レシノミヤの魔術師 vs 魔獣使い【ビーストマスター】


 どちらを見渡しても、巨大な燃える獣が待ち構えている。ショウマは息を止め、立ち尽くすしか無かった。ミズホは何かを考えているかのように目を細め、獣の様子を眺めている。ナルは仄かに光り輝く掌を掲げ――おそらく魔術か何かだろうか――臨戦態勢を取った。


 その時、上空からけたたましい声が響いた。


「フハハハハ! 召喚反応があったから来てみれば――ただの子供と、魔力反応が皆無の男とは――人選を間違え過ぎではないか? レシノミヤの魔術師よ」


 見上げた先にいた声の主は、巨大な鳥に乗り立っている中肉中背の男。無数の布きれのような衣服で全身を包み、僅かに覗く眼は三人を見下すような冷たい色を帯びていた。


「おや、説明する手間が省けたわ」


 ナルは上空の男を見上げながら呟いた。


「あんた、寄生型魔族マギアイドラだね? 寄生先の能力ジョブ魔獣使いビーストマスターってところか。本来、こんな場所にいるはずのない大量の火狼ケオリュコスを強引に召喚して使役して、あたしたちを襲わせようってこったろう?」


「愚問だな、魔術師よ。そうでなければ、誰が大草漠のど真ん中まで来ようというのだ?」


 魔獣使いビーストマスターと呼ばれた男は巨大な鳥から飛び降り、火狼ケオリュコスの集団の背後に隠れるように陣取った。


「レシノミヤの魔術師と、それに召喚されし者どもよ。お前たちはここで終わりだ。我こそは魔獣使いビーストマスター、カインシセ。我の操る火狼ケオリュコスの炎によって魂まで灼かれて喰われるがいい」


「そうはいくかっ!!」


 カインシセと名乗った魔獣使いビーストマスターの男が言い終わる前に、ナルは叫ぶと掲げた手を振るった。


「【ライゼギア反逆のキフ蒼雷はルウガ牙となりて】!!」


 魔術師の少女の指先から青白い稲妻が迸った。稲妻は3本の爪のように鋭い軌道を描きながら、魔獣使いビーストマスターカインシセの頭を目掛けて飛んでいく。


 カインシセは余裕の表情で、すっと指先を振る。すると、その指の動きに呼応するかのように火狼ケオリュコスの内の一体が、カインシセを護るように前へと飛び出てきた。


 青白い稲妻が獣の身体を弾け飛ばす。獣の四肢は空中で花火のように爆散する。


「使役する魔獣マギアビーストを平然と盾にするなんて――なんて奴だ!」


 身構えたまま、ナルは吐き捨てるように言った。


「迅速正確な取捨選択ができない魔術師は【二流】だぞ。レシノミヤの魔術師よ」


 群がる魔獣マギアビーストの奥に身を隠すように立ちながら、カインシセは嗤う。


「そうかな? 【ミツマ舞えトス貫きのジュプータス水流よ】」


 ナルは静かに詠唱すると、構えた指先を揃え拳銃のような形を作った。


 次の瞬間、ナルの指先から細く鋭い水流が放たれた。水流は目にも留まらぬスピードで、数匹の火狼ケオリュコスを貫き、そしてその後ろに身を隠していた魔獣使いビーストマスターの肩をも貫いた。


「があぁッ?!」


 カインシセの肩から鮮血が噴き出した。彼は肩を庇うように手をやり、揺れるように後ずさる。


 水滴に濡れた指先を煩わしげに振り払い、ナルは得意げに口元から白い歯を覗かせる。


「取捨選択がなんだって? 遠回りこそが近道なこともあるって知っておかないと、魔術なんてまどろっこしいこと極めてらんないわよ? ね? 【二流以下】の魔獣使いビーストマスターさん?」


「なるほど――」


 不意に、ミズホは少し感心したように呟いた。


「初撃の雷魔術は牽制――相手に【獣を盾にすることで攻撃を防ぐことができる】と思い込ませ、二撃目の貫通性の水魔術で、操っている本体を確実に仕留めにいく」


 ナルは横目でミズホを見やり、微笑みを浮かべて見せた。


「おっ? さすが【神秘斬滅ルナイレイズ】の能力者だね。ちなみに二撃目が水属性なのは、あいつが盾にしてたのが炎属性の火狼ケオリュコスだからだよ。炎に対して水は相性が良い。結果として貫通性能が高まるってわけさ。


 つまり火狼ケオリュコスに対して雷属性の魔術を使った時点で、それが牽制だと見抜けずに慢心するなんて、まさにあいつは【二流以下】ってことさ」


「私の能力云々は関係ないと思いますが――でも、その言い方だと、自分が【二流】であることは認めてるようにも聞こえますね」


「うっさいよ!? まあ実際、そうだからしゃーない。その証拠に、さっきの一撃であいつを仕留め損なってる……」


 相手に聞こえないように、ナルは小さく舌打ちした。


 カインシセは肩に当てた掌から小さな炎を溢れさせ、貫かれた傷口を焼き塞いでいた。止血した男は、口元を歪めて少女たちを睨んでいる。


「お前たち――この私に――傷を――許さんぞ――許さん――!

 生きながら皮膚を、四肢を、少しずつ焼き噛みちぎらせ、死以上の苦しみを味合わせながら死ぬがいい――!」


「面倒だな――」


 ナルはミズホだけに聞こえる声で呻く。


「流石に次も同じ手は通用しない。何体もの魔獣マギアビーストを使役する魔獣使いビーストマスターを相手に長期戦は不利だからね。獣の後ろに隠れている本人をどうにかしないと、倒しても倒してもキリがない」


「そういうことなら――ナルさん、ちょっと――」


 ミズホは背を伸ばし、ナルへと内緒話をするかのように耳打ちした。


「あなたの魔術で、【剣】のようなものは準備できますか?」


 ミズホの囁きに、ナルは怪訝そうに眉をひそめた。


「それはできるけど――どうして?」


「私の力を――あなたが【神秘斬滅ルナイレイズ】と呼ぶ力を――それをきちんと使おうとするなら、見た目イメージが大事なんですよ」


 そう言うとミズホは片目をつむり、軽く微笑んでみせた。



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