第26話 樹海の中の侯爵令嬢 1
(本日二度目の更新なので25話を読まれてない方はそちらから)
その場所に到着した時、アーノルドは信じられない面持ちでその建物を見上げた。
「確かに、おてんば娘だな」
セルジュはそう呟き、少しだけ苦笑してドアをノックした。既に配下のメンバーたちは周辺に散らばり、キャラバンは分からないように隠してある。
「はい」
返事があって、ドアが少し開けられた。顔をのぞかせたのは、狩人姿の女性である。
「失礼。アンジェリカ・ラトビア・オーウェルズ侯爵令嬢、ですね?」
「はい。あの、セルジュ・ローレン・フォン・フェデリック公爵と、アーノルド・ブラウン・キレンスキー公爵、ですよね?」
その三人の間に入ったのは、真っ黒な大きな犬、ランディであった。
「ランディ、ちょっと」
「ここに、椎名様がいらっしゃいますね?」
「シーナの事?え?え?」
「失礼」
有無を言わさず、セルジュは扉を開くとランディは案内するようにソファに向かった。
二人の態度に閉口しながらも、魔界の二公爵が揃って迎えに来る女性などそうそういない、と判断したのか、アンジェリカはシーナと名乗った女性の正体を知って青ざめた。
場合によっては、自分は利用されたか、もしくは、とんでもない人物を拾ってしまったか、である。
「申しわけないですが、ご同行していただけますか?侯爵令嬢」
アーノルドは丁寧に申し出た。
「あの、私は詳しいことは何も聞いていません。お役に立てるかどうかは分かりません」
アンジェは腹をくくった。一言二言しか話していないが、シーナは悪いような人物には見えなかったし、二人の公爵は話が通じない男たちでもない。
「そうではなく、わが主を助けていただいたお礼ですよ」
セルジュはそう言って椎名の全身状態を確かめる。頭の傷は丁寧に処置されているし、足を捻挫したようだがそれは椎名が簡易的に処置している。何より、ソファに横になった椎名に毛布を掛け、いつでも水が飲めるようにと水差しを置いてあるあたりは普通の貴族令嬢の気遣いにはない。召使にやらせることがほとんどだから、そこまで気が回らないのだ。だが、彼女はこうして椎名のために気遣いを見せている。
意地悪に言えば使用人がいないから仕方がないと言ってしまえばそこまでだが。
「椎名様、起きてくださいませ」
「…セルジュ?」
「お迎えに上がりました。御気分はいかがですか?」
「魔力酔い起こして最低な気分。ごめんね、面倒かけて」
「このまま横になっていてください。キャラバンで帰れば一日で帰れるでしょう」
「アンジェとランディは…」
「事情を聴かねばなりませんので、同行していただきます。アーノルド、彼女を頼みます」
セルジュはそれだけ言うと、椎名を抱き上げた。アーノルドが玄関扉を開けると、キャラバンの一部の馬車が既に横付けされていて、迎えに来た女性騎士が馬車のドアを開けた。セルジュは椎名を抱いたまま、すっと中に入っていくと人払いをしてから入っていった。
「やっぱり…王家の紋章…」
「藤間の王妃様、ですよ。そのままで構いません。支度をお願いします」
「はい」
アンジェはアーノルドに促されて支度を始めた。
キャラバンの馬車の中にセルジュと椎名が、アーノルドはアンジェとランディと女性騎士が乗った馬車に乗った。
「まさか、王妃様だったとは」
「驚いただろう?君以上にじゃじゃ馬かもしれない」
「ちょっとびっくりしたわ。貴方が迎えに来たというのも意外。フェデリック公爵は昔から藤間の世話人だったから驚かなかったけれど」
「あの方に忠誠の誓いを立てた。…顔見知りだということではなく、君にはいろいろ事情を聞かせてほしいんだが」
「事情と言われても。あの、我が家の公益事業の関係で私が趣味と実益を兼ねて薬草の研究や販売をしていることは?」
「ああ、知っている」
「今回は一週間の日程で樹海に入りました。予定では明後日には樹海を出るつもりで、依頼された薬草採取の仕事だったんです。でも、昨日の午後、予定数を採取できたので帰ろうとしたところで転移エネルギーを感じて。お昼すぎです。樹海の真ん中あたりに落ちたので、本当に何かあってはいけないと、支度をして私が安全でいられるぎりぎりの場所にキャンプを張って一度休憩して、まだ夜が明けきらないうちに落下地点に」
「落下地点は、樹海の真ん中、か?」
「たぶん、としか。実は索敵魔法をかけた時に、樹海の中心にキングブラックベアーが暴れまわって他の魔獣たちと戦闘になって、その死骸を狙って魔獣たちが集まって、という現象が起きていたの。私たちハンターの間ではジェノサイド現象と言っているんだけど、それが人為的に引き起こされていたようなの」
「つまり、魔獣の血の匂いを使ってってことか」
「キングブラックベアーはハンターたちの間で『片耳のジョン』と言われている個体で、魔力も独特なの。その中心に王妃様の魔力の痕跡があった。だから、私は王妃様の魔力の痕跡を追いかけようとして途中で見失ったりして。そうしたら…結界が見つかって」
「王妃と出会った、ということか」
「最悪でしたよ。くくり罠のトラップに入って逆さづりになるわ、ランディは草結びのトラップで相手の結界破っちゃうし、散々でした。あんな原始的なトラップに引っかかるとは思わなかった」
「ああ、王妃さんはそういうことは普通にこなせるな」
「とりあえず、後頭部に怪我をしていて出血がひどかったのでその手当を。足は本人が応急処置をしていたので、ロッジに転移魔法で避難しようと転移したんですけど、直後に魔力酔いを起こして、会話もできないほどだったんで、ひとまずソファで休んでもらったんです。だから何も詳しいことは知らないんですよ」
とは言うが、アーノルドが欲しいと思った情報はほぼ、彼女がしゃべってくれている。
「君がいてくれて助かったよ。手探りで樹海を探すことになりそうだったんだ」
「キレンスキー将軍、…」
「なにか?」
「どういう経緯があったのかわかりませんが、王妃様が魔力酔いを起こしたのは、魔力欠乏による魔力酔いもありますが、自分にかけられた、誰かの魔力の痕跡を捨てずに大事に保管しているからです。自分の中にその影響を受けて魔力酔いを起こしているんです」
「ああ、それなら、今フェデリック公爵が対処している。魔力痕跡は重要な証拠だからね」
「その魔法を仕掛けたのは、ブルージェス・ブルーだということは、御自覚ですか?」
アーノルドの指先がピクリと動いた。犯罪に加担する魔術師として指名手配されている魔術師の一人だ。そして、稀代の魔術師ともいわれている男だった。
「何故、そう思った?」
「私が使っている転移魔法はミセス・レディアの転移魔法紙です。移動の時、この魔法紙と非常に相性が悪かった」
「なるほど。魔法の相性か」
だから、侯爵令嬢として証拠品の「使用済み」の転移魔法紙を示すことができた。
ブルージェス・ブルーもミセス・レディアも貴族階級の人間で、魔王の側近候補に名を連ねた人物である。優秀な人材として10人ほどが実際の魔王候補と一緒に学友として王城で同じ教育を受ける。ある時期を境に、側近候補として魔術学校や士官学校など、各種学校に通ったり、大学に相当する専門院に通ったりもする。だからアンジェリカはルーチェスクともアーノルドとも顔見知りだ。
側近候補の二人は、魔術専門院に入学し、卒業後は側近になるべく研さんを積んだが、とある災害の対処で意見が二分することになり、結果としてそれが原因で被害が拡大することになった。その責任を問われたのは二人。
ミセス・レディアは処分が下る前に、職を辞し、結果を重視して自分で市井に下り庶民と共にある薬師として今は王都のはずれに住んでいる。
一方のブルージェス・ブルーは処分を受け、王城勤務から地方都市の勤務を命じられた。彼の攻撃的な性格と前衛的な政策は側近にふさわしくないという考えだったためだ。だが、彼は地方勤務を言い渡されたときに激高し、処分は受け入れられないとして退職した。
そう言った経緯があって、二人の魔力と魔術はウマが合わないのである。
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