黒く忌まわしき【記憶】は断ち切られ
ガチャリ。か細く白い腕の先端に存在するにはあまりにも不釣り合いな
「なるほど」
瑞穂は回転する銃口を見据え、身構えた。
「でも、その攻撃――」
瑞穂はそこで言葉を切り、追って放たれる氷弾の渦を、大きく左右にステップして
「――その攻撃、狙いが甘すぎます。威力がありすぎて制御できてない感じです」
氷弾の渦がアスファルトの地面を蜂の巣状に抉り、その轟音が瑞穂の声を掻き消す。しかし、そこに既に瑞穂は居なかった。彼女は放たれた氷弾の掃射よりも遥かに
「む――やはり、
ノエは
「ふむ――でも、
「いえ、あなたのその
ドンっ、という音。瑞穂はノエへと身体ごと勢いよく体当たりしていた。2人の少女は縺れるようにゴロゴロとアスファルトの上を転がっていく。
体当たりをした側に分があったか、先に立ち上がったのは青い髪の少女の方。跳ね起きるようにして即座に体勢を整えた瑞穂は、仰向けに倒れたまま起き上がれないでいる紫色の長髪の少女の肩を足で踏むように抑え付け、手にした刃を相手の胸元に突きつけていた。
「これで、勝負――ありましたかね」
瑞穂は肩を揺らし、息を荒げて言うと、手にした刀剣を握る手に力を込めた。
「|なぜ――
アスファルトの上で仰向けに横たわったまま、冷たく感情のない瞳で、突きつけられた刃と瑞穂の顔とを交互に見つめ、ノエは呟く。
「これは――
妖しく薄水色の輝きを湛えた塊は、まるで少女の心臓の代わりのように、鼓動しているかのように、その中身をとくとくと儚げに揺らめかせている。
「それは――見たらわかります」
手にした刃の切っ先をノエの
「なら、どうして、
「あなた――私を殺す気なんか、ないですよね。だって、さっきから攻撃がことごとく急所を外していますから――肩とか、足元とか。こう見えて私、それなりに戦いの場数は踏んでいますから、相手に殺意があるかないかくらいはわかりますよ。あなた一体、何のために私を襲って――」
言葉を続けようとする瑞穂を制するように、ノエは
「いいから――
「えっ――今、なんて――」
「――
まるで呪文のように紡がれた、少女の言葉。理解という名のスポンジに染み込んでいく水のように、ゆっくりと、じわじわと、その意味不明な言葉の意味が、脳裏に浮かび上がってくる。
「あなた――私に【殺される】ために、私を襲って――?」
瑞穂は信じられないといった眼差しで、【死にたがりの
その時だった。
瑞穂の頭の中を、濁流が溢れるように、とある光景が流れた。
それは、【断ち切った】はずの、【存在しない】はずの、記憶。
『【ゴメンね――ミズホちゃん――ボクを――】』
存在しないはずの記憶の中で、訴えかけてくるのは男の子の声。鮮血の色に照らされた、暗い部屋。床に飛散した、
『【ボクを――コロして――】』
あ、ああ――と瑞穂はいつの間にか呻き声を溢していた。眼下の少女のことは既に見えてはおらず、頭の中をぐるぐると回り続ける、【存在しないはずの、忌まわしき記憶】に、抗いようもなく、ただただ意識だけが――どす黒い
「――
豹変する瑞穂の様子に、訝しげに問い掛けるノエの声。
ああああっ――! 瑞穂は頭を抱えて叫ぶ。小刻みに身体を震わせ、ふらつくような足取りで後退り、耐え切れなくなったかのように、その場に蹲る。
「
押さえつけから解放され、ノエは起き上がっていた。終始、無表情を貫いていたはずの彼女が見せていたのは、不安げで心配そうな面持ち。おそるおそる蹲っている瑞穂へと近づき、磁器のように整った白い頬を寄せて、頭を抱えるその顔を覗き込み――。
そこで、塚本瑞穂の意識は途絶えた。
○●
「どうしてこう、
窓の外に浮かぶ朧げな三日月を背に、ゆらゆらと揺れるようにたたずむ仮面の子供――
聳え立つ
ごううん――ごううん――。
「
ごううん――ごううん――。
それは、ドロドロに熔けた塊の中にある、まだ熔けていない僅かな
「まったく、理解に苦しむよ。ボクたちには
「ふん――最適解や安定ばかりを追い求めては、新たな境地は開けぬぞ、
応えるのは、老人の声。その声の主は
「ふむ――まあ、
老人の背中を眺めながら、ヨツバはゆらゆらと揺れて、囁くような声を放つ。
「でもね、
「もちろん、スミノに由来する魔力は使う。そのために
「へぇ、最高傑作ねぇ――キミの最高傑作とやらは、
「うむ、アレは最高傑作で間違いない――正確には最高傑作の片割れ――だ。しかし、それゆえに少し困ったことがあってのお――そのために
老人の言葉に、ヨツバはからからと仮面を揺らして嗤う。
「ふふっ――四天王であるボクを小間使いにしようだなんて」
「何を言う――
○●
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