第22話 ドロップリーフ
「いきなり二つも口にして、大丈夫か?」
純粋に心配したジャルダンがそう言った。
確かに、これは魔力が低い者なら濃すぎて卒倒しそうな魔力濃度のお菓子だった。だが、濃厚ゆえに魔力補充ができる菓子でもある。
「うっわぁ…鼻血出そう。いつだったか、戦場で瀕死の重傷を負った時におやっさんから渡された特大ドロップリーフみたいだ」
体が慣れるまではくらくらするのでアーノルドは椅子にもたれてそれをやり過ごす。
「こんなの久しぶりに食べた。うんまい。濃厚。しかもこんなに小さい。作ったやつ腕が良いな。ルーの奴、お抱え浄化師雇ったのか?」
その言葉に、ジャルダンがほっとしたように深呼吸した。おばばの指導の下、椎名が花嫁修業の一環だと言いながら面白半分に作ったのは良いが、濃度が濃すぎて何人かの毒見役や使用人が魔力酔いを起こした。
ふらつく程度で健康障害は起きないが、立ち眩みのような症状が起きるので驚くのだ。
しかも、当たり前のように差し出されたものは通常のドロップリーフよりも小さく、小さいのならば濃厚ではないのだろうという予想を大きく裏切った。
一番最初にルーチェスクが「それ」を見た時は本当に驚いた。
椎名は、お菓子教本を見ながら、指先からさらさらと透明な砂粒を出したからだ。曰く、塊にならないのよねぇ、とか言いながら。
「こんな腕の良い浄化師、何時雇ったのさ?」
ドロップリーフを作ることができるのは誰でもできることだが、ここまで純粋な濃度を持つドロップリーフはもう『浄化師』の仕事になる。
「いえ、王妃様が練習中なので」
「ほんと、難しい。純度が低いと味が薄いと言われるし、純度を高めれば味が濃すぎて刺激が強すぎると言われるし、大きかったり小さかったり…。単に魔宝石作る方が簡単なんですけど」
そう言ってごとり、と机の上に置かれたのは見事としか言いようのない、純度の高い宝石だった。先ほどのビー玉が変化したものらしい。
「雑談しながら魔宝石作る奴は初めて見たな」
ルーチェスクがくすくす笑いながらその宝石を手にした。椎名の手のひらサイズの、かなり大きな魔宝石だ。
「うん、良い出来だ。ジャルダン、あとで部屋に細工師をよこしてくれ。これで魔具を作らせよう」
「姫さんって、退魔師じゃないの?」
「人間界では退魔師だったな。こっちでも通用する。だが、どちらかというと、こいつは浄化師に近い」
「は?俺ですらこんな純度の高いものを生成する奴にはお目にかかったことないぜ?」
触るのもはばかられるような、魔力が詰まったと思われる魔石である。透明度が高く、硬度もある。
「ああ、俺も二人目だ。だからセルジュから報告があった時はとても驚いたよ。でも直ぐに納得できた。人間界では魔力の消耗は激しいというのに、セルジュは問題なく活動することができていたし、椎名と魔力のやり取りができていたからね。主従関係だけでは説明付かないと思ったら、魔石の供給を受けていたんだと」
「意味分からない」
椎名は言っている意味が分からないと、解説を求めた。
「魔界では、浄化師の存在は秘められます。それだけ希少な存在で、なおかつ、最も命を狙われる存在でもあります。なにしろ、魔力の純度を加工できる人物で、しかもそれを魔宝石として具現化できる人物ですからね。魔宝石の純度が高いほど優秀と言える」
ジャルダンがそう説明してくれた。
「私そんなに凄い人間じゃないけど」
「自覚がないだけだ」
ルーチェスクがばっさり切り捨てた。
「魔界で使われる道具系の魔法石は、ほとんどが固い石や鉱石に呪文を刻み込んで魔力のやり取りをするものだ。純粋な魔法石は、空気中から生み出される魔法石のほとんどは食用になるような、つまり人間の口の中に入る豆粒から砂粒のようなものがほとんどだ。浄化師が手をかけても拳より大きなものはない、と言われている」
机の上の魔法石はそうではないが。
「つまり、一般的に誰でも魔法石を作ることはできるが、純粋な魔法石は作れないということ?」
「正解だ。魔法石を作ろうと思うと、どうしても不純物が残ってしまう。空気中に漂っている不純物を取り込むことが多いしな」
「なるほど」
「だから簡単にゴロゴロゴロゴロ魔法石を作るのはやめなさい」
ジャルダンはそう咎めた。
会話の間に、不純物が含まれていると思われる、色のついた魔法石を含めて大小ごろっと、手のひらサイズが並んでいる。
当の椎名はへらりと笑ってごまかした。
「そうだとは思うんだけどね、例えばさ、公爵の剣が私に訴えかけてきてるんだ。ちょっとだけ魔力負荷になって来てるからチョット吸いだしてくれないかなぁ、とか。ルーの机の上の置時計がさ、魔力循環が悪いからメンテナンスしてほしいとか」
「はあ?」
何を言っているのだ、とジャルダンが目を見開いた。
「わかるんですか?」
「全部が全部じゃないよ」
「そうなのか? 最近、時間に正確じゃなくなってきて、ちょっと困ってたところだ」
手のひらサイズの置時計を差し出してきた。ルーチェスクから受け取って、その置時計に指を走らせる。
「他の魔力がくっついちゃってるのね。…良いのかな?」
「他の魔力がくっついてるとは?」
「あー、こういうこと」
椎名は面倒だ、とばかりにルーチェスクが良く見えるようにスクリーン状態にして、置時計に書かれた呪文を見たまま、映しこむ。つまり、人間プロジェクターの原理だ。
「は?」
アーノルドは驚いたが、それ以上に驚いたのは目の前の術式だった。
「つまりね、ここンところが詰まってて、魔力が流れないから時刻が不安定になるわけ。で、ここンところに別の術式が組み込まれてて、アーシャ・ハウエルなる人物の術式なわけだけど、これ、何?」
ガタリと椅子を揺らして立ち上がったジョルダンが、ルーチェスクに向かって一礼した。
「すぐに手配いたします」
「わかった。椎名、これは犯罪の証拠になる。この術式はこのまま保存できないか?」
「紙に写し取るとか?」
「ああ、そうだ」
そういうことなら、と目の前にある白紙にそれを写し取ってゆく。その白紙に対してルーチェスクは証拠保全の魔法をかける。
「今更ながら…底が知れない」
「ねぇ、ルー、これどういうことなの?」
「楽しいことだよ。これが済んだら、こういった紐づけされている術式があるかどうか、わかるかい?」
「この部屋の物の中ではこれだけかな。あとはすっきりした術式だし、関連付けられている術式だから」
「宮廷魔術師たちのチェックは入っていたんだろう?」
「入っていた。あー、ああ、そうか、うん、心当たりがあるな」
置時計にも証拠保全の魔法がかけられ、椎名にはよくわからないが、時計本体は厳重な箱の中に入れられた。
「つまり、この置時計を介して中の様子がうかがえたとか?」
「中に忍び込むための術式だ。つまり、不法侵入だな」
「じゃぁ、狙いは何だろうね、侵入しただけで良いわけないものね」
「王妃さんならどうする?」
「一発で殺せる毒矢とか毒ナイフとか持たせて暗殺者を侵入させるね」
「その意味は?」
「転移させるだけのものなら、向こうから一方的に送り込めば良い。双方向のやり取りが必要ならここにある何かを盗み出すことが目的だわ。不法侵入が目的ならまずは暗殺することを考える」
「ほう」
確かに、馬鹿ではないな、とアーノルドは思った。
「退路はいらない、か」
「送り込む暗殺者を使い捨てにするつもりか、それとも安全に城から脱出できる術があるのか、のどちらか。
「のぞき込んだり、音を聞いたりすることは別の魔法で出来るんだから。ねぇ、あの箱に入れちゃったら、転移してきた人はどうなるの?ちっちゃい箱に押し込められちゃうの?」
その言葉にルーチェスクはぷはっと笑った。
「この部屋に転移しないように発動しただけだ。他の場所に転移する」 笑いながら答えるルーチェスクは楽しそうだった。
「しかし、浄化師か、すげぇな」
「いや、まだそれはわからん」
「本当に浄化師だったら、俺の剣を浄化することができる」
「それはだめだ」
「俺の剣は姫さんの剣と同じ、魔力を吸いつくす剣だ。だがその器にも限度があって、時々その魔力を変換しないと切れ味が悪くなる」
「だからあんなに重かったのか」
「そうか、姫さんは軽々扱っていると思っていたが、重かったか」
「そろそろメンテナンスに出してくれって刀が言っていたよ?元々は有名な魔族だったんでしょ?その刀」
「みたいだな。生涯、死んでもなお王家に忠誠を誓った魔族がその身を剣に変えたと聞いている。これはルーから下賜された刀で、ルーを守るためだけにある」
「喜んでいたよ、ロブが大事に大事に使ってくれるし、何より忠誠を誓った王族のためだけに自分の力を発揮してくれるからだって」
「刀と話ができるのか?」
「断片的にね。ロブ、刀を貸して」
「は?」
半信半疑ながら愛剣をテーブルの上に置いた。
「重くて扱いにくく、切れ味が落ちてきているのは吸い取った魔力を別のものに変換できないからよ」
椎名が触れると刀がぽわんと光を帯びた。その光が、王家に忠誠をつくし、感謝をしていること。アーノルドに下賜されて自分の使命を全うできることに喜びを感じていることを伝えてくる。
「…いいけど、私、そんなに上手じゃないわよ?」
刀にそう言って椎名は刀の柄を掴んだ。その先は何かマジックを見ているようで、テーブルの上に置いた椎名の左手の手のひらから、むくむくと魔宝石がわき上がり、それがゴロゴロと8つほど、大きなものはこぶし大のものから、小さなものは直径3センチほどのものが出てきた。
ぽわん、と光が白くなる。揺れる光に、喜んでいることが分かった。
「すげ…」
「少しは楽になった?あとでちゃんとメンテしてもらってね」
刀にそう話しかけると、手を離した。
「見事なもんだな」
ルーチェスクとアーノルドが生み出された魔宝石に見惚れていた。
「ロブの防具にしてくれって、希望があったけど」
「そうだな、これも細工師に頼んで防具にしよう」
「いや、これは姫さんのもので…」
「ロブのものよ。この刀から分離しただけだから」
「しかし、凄いですね」
ジャルダンがほれぼれと、見惚れていた。
「まだコントロールできているとは言えないがな」
「失礼します」
ラルフが書類片手に入ってきたので椎名は立ち上がった。
「部屋に戻っています」
「ああ、終わったらそっちにいく」
「お待ちしております」
椎名は一礼して奥にあるルーチェスクの私室に入る。そこからは直通通路を通って後宮に帰ることができるのだ。
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