第28話 王城にて
アンジェは用意された王城の一室に客として部屋を与えられた。ルーチェスクが魔王となる前、魔王候補として互いに研鑽を積んでいたころ、ここには何度も足を運んだが、客室は初めてだった。
案内してきたアーノルドと部屋付きメイドが部屋に入り、早速、メイドはお風呂の支度を始める。
「不自由があったら部屋付きメイドに言ってくれ。着替えは…」
「マジックバッグに入っているので、気にしないでください」
「王都にある侯爵家に連絡を入れた方が良いのならそうするが」
「可能なら、お願いします。それから、ギルドの仕事の最中なので、明日にでも時間が許すときにそちらに寄りたいんですが」
「王都のギルドで良いのか?」
「ええ。薬草を待っている薬師がいるので」
「わかった、陛下に報告して許可を取っておこう」
「キレンスキー公爵、私の行動は制限されていますか?」
「あ、の、な、昔なじみなんだ、そのキレンスキー公爵っていうのはやめてくれないか? 公式の場ではともかく、今は…」
「ごめんなさい、久しぶりだったし、私は社交も最低限だけだったし」
「いや、昔のままで良い。で、外出に関してだが、陛下は事情を聴きたいから止めおくだけで、行動を制限する気はないと言っていた。ただ、襲撃されたのが薬草園だというのが気に入らないのが共通の認識。内通者がいても不思議じゃないし、逆に草原での襲撃は、誰を狙ったのかわからい」
その言葉にアンジェは顔を上げた。
「なのに殲滅したの?」
「ノーコメント」
つまり、調査中ということだ。
「参考になるかどうかわからないけれど」
「なんだ?」
「この頃、樹海周辺で採取できる薬草や狩猟肉の価格が落ちているの。つまり、それだけギルトに納入されているということ。そして納入者は、割と新参者の冒険者が多いということ」
「ほぉ、そう言えるだけの確証は?」
「樹海周辺で薬草採取や狩猟採取する冒険者というのは、ある程度の実力がないと近寄れないから、助け合ったりもするし、お互いになんとなくテリトリーを持っていたり、狩猟方法に特徴があったりとお互いに見知っていることが多いのよね。でも、そういうメンツ以外の冒険者の出入りが増えたってこと」
「見張り、ということか?」
「それはわからないけど、彼らは私たちの仲間内ではあまり良い印象を持っていないし、実力が足りないのか、割と大人数の集団で行動しているとだけ。代表者がギルドに来て採取物を売っているんです。それも王都限定で」
アーノルドの眉がピクリと動いた。
樹海の薬草は高く売れる。新鮮ならなおさらだ。そんなこともあって、冒険者たちは保存する手立てがない場合は、薬草採取すると近くのギルドで売ってしまうのだ。薬草を単に乾燥して売り渡すということは薬草の価値を下げることになりかねない。薬草保存の方法はいくつかあって、素人では難しいのだ。だから樹海近くの町のギルトにはそう言った技術者もいる。もっと言えば、その街自体が「薬に特化した町」なのだ。
「街道沿いにある街を通れば新鮮ぴちぴちの薬草を高値で買い取ってくれるというのに、わざわざ王都のギルドでちょっと鮮度の落ちた薬草を相応の値段で、というのは、採取目的の意義を外していると思うんですけどね。状態保存の魔法もかけないで。まぁ、状態保存しなくても薬草は干しておけば買取価格が高いので、加工途中だと言い張ればギルドは買い取りますよね。まぁ、そんなことを考える私はちょっとじゃじゃ馬な令嬢なんでしょうが」
「で、君の薬草は大丈夫なのか?」
「マジックバッグには状態保存魔法がかかってますからね。鮮度はぴちぴちです。ギルドを通すと言えども、依頼者は長年のお得意様なんです。樹海の中奥に行かなきゃ採取できない種類なので、いける人がいないんですよ。見返りがそれなりにあるのでオッケーな案件ですが」
「貴重な情報をありがとう」
立ち去ろうとして、ふと足を止めた。
「婚約話が進んでいるとか聞いたが?相手にここにいると知らせておかなくて良いのか?」
「樹海の薬草採取の利権がらみで私に近づいてきた男など…」
その言葉に、アーノルドはくすりと笑った。
「? どうしてそれを?」
「とある夜会で弟殿と会った。お互い素性を隠してはいたが、君のことを案じていたよ」
「あー、あいつ、自分が決まったからと言って…て、失礼」
「いやいや。では、夕食前に迎えに来る」
奥の浴室から出てきたメイド二人に後を頼むと言い残し、アーノルドは部屋を出た。
魔力酔いを起こしたままの椎名はプライベートエリアのリビングルームに入った。事情を聞きたいとジョルダンやおばばが待機していたからだ。
だが、部屋に入るなり椎名は息をするようにテーブルの上に驚くほどの魔石を生み出した。
「あー、もう最悪最悪」
そう言いながら魔石の結晶を吐き出すこと20個近く。
「王妃様?」
いぶかしむジョルダンに構わず、どんどん吐き出してゆく。
「これ全部犯人の魔力。証拠品だから捨てるわけにもいかないし、段々気分悪くなるしで最悪。こいつら自分の欲しか考えてないというか自分勝手というか」
すべて濁った色の魔石は、不気味でしかない。
人型に戻ったグレージュが驚いていた。
セルジュはくつくつと笑っている。
「これで全部か?椎名」
「分からない。転移した時にありったけ根こそぎぶんどった覚えはあるんだけど、全部じゃないかもしれない」
「転移するのにどこに飛ばされるかわからなかったのに?花嫁様は自覚なしなの?オヤジ」
「人の魔力をぶんどって転移させるなんて卑怯じゃないのよ。まぁ、漏れなく報復しておいたけど」
「は?」
「…暗号マーカーですか」
おばばはそう言った。先日、魔法学の勉強の時に便利なもの、として教えられたのは色々なものに「マーキング」できる魔法だ。基本、物品に付けるものでマーキングした本人にしか判別はできないが、マーキング魔法自体をちょっと書き換えればその魔法を知っている人間ならタグにあたる「マーキング」を見ることができる。
「まぁ、ちょっと自信ないけど、大丈夫だと思う」
全部魔石を吐き出した椎名はああすっきりしたとばかりに両手を振った。
「で、セルジュ、相手のあぶり出しに成功したの?」
「何の事でしょうか?」
にっこり笑いながらセルジュはそう切り返した。
つまり、椎名に黙って、何か作戦を実行したのは確かなことで、今はそれを言うつもりはないということだ。
「だったら追求しない。このたびはいろいろ心配かけました。救出にいろいろ心砕いてくれてありがとうございました」
椎名はそう言って一礼した。
「椎名様」
「魔力が回復していないからまともな思考回路にはなっていないのよ、気にしないでくれないかな?」
椎名はそう言って立ち上がった。付き添おうと寄り添ったルーチェスクの手も断る。
だが、ルーチェスクは有無を言わずに椎名を抱き上げた。
「ちょっと」
「ジョルダン、後を頼む」
「わかりました。それから侯爵令嬢が一時外出を求めていますが?」
「一時外出?何か問題があったのか?」
「いえ、採取した薬草をギルドに届けたいと。ある薬師から特注で受けた仕事だそうで」
「ロブが付き添うなら許可をする。むやみに接触してほしくないんでな」
「かしこまりました」
「だから、降ろしてください」
「いやだ」
ルーチェスクはそのままプライベートエリアの浴室に入っていった。
「うわぁ、溺愛状態」
「バカ息子め、行儀よくしないか」
セルジュがグレージュの頭を叩いた。
「いってぇな、オヤジ」
「申し訳ない。この子は私の息子だが、わけあって市井で育ったので礼儀というものを知らない」
「いいじゃんかよ。藤間の花嫁が来た、ってわかってても、庶民はその花嫁がどう暮らしていいるのかなんて知らないから。普通に考えてさ、いきなり知らない世界に連れてこられて、しかも人間にとっては全く覚えのない世界だぜ?魔法もない世界からやって来るんだ。泣き暮らしたっておかしくない。俺らとしてはさ、ちょっとでも笑って暮らせるようになってほしいし、ちょとでも何とかならないかと思ってる。だから魔王様に溺愛されていると分かればちょっとは安心するさ」
「だから心配ない。椎名様も少しづつ、こっちの生活に慣れてきているんだ。発表した通り、妃教育も順調に進んでいるから安心しろ」
「セルジュ、クレージュに頼みがある」
「はい、何ですか、おばばさま」
「悪いが、このままアンジェ嬢に張り付いてくれないか?」
「ランディとして張りつけということですか?僕は王城に詳しくないし、第一、オオカミの姿のままでは…」
「万一のことがあってはいけないのでな。アンジェは聡い。自分が狙われることをわかっていても王城にやって来た。強いことは分かっているが、何も話せない以上、きちんと守る必要がある」
「分かりました。グレージュと、配下の者をつけましょう」
セルジュはグレージュに目配せした。
「了解っす」
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