04 姉との遭遇
校舎内に入り、適当な生徒を捕まえて学園長室の位置を聞き出す。どうやら校舎の六階にあるらしい。
俺は階段をいくつか上り、五階まで到達したところで――。
「さて……迷った」
無駄に複雑な造りをしている校舎のせいで、俺は迷っていた。
五階までは普通に辿り着けたものの、どうにも六階へと続く階段が見当たらない。
「あなた、どうかしたのかしら?」
俺がしばらく廊下をウロウロとしていると、生徒会室と記されたプレートが掛けられている扉が開く。
そして、中から出てきた女がこちらに声を掛けてきた。
腰まで届きそうな漆黒の長髪を一本の三つ編みにして、肩の方へ垂らしている。瞳の色は海のような深い青色だ。
大人びた容貌だが、しかし制服を身に纏ってることから、恐らくは生徒だろう。
どこかで見覚えのある美女だった。
というか、姉のレア・オルブライトだった。
先程、中庭の時点では俺より後ろにいたはずなのに、どうやら俺が校舎内を彷徨っている間に追い抜かれていたらしい。
話しかけられたのはあまり好ましい事態ではないが、俺の正体に関してバレていない様子なのは不幸中の幸いだ。
「学園長室に用事があるんだが」
「ああ、そういうこと。六階への階段はなんでか知らないけどすごく見つけにくい場所にあるのよね――こっちよ、案内してあげるわ」
私も初めは迷ったもの、とレアは笑う。
「助かる」
「それにしても……あなた、さっき中庭でアイリス様と話してた男の子よね?」
「ああ」
見られていたか。否定しても仕方がないので頷く。
「あなた、平民かしら?」
「そうだが……何か問題あるのか?」
五年前までは貴族だったがな。
俺が聞き返すとレアは首を横に振った。
「いいえ、別に。ただ、一応忠告だけど、気を付けた方がいいわよ。ジュリアンの奴――ああ、私の兄なんだけど、アイリス様に男が近付くと良い顔をしないというか、相手が平民だった日には退学に追いやるくらいのことは平気でするから」
「へぇ、なるほど、随分と執心してるんだな」
「アイツがアイリス様の婚約者になったのも、本人が強く希望したからだしね」
どうやらアイリスの現在の婚約者はジュリアンの奴らしい。
先程の一件で殺気を飛ばしてきていたのもジュリアンだ。
あの男はこちらに何かを仕掛けてくるだろうか? 今の時点では予想は難しい。
正直なところ、今更オルブライト家の奴らにこちらから積極的に関わり合いになるつもりはないが――しかし、もしもあちらから仕掛けてくるというのならば容赦をするつもりはない。徹底的に叩き潰してやるつもりだ。
「アイリス様も可哀想よね、あんなクソ男が婚約者だなんて」
「仮にも兄に対して随分な言い草だな。仲が悪いのか」
五年前は特にそんな雰囲気は感じられなかった気がするけれども。
まあ、個人的にはジュリアンの奴がクソ野郎だという点には同意だが。
「ま、家の事情でね。色々とあるのよ――と、ほら。この階段を上れば六階で、学園長室は突き当たりにあるわ」
「助かった」
「いえいえ、どういたしまして」
レアに礼を言って階段を上る。
少なくともレアに関しては特に正体がバレる心配がなさそうだと気付けたのは収穫だった。
言われた通り六階の廊下をまっすぐ歩くと、突き当りの一室を発見した。学園長室、というプレートが目に入る。この部屋で間違いないだろう。
木製の扉を軽くノックして反応を待つ。
「入りなさい」
許可が出たので、扉を引き中に入る。
書物が平積みされて足の踏み場もないような汚い部屋だった。
部屋の奥に鎮座する大きな机の向こうで、紫色の長髪をした美女が腰掛けている。
紅い瞳が俺の全身を無遠慮に眺めた。
彼女が学園長なのだろうか。
外見からすると、年齢は二十代の前半ほどか。随分と若い。
……尤も、魔術師の場合、外見年齢と実年齢が一致しない場合はそう珍しくもないのだが。
実際、俺の師であるユーフォリア・メイスフィールドは優に数百年を生きていたが、外見年齢はさっき出会ったアイリスと大して変わらなかった。究極の若作りである。
ちなみに以前その感想を直接ユーフォリアに言ったところ、『牢獄世界』の中でも最も危険な場所に三日三晩放置されてあの時ばかりは本当に死ぬかと思った。
「あなたが『
『
国家に仇成す者を秘密裏に始末する王家の懐刀。
一般には秘匿されている存在、秘中の秘なのだが、どうやら彼女はその存在を知っているらしい。
「ああ、ノア・メイスフィールドだ」
「……メイスフィールド」
学園長はメイスフィールドという家名を聞いて、僅かに表情を動かした。
「俺の家名が何か?」
「……いいえ、聞いたことのない家名だと思っただけよ」
「そうか」
紅い瞳を探る。
嘘をついている……のか?
相手も相手で中々に感情を隠すのが上手いのか、その言葉が真実かどうかの判断はできない。
それに、彼女の言い分もそれほど不自然なものではない。
――ただ、彼女がメイスフィールドという家名に反応したことだけは覚えておこう。
「まあいいわ。私の名前は当然知っているだろうから、私が自己紹介する必要はないわよね」
「いや知らないけど」
「……へえ。無知なのね、あなた」
「自分のことは知ってて当然っていう自意識過剰な態度はどうかと思うけどな」
「…………」
「…………」
無言で見つめ合った末に、学園長は嘆息した。
「……ともかく、あなたのクラスは二学年のAクラス、校舎の三階よ。授業で扱う書籍とか、必要なものはこっちで用意してあるわ」
学園長は机の上に置いてある本の山を指差した。
……いや、どれだよ。
机の上には様々な本が山積みで、どれを取ればいいのか分からなかった。
「これよ、これ」
「ああ」
学園長が直接本の山の一つを指で叩いたので、それでようやく分かった。本に埋め尽くされた床の、辛うじて本が置いてない位置を渡って恐る恐る机に近付く。
「近くに鞄が転がってるでしょ? あげるから、必要なら使いなさい」
「そうか、じゃあ遠慮なく」
俺は学園長が示した本の山を手に取り、床に転がっていた革の鞄を拾うと、その中に次々と仕舞っていく。冊数はそれほど多くないため、鞄一つでも全て入りきった。
「にしても、あなたが噂の『
「期待の新人って何だよ」
一体どの界隈で期待されてるというのか。
そもそも『
逆にそういう意味では、俺の元父親であるカーティス・オルブライトは公爵家当主、つまりは王家を除けば最高位の地位に就いているため、『
尤も、今は偽名を使っている上、あの男は俺は死んだと思っているだろうから――『
「あのラヴィニア・アヴローラがどこからか連れてきた天才魔術師。『
「そうか……まあ別にどうでもいいか」
別にどんな噂をされていようと俺には関係のないことだ。
「後は、『
「それこそどうでもいいな」
「にしても、生徒会長のレアちゃんなんだけど……あの子、一体どうやって『
学園長はぽつりと疑問を零していたが、俺としてはそれよりも前の、生徒会長の名前の時点で溜息を吐きたい気分だった。
レア……レアね。
あー……そういえばさっき生徒会室から出てきていたか?
どうにも、過去とは無縁ではいられないようだ。
「ま、せいぜい頑張りなさい。何か困ったことがあったら聞くだけ聞いてあげるわ」
「聞くだけかよ」
ちなみに、学園長の名前は聞けずじまいだった。
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