鉱脈

きてらい

鉱脈

キン、キン、キン、キン。

静寂な洞窟にツルハシの音だけが響き渡る。ちらつく照明。その傍らで腰掛ける、頑健な顔の男は、ふぅといって台詞を始めた。

「そろそろこの洞窟もおしめぇかなぁ」

「そんなこと言わないで下さいよォ」

かつては宝石鉱石が有り余るほど採れたそうだ。しかし今はなしのつぶて、残渣のように時折顔を出す鉱石でなんとか食いつないでいる。

「あれだ、新人。俺たちはまだもう少しここでやっていくつもりではあるが、お前はとっとと他の場所に移住した方が賢明だと思うぜ。これ以上掘ってももうなんにも出ねえ」

「いいや、僕はまだ残りますよ。絶対に僕たちはまだ掘り尽くしていません。この鉱脈にはまだ先があるんです」

「……まぁ好きにすればいいがよ」

新人は壁を登って洞窟の内壁を手当たり次第に当たり始めた。ツルハシを打ち付ける。硬い。道具がすぐだめになる。

「おうい、危ねえぞ。んな高いところに昇って。」

「命綱なら付けてるじゃないですか」

「そういうこっちゃねえ。そのあたりの岩は硬いんだ。良い石も出てこねえ。掘るだけムダさ」

そう言われても手を止めない。新人は聞く耳を持たなかった。

「親方、あいつばかですぜ」

「まあ気のすむようにさせりゃいいさ。そういう経験もしとけばいいんだ」

洞窟の彼らは惰性で掘り続けた。時折発掘もあるが、基本は何も出なかった。

新人の収穫は、ゼロだった。


あるとき、ポロッと青いかけらが落ちた。

「……これは?」

新人は先輩たちの所にこれを持って行った。

「なんだこりゃ」

「良く分かんねえな」

「見たこともねえ」

「多分ごみじゃねえか」

新人は悲しそうな顔になって言う。

「ごみ……ですか?」

その顔を見て、取り繕うように先輩らが答えた。

「ああー……多分そうだとは思うが、俺らじゃ確定はできねえ。一応見れる人に見てもらうか」

「そうだな」

「おーい」

メンバーの中で、唯一専門の鑑定眼を持った男が呼ばれた。

「……これは……」

男は冷や汗をかいて、指先に湛えた小さなかけらを舐めるように見回した。

新人が不安げに尋ねる。

「ごみ、でしょうか」

男は答えた。

「これは――俺も実物は初めて見た。『本物』だ。おいっ、あんた一体、これをどこで見つけてきた」

「えっと、あの、あそこです」

新人はおずおずとしながら、訳の分からない高いところに開いた小さな穴をその手で指さした。

「……行ってみるか」

この奇妙なニュースに、洞窟内の全メンバーが集められた。皆一様に新人を、奇異や疑念と、期待や尊敬の入り混じったような目つきで見つめる。新人は彼らを先導しながらびくびくしていた。

「えと、ここ、です」

新人が穴の内側を指さす。その光景に一同は目を剥いた。先ほどの青いかけらが、穴の中からいくつも顔を出しているのが見えたからだ。

「お前、もうちょっとこれ掘ってみろ」

「はひ」

親方が指示する。優しく言おうとしているつもりかもしれないが、新人の目線からは明らかに圧がかかっていた。

キン、キン、キン、キン。

皆の見守る中、新人はその穴を掘り進めた。出てきたのは――鉱脈。宝石の山だった。

「おお、お前、お前……」

彼らは、一斉に、新人に歩み寄った。

「お前、本当かよ!すげえじゃねえか!マジかよ!マジでやったじゃねえか!」

「すげえよ!お前すげえよ!」

背中をバンバンと叩く。新人は目をきょときょととさせながら戸惑っていた。

最後に、強面の親方も、彼らに続いた。

「お前は……本当に、すごい」

新人は、ようやく呑み込んで、顔をほころばせた。

「なあ、俺らもここ掘るのに参加していいか!」

「もっもちろんです!」


それから、あの小さい穴はひと回り大きくなり、奥行きも大分深くなった。青い鉱石は既にそれなりの量を産出していた。新人を先頭に、多くのメンバーがその穴を掘り続けていた。

古参メンバーのひとりが、穴の横壁の一部分を指さす。

「なあ、このあたりの岩の方が掘りやすそうじゃないか」

「何……ああ、本当だ」

「もしこっちからも同じもんが出るならそっちに掘り進んだ方が良さそうだな」

「試してみよう」

果たしてその試みは、大正解だった。

新人が掘り進めていたのはもともと硬い層だったのだから、そこに集まったメンバーは掘削の手練れとはいえ苦戦していた。しかし比較的掘りやすい層を見出した後はこっちのものと、怒涛の勢いで掘り進めた。

「おうい、新人、俺らはこっち掘ってるぞ」

彼らは、青い鉱石を山のように掘り出し続けた。やがてそこには、採掘に加わろうとする新しい参入者も増えた。

あの新人は、まっすぐに掘り続けた。


――――


「あのオッサン、なんであんな見当違いのとこ掘り続けてるんだろ」

「さあね。頭がおかしいんじゃないの」

「おいっお前らっ、誰のおかげでここの採掘が出来ると思ってやがるっ」

新人たちの軽口に年長者が喝を入れた。

「まあ、お前らの気持ちも分かる。俺たちも最初はあいつのことをただのばかだと思っていた。あの時も、あいつは変なところを掘り続けてたからな」

「でもな、でもな、あいつはな、見つけ出したんだよ。本物を」

「何度も聞きましたよその話」

新人はうんざり顔だった。

「その、なんだ。別にあいつはお前らを邪魔してる訳じゃあない。そんでもってここを切り開いたのはあいつだ。だから、最低限の敬意は持っていて欲しいんだよ」

「それにあいつのことだ。また新しい鉱脈を見つけるのかも知れんしな」

「でも、こうも考えられますよ。ここの鉱脈を見つけるのでもう一生分の運は使い果たしちゃったとか」

「まだ言うか!……」

彼らは採掘を続けた。青い鉱石の量は勢いを増し、その洞窟は一大産地と化していた。


――――


「おーいじいさん、なんであんなところ掘ってるんだ」

「岩は硬いし何も出ねえし、ツルハシの無駄遣いだ。一文にもなりゃしねえだろ」

「おいお前ら、そのへんにしとけ」

白髪の老爺にヤジをとばす若者たちを、親方が制止した。

「なんでさ」

「なんでもそのじいさんはここの洞窟を開いた人らしい。ちゃんと敬意を持てって前の先輩に言われたのさ。どうせ無害だしそっとしとけ」

「へーい」

彼らは採掘作業に戻った。

青い鉱石はまだ出ていたが、その量は目に見えて少なくなっていた。

老爺は、まっすぐに掘り続けていた。


――――


どれだけ掘り続けただろう。いくつのツルハシを使いつぶしただろう。

最後に人と口を聞いたのは、いつだったろう。

彼は、穴を掘り続けていた。

そろそろ身体にもガタが出てきている。このツルハシを使いつぶしたら、そろそろ自分もおしまいだなと思い始めていた。

今面している岩は、特に硬い。先ほどから何度叩いても、傷ひとつ付かなかった。

キン、キン、キン、キン、ガキン。

ツルハシが折れた。

「……」

彼は押し黙って、目の前の岩に手を添えた。

そのとき。

ぐらっ、と岩が揺れて、奥に動いた。


そこにあったのは、大空洞だった。


押した岩が、坂を転がる。空洞の底に向かって落ちていく。

ゴロッゴロッ、ゴロ、ゴロ……

……

落ちた音が聞こえない。

ライトで照らして空洞の全体像を見ようとするが、光が向こうに届かない。

全てが闇の奥底に吸い込まれるようだった。

彼は、慎重に、そっと、足を踏み出した。

ズルッ。

「うわああああああっ」

坂を転げ落ちていく。着かない。底に着かない。



「ふ、深い」



彼はそのまま、気を失ってしまった。


――――


「んむ……」

彼は暗闇の中で目を覚ました。

何も見えない。

手探りで、ライトを付ける。

目の前にあったのは、虹色の鉱石だった。

「な、なんだこれは」

彼は立ち上がってあたりを見回した。

下を見た。横を見た。天を仰いだ。

やがて、暗闇に目が慣れてきた。


そこで見たものは、空洞いっぱいに広がる、宝石の束だった。


足元一面に虹色の鉱石があった。少し先には真っ赤な色の結晶がニョキニョキと生えていた。少し高い足場には、透明な色の結晶が、まるで雑草のように地面を覆っていた。

「俺は……夢でも見ているのか?」

彼は少し歩いた。見たこともない黄色の結晶に出くわした。壁を見ると、きらきらした黒い鉱石に紫色の結晶がこれでもか、という風に生えていた。

「なんだ……なんだこれは。なんだこれは」

彼の焦燥は加速した。そうだ。一刻も早く。一刻も早く彼らに。みんなにここのことを知らせないと。そうだ、俺はどこから来たんだっけ。そうだ、空洞の入り口を滑り落ちて……

彼はライトを照らして壁を見上げた。


そこには、見事に登れそうもない位置に、小さな穴が、ぽっかりと開いていた。


彼は奮闘した。坂を駆け上がろうとした。無理だった。ロープをひっかけて登ろうとした。かける位置が無く無理だった。ツルハシをピッケルのように使って登ろうとした。ツルハシは折れていた。

彼は叫んだ。

「おおい、助けてくれーっ、誰か来てくれーっ」

「俺一人じゃ採りきれないんだああっ」

洞窟内に彼の声がこだました。

「おおいいいっ、お前らあっ、早く来いっ、来るんだっ、聞いてるのかっ」

「みんなあっ、来てくれえっ、なんで来ないんだっ」

「おいっ、このままだとここにあるもん全部俺が独り占めしちまうぞっそれでもいいのかあっ」

「おおい、来てくれえっ、誰かあっ、あはっ、アハハっ、アハハハハハ……」


――――


キン、キン、キン、キン。

洞窟内にツルハシの音が響き渡る。壮年の男が、かけらくずのような青い鉱石をしげしげと眺めていた。

「もうそろそろこの洞窟もおしめぇかなあ」

「そんなこと言わんでくださいよぉ」

新人が口答えするが、もうほとんど出るものも出ないのは誰の目にも明らかだった。

「だってなあ、もう掘っても掘ってもほとんど何も出ねえし」

「うう、せっかく馴染んできたと思ったのに」

「くよくよすんな。また他の現場に行けばいいさ」

昼食を頬張りながら、新人が話題を変える。

「あれ、そういえばあの爺さん最近見ないっすね」

「そういえばそうだな」

「へっ、もうどうせどこかで野垂れ死んでるんじゃないのか」

「ちげえねえ」

「ハハハ。……」

彼らは終わりの近い採掘の日々を、談笑して過ごしていた。


――――


光のない空洞の中で、老爺の死体が、ただ、宝石に囲まれていた。

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鉱脈 きてらい @Kiterai

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