第3章

§028 「更科希沙良は俺の彼女だっ!」

 事件は更科が俺のお見舞いにきた数日後に起こった。


『更科希沙良と成瀬未知人の熱愛発覚!!』


 俺が登校すると、クラスの黒板にでかでかとこんな文字が書かれていた。

 

 黒板には文字だけではなく、どこで撮られたのかわからない写真。

 俺と更科がショッピングモールで買い物をしているところや、一緒に帰っているところがまるでゴシップ記事のように貼られていた。


「こっ……これは……」


 そのあまりにも衝撃的な光景に、思わず言葉を失ってしまった。

 

 いっ……いったい誰がこんなことを……。

 

 教室内が俺の登校でざわめいているように見える。

 そんな中でも一際騒がしい場所があった。

 クラスの男どもが大量に群がり、何やらあーだこーだと叫んでいるようだ。


 あれ……?

 あそこは……更科の机じゃないのか……?


 変な胸騒ぎがしてその男どもが蠢く場所に近付くと、俺の目に写ったのは、1人ポツンと席に座り、弱々しく俯いている更科の姿だった。


「更科っ!!」


 俺は思わず声を上げる。

 そんな俺の声に気付き、人だかりがバッと割れると、更科の背中が視界に飛び込んできた。


「……未知人くん」


 俺の方を振り返り、絞り出すような声を出す更科の顔は、本当にいまにも泣き出しそうで、いままで見てきたどの更科よりも弱々しかった。


 そんな更科の表情が、こいつらには見えていないのだろうか。

 群がってる男どもは俺のことを一瞥するが、まるで俺には興味がないかのように、視線を更科に戻すと、みんな思い思いのことをぶちまけている。


「更科さん! あんなやつより俺の方が更科さんのことが好きだ」

「あんなの嘘だよね? 嘘だって言ってくれよ」

「俺の気持ちわかってるよね? 俺の気持ちはちゃんと届いてるよね」


 男どもはまるで更科が罪人かのように責め立てる。

 クラスの女子はそんな光景を遠巻きに見つめているだけだ。

 どうやら他のクラスからは野次馬も集まってきているみたいだ。


 なんだよこれ……。

 彼女がいったい何をしたというのだ……。

 みんなには彼女の顔が見えないのか……。

 なんでこんなことができるんだよ……。


 更科もいつもの威勢はどうしたんだよ。

 クラスの奴らが騒いでいるのは俺と更科がと誤解しているからだ。

 それならその誤解を解いてやればいいだけのことじゃないか。

 単純に「私は成瀬未知人と付き合っていません」と否定すればいいだけのことじゃないか。

 それなのにお前はなんでそんな悲しそうな顔をして俯いてるんだよ……。


 いろいろなことが頭の中をぐるぐると駆け巡る。

 少しずつ頭に血が昇っていくのが自分でもわかる。


 そんなときだった。


(……未知人くん。……助けて)


 もしかしたら幻聴だったのかもしれない。

 でも……俺には確かに聞こえたんだ。

 更科が助けを求める声が……。


 それと同時に以前に更科から問われていたことを思い出した。

 確かあの時の彼女が言ってた言葉は……


「もし私が『助けて』って言ったら……私のこと……守ってくれる?」


 守ってくれるかって……そんなの……。


 頭に昇りかけていた血が、すぅーっと降りていくのがわかる。


 俺の心はもう決まっていた。


 次の瞬間には、俺は更科の手を取って、黒板の前に立っていた。

 そして、教室中を見渡して勢いをつけて黒板をバンッと叩く。


「お前らよく聞けっ!」


 一瞬にして教室が静まりかえり、俺の声が廊下まで響きわたる。


「お前らに何を言われようが、更科希沙良は俺の彼女だっ!」


 握っている手が震えているのがわかる。

 これは俺の手が震えているのかもしれないし、更科の手が震えているのかもしれない。

 それでも俺はやめるつもりはなかった。


「お前ら寄ってたかって……もう少し希沙良の気持ちを考えろよっ!」


 喉がカラカラに渇き、身体がどんどん熱くなるのを感じる。

 それでも、俺は息をすーっと吸い込むと、喉が張り裂けんばかりに叫んだ。


「希沙良を泣かせるやつはこのが全員ぶっ飛ばしてやるからかかってきやがれっ!」


 俺がいまやってることは相当規格外なことだ。

 クラス中の視線はすべて俺に集まっている。

 それでも俺は言ってやった。

 更科は俺の彼女だと。

 更科を泣かせるやつはぶっ飛ばすと。


 俺の言葉を最後に長い沈黙が訪れた。

 しんと静まり帰った教室。

 みんなの視線は俺と更科に注がれているが、誰も言葉を発しようとはしなかった。

 当然、俺に殴りかかってくるやつもいなかった。


 ここから、俺の叫び声を聞きつけて先生が駆けつけてくるまでの間、時間にしてはそれほど長くない時間だったと思う。

 その間、俺とクラスの睨み合いのような状況は続いた。


 それでも、俺はここから動きたくなかった。

 俺が教室を離れてしまったら、クラスのやつらは俺が逃げたと思うかもしれないと思ったからだ。

 そうしたら、また明日も更科が危険に晒されるかもしれない。

 俺の心は彼女を守らなければならない一心だった。


 そんな俺に、更科は目に涙を溜めながらも寄り添ってくれた。

 俺の腕にしがみつく更科はいつものように力強い更科ではなく、脅えた目をしたひとりの女の子だった。


 俺だってこのやり方が正解だったのかはわからない。

 付き合ってることを『否定』した方がもしかしたら更科のためだったのかもしれない。


 それでも俺はこの方法を選んだ。


 付き合ってることを否定するだけでは、彼女のことを助けられない。

 彼女の泣いている姿を目の当たりにしたらそう思ってしまったんだ。


 これは、もしかしたら更科が望んだ結果ではないかもしれない……。

 このあと更科に呼び出されて、「何であんな啖呵を切ったのだ」とこっぴどく怒られるかもしれない。

 でも……それならそれで構わない。

 もし更科の意に沿わない結果だったのであれば俺がクラスの奴らに「調子乗りました。冗談でした」と謝ればいいだけの話だ。

 どうせ俺は“ぼっちヤンキー”なんだから、孤立することなんて別に怖くはない。


 だからいまは……いまだけは少しだけ『王子様』気分を味わわせてくれ。

 こんなバカな俺の隣にいてくれて……。


 ありがとう……希沙良。


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