滅びの君主は万物を押し流す【ヴァシレウス・ロオス】


 蔑むような口調で、アシャは吐き捨てる。


「知らぬなら教えてやろう――竜式魔術ルハモマギアの本質は、人間のような魔力の貯蔵量の少ない種族であっても短い詠唱を重ね続けることによって、大きな力を発揮できるところにある。もっとも魔力の塊たる魔族マギアビーストは、滅閃ラディウスのような大規模魔術でも無ければ【隙】にしかならぬ長い詠唱など使わぬだろうから知らぬのも無理はあるまいか。

 だが、最大限まで詠唱を重ね掛けて放たれる魔術チカラは、46節もの詠唱を紡いで重ねる最大級の攻撃魔術は、滅閃ラディウスにこそ遠く及ばぬが、しかし遠距離から街を狙うなどという姑息な四天王程度であれば簡単に屠る程度の威力はあろう――。


 ――俺が詠唱の時間を稼ぎ、小娘が射線を斬り開く。


 お膳立てさて整えてやれば、あの魔術師の女は、貴様を滅ぼすだけの魔術チカラを持っていた。


 貴様の敗因は、それを知らず。知ろうともしなかったことだ。


 あの女が魔術を使えるだけの、ただの非力な人間だと侮ったがゆえに。


 そう、教えてやろう。貴様を滅ぼす魔術の名を、貴様を殺す蒼の光の名を――。


 【ヴァシレウス滅びの君主はロオス万物を押し流す


 それは太古より竜族ドラコルグスの魔術師に伝わる、空を翔ける光の弓。降りてくる【奴ら】を迎え撃つために、人類ヒトビトが大事なものを守るために使った魔術チカラ――」


 ボゴッという音とともに巨虚砂兵マグナフィーネの頭部が崩れ落ちた。


 長く巨大な上半身を支えていた腕が引きちぎれ、砂の巨人は肩の辺りから散り散りになって、滅びていく。


 ――うがあああああっ! 私のーーカラダがーーあ゛あ゛あ゛っーーア゛ア゛ア゛ッーーーッ!!


 蒼い光に包まれて、拭い去ったように、サソリの男の声が消えていく。


 少年は空へと掲げていた左腕を静かに下ろし、目を閉じた。


サソリの男よ、その滅びは必然だ。そう――貴様に殺された人間たちは、逃げることも出来ず、別れの言葉すら口にすることすらできず、悲しみと恐怖のままに死んでいったのだから――。

 貴様を殺すは、貴様が殺した街の【生き残り】――まさに必然の因果と言えようか――そして、そこにあるのは砂と散って死した者たちの想い。ならば、せめて僅かながらでも、それらを噛みしめながら死んでゆけ――」


 魔族マギアイドラの叫び声が途切れ。瞼の裏で瞬いていた蒼い光は消えた。


 すべてが終わった中で、微睡むような意識の中で、覇王アシャは小さく息を吐いた。


 ――そうだ、【思い出した】――だが、何故――我が器ショウマは、俺ですら忘れていることを――左腕の枷に封じられていた力を――竜族ドラコルグスの魔術を――知っていた――? まさか――【思い出されし記憶は、身体に宿るとでも】――?


 覇王の思考は、強烈な睡魔に吸われるように、そこで途絶えた。



 ○●



 柔らかい光。


 青い髪の少女はゆっくりと目を開いた。


 頬にさらりと触れたのは、長い金髪。


「もっちー、あなた――おもしろすぎだよ」


 聴き慣れた女の人の声。かつて、あれだけ避けていたはずの大きな声。でも今は、どうしてだか懐かしく、くすぐったい。


「こんな状況で普通さぁ――寝る?」


「はは――疲れちゃって――それに、ナルさんならしっかり決めてくれると思ってたから」


 ゆっくりと少女は視線を巡らせる。大きな胸が荒い息に揺れている。自身の足へとかざされた掌は仄かな緑の光治癒魔術を放って。こちらを覗き込む柔和な顔は、目元から何かの液体が伝った跡が残っていて。


「ごめん、ナルさん。私のために――わざわざ急いで来てくれたんだね」


「何言ってんの――そんなのあたりまえじゃん。それに、もっちーが防御領域・逆禍スクトレアを断ち切って射線を斬り開いてくれたらこそ、あたしはアレを放つことができたんだよ――」


 少女は手を伸ばし、女の人の目尻を拭う。彼女に涙は似合わないと思ったから。


「ふふ――」


 思わず、笑みがこぼれた。


「えっ、なに――どしたの、もっちー?」


「いや――やっぱりナルさんは、レシノミヤで最も優れた魔術師だなって。この街を救ったんだもの――」


 金髪の女の人はふるふると首を横へと振り、ぐっと屈み込むと少女の耳元で囁く。


「そういうの重いから要らないよ。やっとわかった。あたしはただ――大事なものを守れればいいって――」


「大事なものを守る――か。うん、いいと思う」


 2人の少女は、同時に、静かに囁き合っていた。


 ――そのためにも、壊れかけたこの世界をなんとかしなきゃいけない、から――。


 その思いが同じなのは、偶然ではなく必然。


 「そのために、あたしはあなたを召喚した呼んだんだから」

 「そのために、私はあなたに召喚された呼ばれたんだから」



 ○●



 おかあさん――おとうさん――。


 あの時、あたしにこの力があったのなら――。


 あなたたちを、まもれていましたか?


 あの時、あたしに今のように仲間がいたのなら――。


 あなたたちを、救えていましたか?



 過去を変えることはできないけれど、


 もし今、目の前であの時と同じことが起きたのなら、


 あたしは絶対にまもりたいし、救いたい。


 だから、ごめんなさい。


 いつまでたっても、あなたたちのことを思い出せなくて。


 今はまだ、未来をなんとかしようと精一杯だから。


 でもいつか、ゆっくりと過去を思い出すことのできる、未来を掴めたのなら――。


 その時は、きっと――。



 ○ 第3話 終わり ●

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