§051 「お願いだから……」
私はベットに横たわり真っ暗な天井を見上げていた。
いまはもう夏休み。
本来であれば未知人くんとの『恋人のふり』も終わっていたはずの夏休み……。
だけど、私と未知人くんの関係は今でも続いている。
未知人くん……本当によく頑張ったよね……。
正直なところ、うちの学校は進学校だし、200位の未知人くんがあそこまで順位を上げられるとは思ってなかった。
これは私の教えが良かったとかそんなレベルの話じゃない。
未知人くんがたくさん努力して、頑張った結果。
なんだかんだやればできる子なんだよ……未知人くんは。
そうやって彼の表情を思い浮かべる。
ふふ……私にテストの結果を報告しに来てくれた彼の人懐っこい笑顔……可愛かったな。
気付くと自然と笑みをこぼしてしまっている自分がいた。
でも、夏休みに入ったこともあり、私と未知人くんはかれこれ3日間くらいは会えていなかった。
日にちにしてしまえばたった数日だけど、私の中ではその期間は途方もなく長く感じられた。
私は右手でギュッと握りしめていたスマホに目をやる。
未知人くんからの着信はない……。
ああ見えて早寝早起なところあるからきっともう寝ちゃってるよね……。
さすがにこの時間にLINEをしたら迷惑だよね……。
未知人くんから連絡がこないスマホなんて意味ないや……。
私はポンとスマホを放り投げると、顔にかかった髪をかき分けてそのまま横に寝返りを打つ。
するとブサイクな『ぬいぐるみ』と偶然目が合った。
「ああ、ブーちゃんか……」
いまでは私の部屋にすっかり馴染んでしまったぬいぐるみ。
私は彼の頭をポンポンと撫でる。
この部屋にもいつの間にか未知人くんとの思い出の品が増えちゃったな……。
耳の『イヤリング』にそっと手を触れる。
これも最初のデートのときに未知人くんにおねだりして買ってもらったものだ。
そんなに高いものじゃないけど、気が付いたら私服のときでも制服のときでもいつでも身に着けてる、それくらいお気に入りのイヤリング。
学校の身だしなみ検査で没収されそうになったときに、めちゃめちゃ抵抗したのはここだけの話。
本棚のアルバムに挟んであるのが『映画のチケット』。
あんなカップルシートは予想外だったからさすがにテンパっちゃったけど、未知人くんがブランケット持ってきてくれて、思わずキュンとしちゃったな。
でも、後半はずっと泣きっぱなしだったっけ……。
映画のヒロインと自分を重ねちゃって、未知人くんとの今後を考えたらどんどん悲しくなってきちゃって。
それでも、何も言わずに私が泣き止むまで待ってくれた未知人くんには感謝しかないな……。
ペンダントにした『約束の鍵』を天井にかざしてみる。
私がわがまま言って連れてってもらった
あのときは既にちょっとだけ焦ってたのかもしれない。
未知人くんとの思い出をもっと作りたくて、未知人くんといろんなところに行きたくて……。
それでお姫様抱っこされて浮かれて、年甲斐もなく、永遠の愛を誓いあったりしちゃって。
こんなのただの迷信だってわかってるのに……。
私はいつからこんなに女の子になってしまったのだろう。
いつから王子様に憧れを抱くような女の子になってしまったのだろう。
ううん。
私だってそんなことはもうわかってる。
私はね……未知人くんのことが……好き。
彼の表情を思い出してドキドキして、彼の声を思い出してキュンキュンして、彼の匂いを思い出してニヤニヤしている。
もう、どうしようもないくらい彼のことが大好き。
だから、彼が今回の期末テストで33位だったときには、飛び上がるくらい嬉しかった。
もちろん、未知人くんにはそんなことは言わないし、私の気持ちは悟られないようにしてるけど、『33位』とか細かい順位まで覚えてしまうくらいだから私も大概だなと思う。
これでまだ彼と『恋人』が続けられる。
『恋人』として花火大会に行くことができる。
もう、ちゃっかり浴衣も準備しちゃったし。
花火大会に行くのなんて何年ぶりって感じだから、ちょっとだけ奮発しちゃったよ。
未知人くん……私の浴衣姿を見て可愛いって言ってくれるかな。
浴衣……似合ってるって言ってくれるかな。
私は彼と一緒にいる間だけは『普通の女の子』に戻ることができるの。
彼とずっと一緒にいたい……。
これからだってずっと付き合いたい……。
未知人くんとの恋人生活は本当に楽しかった。
彼はいっぱい私に愛情をくれた。
私も私なりには精一杯愛情を伝えたと思ってる。
私はこの楽しかった数カ月を思い出にしたくない。
いつまでも彼の隣で笑っていたい。
でもね……私はまだ彼に話していないことがある……。
そう、この『サキュバス能力』について。
私が触れた時間に比例して、相手が私のことを好きになってしまう能力。
この能力のことを知ったら……彼がどんな顔をするかが本当に怖い。
私のことを嫌いになるかもしれない。
私から離れていくかもしれない。
だから、この前、私の過去を話したときも『能力』のことはどうしても言えなかった。
あんなに真摯に私の過去と向き合おうとしてくれる彼に……。
あんなに真剣に私の話に耳を傾けてくれた彼に……。
『能力』の核心部分に触れないように私は嘘をついた。
渋谷先輩を狂わせてしまったのは……全部この『能力』のせいなのに……。
ごめん……ごめんね……未知人くん……。
私は未知人くんを……信じきれなかった……。
すべてを話す勇気が……あのときには無かった……。
未知人くんに嫌われるのが……本当に……本当に……怖かったん……だよ……。
でもね……私は知ってるの。
未知人くんは優しい人だから、もしもあの時、私が『能力』について話していたとしても、この『能力』を含めて私のことを受け入れてくれたと思う。
そして、私は弱い人間だから……きっと彼の優しさに甘えてしまう。
私はね……そんな自分が許せない……。
そうとわかってて、いまでも彼に甘えている自分が本当に大っ嫌い。
だからね……もう決めたの……。
これは私のけじめ。
これ以上は彼の人生をめちゃくちゃにするわけにはいかないの。
そうよ……私はどこまでいっても人の心を弄ぶ最低な女。
それはまるで、神話に出てくる“サキュバス”のよう……。
そんな私が普通の女の子のように恋愛をしようなんて虫が良すぎたの。
だから……神様……どうか私が生まれ変わって普通の女の子になれたなら、また未知人くんに……私の大好きな人に巡り合わせてください……。
この願いが叶うなら私は他には何も望みません。
だから……どうか…………………。
(ピロン♪)
LINEの着信を知らせる電子音とともに、薄暗かった部屋がカラフルに点滅する。
この時間のLINE。
ああ……またか……。
誰からのLINEなのかは大方の予想がついた。
先輩……まだ諦めてくれないんだね……。
私は鉛のように重くなった身体を起こして、スマホに映し出された文字に目をやる。
(ガタンっ)
しかし、そのいつもと様相の違うLINEの文章に、私は思わずスマホを落としてしまった。
【希沙良さん……彼氏作ってたんだね。裏切られたよ……】
えっ……どうして……先輩が……未知人くんのことを……。
二人でいるところを見られた?
跡をつけられた?
誰かが私たちのことを話した?
それとも鎌をかけてきている?
様々な考えが脳裏をよぎる。
それと同時に身体の震えが止まらなくなった。
私は身体の震えを押しとどめるように、自分の腕をギュッと抱きしめる。
ああ、やっぱり私はこの呪いから逃げることはできないんだね……。
神様……わかったよ……わかったから……私はどうなってもいいよ。
でもね……未知人くんには……未知人くんにだけは……手を出さないでください……お願いだから……。
床に転がったスマートフォンの点滅が止んだ頃には東の空が白みだしていた。
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