§026 「ごめんね……」
私はいま未知人くんの部屋にいる。
この状況を簡単に言えば、未知人くんのお見舞いというやつだ。
実は私、見た目通り成績も優秀で、見た目通り如才がないために、先生からはクラス委員を任されている。
そういうわけで、私はクラスの代表として未知人くんのお見舞いに来てるのだ。
ちゃんと先生から今日の授業のプリントとかも預かっている。
決して、昨日のお礼を言いたかったとか、借りたブレザーを返しにきたとかそんなんじゃない。
私はいまでも今朝の恥ずかしさを忘れていない。
私にあんなことまで言わせておいて、「冗談でした」とかマジで許せない、とさっきまでは思っていた。
未知人くんのお母様と話すまでは……。
お母様から聞いた話だと、どうやら、未知人くんの体調は私が想像していた以上に限界だったようで、家に着いたときには意識も朦朧としており、熱もかなり高かったようだ。
そんな状態だったのに、私に罪悪感を抱かせないように頑張って登校し、さらには軽口まで言って私を安心させようとしていた彼を私が責められるはずもなかった。
そして、お母様には、なぜか未知人くんの『彼女』だと勝手に勘違いされてしまったようで、当たり前のように、彼の部屋に入れてもらった。
これはこれでいろいろ問題なのだけど、私も出来れば彼に直接言いたいこともあったので、この状況に甘んじてしまっている。
私はベットの端に腕を乗せ、横たわる未知人くんの顔を覗き込む。
彼は目を強く瞑り、寝苦しそうにくぅーくぅーと荒い寝息を立てている。
未知人くんの表情を見ていると、胸がキューっと締め付けられる感覚に襲われる。
やっぱり、私のせいだ……。
私があの時「傘に入れてくれ」なんて頼んだから……。
あんなに激しく雨が降ってたのに、びしょ濡れの彼をあのまま帰したから……。
私の心は『罪悪感』でいっぱいになっていた。
私のくだらないわがままに巻き込んで、彼をこんなにしてしまったという罪悪感。
でも、なんかそれも違う気がする、とふと思う。
私は『罪悪感』だけでこんなにも甲斐甲斐しくお見舞いに来るような子だっただろうか。
おそらく、ちょっと前の私ならそんなことはしなかったと思う。
だって、男なんて手駒としか思ってなかったんだから。
じゃあ、なんでいまは変わってしまったのか。
うぅ~ん……わからない。
私の中で『彼』という存在が大きくなっていることは否定しない。
最初、能力が効かない彼にすごく興味を惹かれた。
でも、それはあくまで『能力が効かない』ことに対する興味だ。
『彼』に対する興味ではない。
それなのに、いつからか彼の行動に、彼の発言に、心が動かされるようになっていた。
彼の行動が、彼の発言が、すごく温かく感じられた。
私はいつからか『彼』という人間に興味を持つようになってしまったのかもしれない……。
それでもね、やっぱり私は思うんだよ。
それは『能力が効かない』ことに対する興味の延長でしかないんじゃないかってね……。
私は能力の呪縛から逃れることはできないんだろうなってね……。
でも、こんなぐちゃぐちゃな私だけどね。
この『罪悪感』という感情は本物なの。
未知人くんに対しての、1人の男の子に対しての特別な感情。
だから……
「未知人くん……ごめんね……そしてありがとう」
私は、息を吹いたら消えてしまいそうなか細い声で、こう呟く。
未知人くんが寝ているのはわかっているけど、もし、起きてても聞こえないような小さな小さな声で。
私の声は聞こえていないと思うけど、彼は寝苦しそうに、うめき声のような息を吐く。
お母様の話だと、薬は飲んでいるということだったが、熱はまだ下がりきっていないんだと思う。
頬の部分がほんのりと赤く、額にはうっすらと汗が滲んでいた。
お母様が準備してくれた濡れタオルで未知人くんの額の汗を拭うと、彼は「うぅ」と言って逃げるように身体をひねる。
ふふ。ちょっと可愛い。
これじゃ本当に『彼女』みたいじゃん。
……少しは熱下がったのかな?
私は未知人くんが眠っていることを確認すると、額に手を伸ばす。
あっ……。
手と額が触れるか触れないかのところで、私は手を引っ込める。
ダメだ……。私が触れたら能力が発動しちゃうかもしれない……。
効果が期待できないのはわかってるけど、もしものこともあるし……。
ってあれ? 私の目的は彼を惚れさせることじゃないの?
未知人くんは、いま無防備な状態で私の前に横たわっている。
いまなら、手に限らず、未知人くんのどの部分でも触り放題。
これって私が望んでたシチュエーションじゃないの?
こんなチャンスはもう二度と来ないかもしれない……。
「…………」
いや、ダメ……。
こんなの反則すぎる……。
こんな状況で好きにさせてもダメ……。
私の力で彼に「好き」って言わせなきゃ、私が納得できない。
うん。決めた。
今日はどんなことがあろうと能力は使わない。
絶対に彼には触れない。
なんとなく未知人くんの寝顔を見つめてみる。
なんか髪を切ってから本当にイケメンになっちゃったな。
このままじゃ、そのうちクラスの女の子から人気出ちゃうよ。
いつもは軽口ばかりで、ちょっと憎たらしいところがあるけど、寝顔は案外可愛いんだなと、不覚にも見とれてしまっている私がいた。
もう……仕方ないな。
今日は能力使わないって決めちゃったし。
希沙良ちゃんの特別だからね。
私はスッと立ち上がると、未知人くんに顔を近づける。
そして、自分の前髪をかき上げる。
これは未知人くんの熱を確かめるためだから……。
手で触れると能力発動しちゃうけど、おでこ同士なら大丈夫……。
ちょっとコツンとするだけだから。
10センチ……。
5センチ……。
(コツン)
「更科…………?」
「ふぇ……?」
ふいに飛び込んできた声に、思わず顔を上げる。
すると、さっきまで額が触れるほど近付いていた未知人くんが、顔を真っ赤にしながら気まずそうに私のことを見ていた。
「ちょっ……違うのこれは!!!!」
慌てて弁解する私から気まずそうに視線を逸らす未知人くん。
「えっと……」
「…………」
「とりあえず飲み物取ってもらえるかな……喉がカラカラなんだ」
彼はにへらと笑ってそう言った。
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