§034 「その余所行きの会話やめて本性現わせ!」

「2年C組の国分誠也こくぶん せいやです」


 俺と希沙良は、いつものデートの一環で、学校の近くにあるバッティングセンターに足を運んでいた。

 いつものデートと唯一違うのは、なぜか国分が参加しているということだ。


「いや~一度、未知人の彼女さんと話ししてみたいな~と思ってたんですよ」


「こちらこそ。未知人くんの『彼女』をしてます更科希沙良さらしな きさらです」


 国分も希沙良も普段は俺には見せない余所行きの笑顔で対応している。

 でもなぜだろう。

 国分が余所行きの笑顔を振りまいているのは虫唾が走るのに、希沙良が敬語を使っているところとかはなんとなく新鮮でつい頬が緩んでしまう。


「希沙良、一応説明しておくけど、国分は1年生のときのクラスが一緒で、その頃からよくつるんでた悪友みたいなものだ。性格は見た目どおり『ゴミ』だから、あんまり突っ込まないであげてくれ」


「おい、性格が『ゴミ』ってなんだよ」


「あん? 自覚ないのか?」


「他己紹介するときは、もうちょっと長所を伝えるものだろ」


「お前の長所……すまん。思いつかん」


「ほら、あるだろ。クレバーなナイスガイとか、友達想いの優しいやつとか。そんなんだからこの前のでも失敗するんだよ」


 そこまで言って「やべっ」って顔をする国分。

 おい、それは絶対言わない約束で盃を交わしたはずじゃなかったか。

 俺と国分が慌てて希沙良に目を向けると彼女は満面の笑みを浮かべて腕組みをしていた。


「へぇ~未知人くんは私という彼女がありながら合コンなんて行ってたんだ? それは初耳だからもっともっと詳しく聞かせてもらいたいかな~」


 そう言って張り付いたような笑顔のまま俺の方ににじり寄ってくる希沙良。

 き……希沙良さん……全然目が笑ってないですよ?

 俺たちはあくまで『恋人のふり』なんだからそこまで迫真の演技をしなくていいんですよ?


「ちょ……希沙良、それは違う。それは付き合う前の話であって……って国分! 友達想いの優しいやつはどうしたんだよ!」


「ああ……わりぃ。オレ、美少女の前では嘘はつけない病を患ってたんだわ」


「早速それが嘘じゃねーか! だからそんなに鼻が高いのか! なっ! 希沙良、わかっただろ? こいつはこういうゴミみたいやつだから全然信用できないからな! さっきの合コンの話もネタだからな!」


 そんな俺と国分のくだらないやり取りを希沙良は目を真ん丸にして見ていたが、すぐににこやかな表情に戻してくすくすと笑いだす。


「なんか未知人くんが友達としゃべってるところを見れるのは新鮮かも。ちゃんと友達いたんだね」


「あほか! 俺にだって友達の一人くらいいるわ!」


「一人だけなの?」


 そう言って、今度は声を出して愉快そうに笑う。


「あ~未知人。ちなみにオレは今日は『更科さん親衛隊』として来てるから、お前の友達は現時点では0人な」


「お前はいつから希沙良の親衛隊になったんだよ。聞いてないぞマジで」


「未知人は更科さんの魅力が本当にわかってるのか? こんなに可愛くて、優しくて、むねが……(ぶおッ)」


 それ以上は言わせないぞとばかりに俺は国分の胸ぐらを思いっきり掴む。

 ただ、国分の方が俺よりも身長が高いので、俺が掴んでるはずなのに俺が掴まれてるように見える矛盾はなんでだろうか。


「国分さんって面白いですね。あと、私のことは『希沙良』って呼んでくださっていいですよ」


 国分が『希沙良』と呼ぶだと……。

 おいおい、俺が『希沙良』って呼ぶまでにどれだけのクエストをクリアしたと思ってるんだ。

 それなのに国分は1日でOKが出るとかちょっとチートすぎるだろ。


「あの~『希沙良』って呼べるのは一応俺の彼氏特権だと思ってたんですけど……」


 俺は珍しく希沙良にジトっとした目を向ける。

 あれ? なんか俺ってこういうキャラだっけ。

 いつもは割と希沙良がこういうポジションだったと思うけど、なんか今日は国分がいるせいかペースが乱される。


「あら、未知人くんは『女の子を下の名前で呼ぶと死んでしまう病』を患ってたんじゃなかったかしら? このままだと未知人くんが死んじゃうかもしれないという彼女なりの配慮だったんだけど」


「なんだ未知人。お前もそういう病気を患ってるのか、仲間だったなら言ってくれよ」


 くぅ……。

 国分の前であんまり2人のときの会話をバラさないでくれ。

 恥ずかしくて死にそうになる。


 国分に目をやると、やはり締まりのないニヤケきった面をしてやがる。

 あとで絶対ボール当ててやるからな。


「まあ、未知人が妬いちゃってるみたいなんで、『更科』って呼び捨てにさせてもらうわ」


「じゃあ私は『国分くん』って呼ばせてもらうわね」


 そう言ってニコッと微笑む希沙良。


「んじゃ、いろいろ落ち着いたところで、早速バッティング開始といこうぜ!」


「いえーい!」


 そう言って、バッティングケージに向かって走り出す二人。


「更科には特別に我が家に伝わる秘伝の打法を教えてあげよう」


「わー! 国分くん野球できるんだね! 教えて教えて!」


 俺のことを差し置いて、国分と希沙良がヘルメットとバットを持ってきゃっきゃと騒いでいる。


 いえーい!って……いつからパリピになったんだよ。

 我が家に伝わる秘伝の打法って……どこの焼き鳥屋だよ。

 国分のやつ早速希沙良のことを呼び捨てにしてるし。

 希沙良も希沙良だ。教えて教えて!って……お前どうせ野球なんか興味ないだろうよ。


 それにお前ら……


「いい加減、その余所行きの会話やめて本性現わせ! そんな良い人国分ときゃぴきゃぴ希沙良なんか初めて見たわ!」


「「は?」」


「ええ……」


「「せっかくうまいこと猫かぶってたのに」」


「ええ……」


 示し合わせたようにニヤリと笑う国分と希沙良。


「「未知人……アウト」」


 変な効果音とともにアウトを宣告される俺。

 あれあれ? 何この展開?


「はい! 未知人くんは空気読めなかったことと、私に内緒で合コンに行ったことで罰ゲームねー!」


 罰ゲームって……合コン行ったことめっちゃ根に持ってるじゃん。

 国分……マジで許さないからな……。


 その後、俺は国分に羽交い絞めにされてグルグルバットをやらされたのはまた別の話。


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