第70話 Txikiteo -バル巡り- ①


「まずはここだよ」


 カサ・マルガがある8月31日通りを抜け、隣の通りに入ったマルガは安藤とラケルの二人に目の前のバルを指さす。

 店内に入ると客はまばらで、ちょうどカウンターに三人分の空きがあったのでそこに陣取る。

 「ここはシーフードが美味いんだよ」とマルガが強面こわもて店主に料理を注文を。

 

「あいよ。出来上がるまでこれでも食べて待っててくれ」


 そう言って三人の前に出したのはボケロネスと呼ばれる、酢漬けにしたイワシをバゲットに載せたピンチョスだ。


「美味そうですね。あ、そうだ」


 ピンチョスに手をつけようとした安藤がズボンのポケットからスマホを取り出し、カメラを起動してシャッターを切る。


「おいあんた!」


 カウンター越しに腕組みした店主が身を乗り出してきたので、安藤はびくっと肩を震わせる。


「あ、す、すみません……!」


 勝手に撮っちゃまずかったかな……?


 すぐ消します! と削除ボタンに触れようとした時――


「あんた、もしかしてドン・サンチェスと対決する日本人か?」

「は、はい……」


 どうやらここでも噂は広まっているようだ。周りにいる客からもざわざわとざわめきが聞こえてくる。

 店主が「そうか!」と言うと、次の瞬間には破顔した。


「写真なら遠慮なくがんがん撮ってくれ! 頑張れよ! ドンには前からムカついていたんだ。お代はいらねぇ! その代わり、ドンの野郎を絶対に負かすんだ!」


 注文した品だとカウンターにごとりと皿を置く。

 ガラス皿に放射状に並べられたホタテと、その中央には海老が。


「うちの名物、ホタテとエビのマリネだ。これを食わなきゃ帰さねぇぜ!」


 肉厚のホタテと海老に安藤とラケルの二人が目を輝かせる。

 フォークで刺し、口に運ぶとぷりぷりとした食感と、オリーブオイルと赤胡椒レッドペッパーのピリッとした辛さがたまらない。


「美味い!」

「Goxoa!」

 

 若きコックのふたりがそれぞれ母国語で同時に舌鼓を打つ。

 次にボケロネスを口に運ぶとこれまたイワシの苦味とオリーブオイルの酸味が相まって、バゲットに染み込んだ味が舌にじゅわりと広がっていく。

 恍惚こうこつの表情を浮かべるふたりに強面の店主がにかりと笑い、マルガは白ワインを傾けながら微笑ましそうに見る。


「頼んだぞ、お前たち!」

「絶対にドンの鼻をあかしてくれよ!」

「そうだ! あいつにはお気に入りのバルを潰されたんだ!」


 常連客からも声援が送られ、安藤とラケルは互いに見合わせると同時に頷き、ふたりともサムズアップで応えるとまた周囲から歓声。


「頼りにされてるじゃないか、あんたたち。さて、そろそろ次のバルに行こうかね。お会計頼むよ」

「え、もう行くんですか? ここに来てまだそんなに経ってないですよ」


 安藤の前にマルガがぴっと人差し指を立てる。


「バルってのは長居するんじゃなくて、少しつまんであちこちのバルにハシゴしながら楽しむものなのさ」


 それがバルの心得そのさんだよと付け加える。

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