聞こえてくる笑い声も……何もかもが……楽しそう!
「どうせキャンプファイヤーは初めてなんだろ?」
未知人がニヤッと笑って私の目を見つめてくる。
「うん!」
私は高ぶる気持ちを抑えきれずに、ついつい弾けるような声を出してしまう。
「もう全員で踊るキャンプファイヤーは終わって自由時間になったみたいだな」
「自由時間?」
「そうそう。いわゆる『ジンクスタイム』かな。好きな人を誘って踊るってあれだよ」
「あ~そういうことね。ってあれ? 未知人ってそういうジンクスとか信じないタイプじゃなかったっけ?」
「まあ、どちらかといえば信じない方だけど……」
「じゃあなんで私を誘ってくれたの?」
私は意地悪な笑みを浮かべて未知人の顔を覗き込む。
未知人がほんのりと顔を赤らめるのが可愛い。
さっきあれだけの告白をしてくれたんだから、今更恥ずかしがらなくてもいいのに。
私はもうあなたの誘いなら、どんな誘いでも断るつもりはないよ?
それくらい大好きだから。
「いや……たまにはこういうのもいいじゃん。ほら、そんなのもういいから踊るぞ!」
そう言って、私の手を取って走り出す未知人。
「ちょ……ちょっと待って! 私、どう踊ったらいいのかわからないよ」
「そんなのこうやって手を握りしめて、回り続ければいいんだよ」
「手を握りしめて……」
「俺の手なら安心して握れるだろ?」
「……うん!」
それから私と未知人は時間も忘れて踊り続けた。
心なしかみんなの視線が私たちに集まっている気がする。
まあ、そうだよね、クラスのアイドル希沙良ちゃんが……去年は誰とも踊らなかった希沙良ちゃんが、今年は男の子と何曲も何曲も踊ってるんだから。
いいわよ。
いっぱい見て。
私はもう自分に嘘をつかない。
好きな人がいることも隠さない。
バカップルと言われてもいい。
私には、好きな人がいることを、大切な人がいることを伝える責任があるんだ。
それが、この悪魔の『能力』を持ってしまった女の子の精一杯のけじめ。
「ねえ……未知人、見て見て。星が綺麗だよ。まるで星の海に投げ出されたよう」
「ああ、本当に綺麗だ。実はこうやって希沙良と星を観るのが夢だったんだ」
未知人の握ってる手に力が入る。
「って未知人、手汗かきすぎ」
「これは希沙良の汗だろ」
「私は汗なんてかかないんです~」
「昔のアイドルかよ」
私はべ~っと舌を出して、汗でしっとりした手が離れないように、ギュッと握りなおす。
ああ、本当に夢みたいだよ。
私が未知人とこうやって手を握りあって、踊りながら星を観ているなんて。
「そういえば、この前、未知人が朱理に告白する作戦を練ってた話とか聞いちゃった。未知人も策士だよね~」
私はジトっとした目で未知人を見つめる。
「誰から聞いたんだよ」
「国分くん」
「あいつ……今度会ったらシバく」
「国分くんならさっきあの辺で私たちを見ながらニヤニヤしてたよ」
「あいつ今すぐコロス」
「……ダメっ!」
「なんだよ、お前は国分の肩を持つのか?」
「違うよ……未知人の手を離したくないの」
「なっ……おま。どうしていきなりそんな可愛いこと言うんだよ」
「私だって女の子なの。自分を優先してほしいの」
「……わかってるよ。絶対に離さないから」
「絶対?」
「約束する」
「もし離したら離した時間に比例して鼻にマスタードつっこむからね」
「それは手に瞬間接着剤でもつけておかないとヤバそうだな」
「私は手錠でもいいよ?」
「似合わないヤンデレキャラはやめろよ」
「ここで、ふふっと意味深に笑ってみたり」
そう言ってお互い顔を見合わせて笑う。
未知人といると楽しいな……。
本当にいつまでだって踊っていられそう。
でも、この夢のような時間もそろそろ終わりみたい。
曲が終盤に差し掛かり、先生たちが撤収の準備を始めている。
「なあ、希沙良」
「……うん?」
私は未知人の声に導かれるようにスッと目を起こす。
「最後にこれだけはちゃんと言わせてほしいんだ」
ああ、そうだ。
星夜祭には……まだひとつだけイベントが残ってた。
一番大切なイベントが。
未知人の真剣な眼差しに思わず胸が高鳴る。
彼がすぅ~っと息を吸い込む。
「希沙良、俺と付き合ってくれ!」
いつだか君は「恋愛の神様を信じるか?」と聞いた。
いつだか私は「そんなのいるわけないじゃない」と答えた。
でもね……最近はちょっとだけ恋愛の神様を信じてみようと思うようになったんだ。
渋谷先輩に押し倒されて、もう諦めようかなって思ったときに、私を奮い立たせてくれたのは、この『約束の鍵』だったから。
胸元のペンダントがダンスのリズムに合わせて軽やかに跳ねる。
私みたいな悪魔のような女の子でも、決して叶うことがないような恋物語でも、恋愛の神様は見捨てることはなかった。
だって、私は大好きな人と両想いになれたんだもん。
こうやって、大好きな人の手をギュッと握りしめていられるんだもん。
だからね……私は信じるよ、星夜祭のジンクス。
「はい、私はいつまでもあなたの手を握り続けます」
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