§039 「またいつか来れたらいいな」
「きゃー! 猫ちゃんがいるよ! めっちゃ可愛い!」
俺と希沙良は、いま『猫の細道』というところに来ているのだが、本当に至るところに猫がいる。
なんだこれ……ジブリの映画か何かか。
「犬は嫌いなくせに猫は好きなんだな」
「はぁ? あんな猛獣と一緒にしないでよ。ほら、猫ちゃんも一緒にしないでにゃんって言ってるよ」
希沙良がすり寄ってきた猫を抱っこして、猫の手にゃんにゃんしている。
うん。猫は迷惑そうな顔をしているのは希沙良には黙っておこう。
そこからロープウェイに向かって歩みを進めても見渡す限りの猫、猫、猫だ。
ショップには猫グッズが並び、道端には猫の置物が鎮座し、希沙良猫はちょっと目を話すと友達を作ってくる。
「ほ~ら。よしよし」
「人間の友達よりもたくさん友達できてるじゃないか」
「友達は猫だけで十分です~」
「なんか同族って感じだもんな」
「えっ? 私って猫っぽい?」
皮肉で言ったつもりなのに、希沙良はなぜか嬉しそうに微笑んでいる。
どうやら彼女にとっては「猫っぽい」は褒め言葉のようだ。
「猫が『今日のパンツは水色だにゃ~』って言ってるぞ」
ハッとしてスカートを押さえる希沙良。
「この変態っ! ホントに懲りないわね!」
「違う! 猫がそう言ってるんだ! 俺じゃない!」
「猫がしゃべるかー!」
「猫しか友達いないくせに何言ってんだ!」
そんなこんなで『猫の細道』を通り過ぎると、次はいよいよロープウェイで展望公園だ。
ロープウェイはぼちぼちのお金を払ったわりには、ホントに一瞬で展望公園まで着いてしまったが、希沙良のテンションは相変わらずで、楽しそうに流れていく景色を眺めていたので、まあ良しとしておこう。
「わ~展望台の横にも猫ちゃんがいるよ」
「また猫か。もう猫はいいから展望台のぼって景色見ようぜ」
「え~この猫ちゃん展望台に連れてっちゃダメかな」
「ダメに決まってるだろ。ほら早く行かないと日が暮れるぞ」
「は~い」
むくれた顔をしながらも、なぜか楽しそうな希沙良は俺にピッタリとくっついてくる。
俺はそんな希沙良を誘導しつつ、円形の不思議な形をした展望台にのぼる。
展望台は二層式になっているようで、一層目はガラス張りの展望フロア。
二層目がいわゆる展望台の屋上フロアだ。
俺と希沙良は一層目はスルーして、直接二層目へと向かう。
薄暗い階段の奥からは光が差し込んでおり、俺と希沙良は勢いをつけて外に出ると……そこには360度の大パノラマが広がっていた。
「わぁ~、すごい」
希沙良は思わず声を上げる。
視界に飛び込んできたのは、荘厳な大自然と古き良き街並みのコントラスト。
緑々しい山々の中には歴史がありそうな建物が立ち並んでいる。
内海はまるで運河のようにキラキラと流れ、夕陽に照らされた海面はさながら山々を縫うレッドカーペットのようだ。
「潮の香りがするね」
希沙良はうぅ~んと胸いっぱいに深呼吸して、自然の味わいを満喫しているようだ。
俺はパツンと張られた希沙良の胸から視線を逸らすと、彼女に倣って深呼吸してみる。
風が運んでくる潮の香りが海育ちの俺たちからするとなんとも心地いい。
こういう懐かしい空気は、段々と大人になりつつある俺たちの心を、童心に返してくれる。
もしかしたら、希沙良がいつも以上にはしゃいでいるのは、これと似たような気持ちだったのかもしれない。
「未知人くん! お城みたいなのが見えるよ」
「あっちに見えるのが『しまなみ海道』だな」
「え~どこどこ。私の身長だと見えない」
この時は俺もちょっとだけセンチメンタルな気持ちになっていたんだと思う。
普段の俺だったら絶対にこんなことしない。
でも、気付いたときには、俺は希沙良の腰に手を回して、ぐいっと持ち上げていた。
突然の俺の行動に、えっ……えっ……と足をバタバタさせる希沙良。
うん。これは完全にお姫様だっこというやつだ。
状況が把握できてない希沙良は、まだ、えっ……えっ……と困惑の声を上げている。
「ちょっと未知人くん! やだ! 降ろして!」
「今日はお姫様扱いが希望だったんだろ。お姫様」
「うぅ……そうだけど。さすがにこれは恥ずかしすぎるよ」
「ほら、これなら見えるだろ。しまなみ海道」
えっ!と言って海の方に目を向ける希沙良は、観念したように俺の首に手を回す。
「ねぇ……未知人くん」
「どした」
「お姫様抱っこのせいで、普段の私の視点よりも低くなってる気がするんだけど」
「へ?」
「ぶっ、あはははっ」
俺は相当まぬけな顔をしてたんだと思う。
俺の顔を確認するなり、希沙良がぶわっと噴き出すように笑い声をあげる。
俺もなんか悲しいやらおかしいやらで、希沙良に釣られて一緒に笑う。
ひとしきり大はしゃぎしたあとで、希沙良がポツリと口にする。
「しまなみ海道は見えなかったけど、今日は本当に来てよかったね~」
希沙良は本当に満足そうに、しみじみと言葉を紡ぐ。
「ああ、またいつか来れたらいいな」
何の気なしに言った言葉だったが、希沙良は驚いたようにこちらに視線を向ける。
ただ、俺がそのまま景色を眺めていたからか、希沙良もまた視線を戻すと、優しく微笑んでこう言った。
「そうだね」
希沙良の言葉は実にシンプルだったが、それでいてとても感情がこもっているように感じた。
童心に戻ったように無邪気な笑顔を見せる希沙良を愛おしいと思ったのはここだけの話だ。
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