第70話 Txikiteo -バル巡り- ②


 次に向かったバルでも店主や常連客の応援を受け、ここでは創作ピンチョスが売りだというコックからピンチョスが目の前に。


「バゲットのあいだにハモンセラーノと山羊やぎのチーズを挟んだものさ」


 頑張れよと店主がサムズアップ。


 続く三軒目の正統派バルではチャンピと呼ばれるマッシュルームのアヒージョをご馳走になった。

 ピンをつまんで口に運ぶとマッシュルームとオリーブオイルの香ばしさが鼻から抜ける。

「ベーコンも入ってて美味しい!」

「あたしの好きなピンチョスのひとつさ」とマルガが地ビールを喉に流し込む。

「Ni ere!(あたしも!)」


 そう言うのは黒い液体が入ったコップを傾けるラケルだ。


 「それコーラですか?」と聞く安藤に「Kalimotxo!」と答える。

 「赤ワインのコーラ割りですよ」と店員が教えてくれた。


「え、赤ワイン!? あ、そうかラケル先輩お酒飲める年ですもんね……」


 その見た目でついつい忘れてしまいそうになるが、彼女はこれでも二十歳の立派なレディーなのだ。

 けぷっと小さな先輩が可愛らしいげっぷをひとつ。


「あれ?」


 ふと隣の客が会計を済ませるのを見て、安藤は疑問に思った。

 見ると、店員は皿に並べられた使用済みのピンを数えて会計しているのだ。


「どうしたんだい?」

「あ、いえ、ここってピンの数でお会計するんですよね? それだと、ごまかすお客さんがいるんじゃないかと……」


 あははとマルガが笑う。


「そんなケチくさいことをするやつはバスク人じゃないし、仮にそういうことをした人がいても、しつこく問い詰めたりしないのがバスク人さ」

「それがバルの心得その四ですか?」

「そのとおり! あんたもわかってきたようだね」


 その時、店主が「これがうちの名物だ!」とごとりと皿を置く。

「ナスのフリットスだ!」

「ここのバルはフリット揚げ物が名物なんだよ」とマルガが補足。

 これも写真をスマホに収め、黒いソースのようなものがかかったナスをフォークで刺して口に運ぶ。

 

「あれ? 甘い……」


 予想外の味覚に躊躇ためらうが、次第にその甘さが病みつきになっていく。

 それどころか、日本人である安藤には馴染みのある味だ。


「もしかして、この甘さって……」


 店主に甘さの正体を伝えると、店主は嬉しそうに破顔した。


「よくわかったな! これはアンダルシア地方のものなんだ」


 そう言うと調味料が並んだ棚から瓶を取り出す。


「使ってくれ」

「いいんですか?」

「まだまだ在庫があるからな!」

「ありがとうございます!」

 

 礼を言い、受け取った瓶を見る。半分ほど中身が減ったそれは黒い液体状をしていた。

 続く四軒目ではラケルの提案でパエリアの名店へ行くことに。

 ピンチョスをつまみながら二十分くらい経ってからやっとパエリアが出てきた。

 平鍋にオレンジ色に輝くアロスの表面をベーコン、アサリ、ムール貝が彩る。

 レモンを回しかけ、スプーンでこそぎ取って食べると魚介の旨みがふわりと口内に広がっていく。

 

「パエリアは出来上がるまで時間がかかるけど、待った甲斐があるだろ?」とマルガが自家製のサングリアのグラスを傾ける。


「はい!」


 安藤の隣に腰かけるラケルも「ん!」と頷く。手にはすでに空になったサングリアのグラスが。



 「はー食った食った」とマルガが腹をさすりながら出る。

 時刻はすでに15時を過ぎているが、空はまだ明るい。


「さてと、そろそろシメといこうかね」

「え、まだ食べるんですか?」


 「甘いものは別腹だから大丈夫さ」とウインクするマルガの意図を悟ったのか、ラケルが「Tarta de queso!」と目を輝かせる。

 マルガが「Erantzun zuzena!(正解!)」と笑いながら頷く。

 だが、安藤には話の内容が飲み込めない。


「あの、タルタ・デ・ケソってなんですか? タルタってケーキのことですよね?」

「ついてくればわかるよ」


 手招きするマルガの傍らでラケルがこくこくと頷く。

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