第四十二節 大きな希望
「そこっ!」
「甘い、通すか!」
切り込んできた士官学生に対して、魔術で防御を展開する士官学生。攻撃を弾かれた士官学生の体勢が崩れ、相対している士官学生がその隙を狙う。しかし──。
「今だ!」
「っ!?」
「押し通る!」
体勢が崩れている士官学生の陰から、別の士官学生が飛び出す。その士官学生が手に持っていた武器には、集束されているマナの塊が宿っている。カウンターを狙っていたはずの士官学生はそのまま、陰から飛び出してきた士官学生の奇襲に倒れた。
奇襲をかけた側の士官学生は、作戦が上手くいったことに安堵するも──。
「うわ!?」
「しまった……!」
「相手を落とした時こそ気を引き締める、基本中の基本だろう?」
敵対していたチームの一人が展開した捕縛の術を前に、身動きを封じられてしまう。身動きができないと悟った士官学生たちは、降参を申し出た。
士官学生たちの鮮やかな攻防を士官学校の屋上から見学していた見学者たちは、その光景を目にして感嘆の声を上げた。それはスグリとヤクも同じであり、どちらも一歩も引かない展開に思わず手に汗を握る。凄い、と呟けば背後で見守っていたツバキが楽しそうに笑う。
「ふふ、凄いでしょう?あの子たちは、今年入学してきた子たちばかりなのよ」
彼の言葉に、周囲から驚愕の声が漏れる。士官学校に入学してからたった半年で、あそこまで動けるようになるのかと。誰も言葉にしなかったが、漂う空気が言外にそう告げている。その疑問の声を感じ取ったツバキが、見学者たちに話す。
「みんな、この国を守りたいっていう同じ志を持っているの。だから毎日の厳しい訓練に耐えることができるし、強くなることができる。何かを守りたいって気持ちは、人を強くするのよ」
そう告げたツバキが、何処か慈しむような瞳で士官学校のグラウンドを見下ろす。そこで繰り広げられている模擬戦も、佳境に入っているようだ。
「もしその気持ちを磨きたいって思ったら、是非士官学校に来てくれると嬉しいわ。それじゃあ、今日の士官学校の説明会はここまで。またいつか会える日を、楽しみにしているわよ」
ツバキの言葉で、その日の士官学校の学校説明会が終わる。現地解散ということで、見学に来ていた少年少女たちは各々帰路につく。スグリとヤクも、孤児院までの帰り道を歩く。
「凄かったな」
「うん。目で追いかけるのがやっとだった」
ヤクはそう感想を零した後、でも、と言葉を続ける。その目は何処か何かに吹っ切れたような、決意を固めたような光が灯っていた。
「僕、今日の説明会に行ってよかった。おかげで、決められたよ」
「決められたって、もしかして卒業後の進路のことか?」
「うん。僕、士官学校に入学する。訓練して強くなって、防衛軍に入隊したい。そうすれば、ルーヴァさんにも恩返しができるって思ったんだ」
「恩返し?」
「ずっと助けてもらってばかりだから……。本当の強さをしっかり理解して、今度はルーヴァさんの力になりたいんだ」
ヤクの言葉で思い返す。そういえば学園に通うことを決めたときも、彼はルーヴァのようになりたいと言っていたな、と。強くなりたい、ルーヴァのように自分の力を自由に扱えるようになりたい、その気持ちを思い出せたとヤクは笑う。
「……スグリは?」
「俺?」
「うん。今日説明会に行って、どう思った?」
「そうだな……やっぱ未来の軍人になるって決めた人たちは凄いって思った。あんな風に自分の力を誰かを守るために使うって、カッコいいなって。俺もそうなれたらなって思ったよ」
「そっか。そうだよね、守るために強くなるって、凄くかっこいいよね」
ヤクの質問に答えて笑うも、内心ではまだスグリは悩んでいた。
確かに今日見た士官学生たちの姿に感銘を受け、自分もそうなりたいと思ったことに間違いはない。自分の力を誰かを守るために使う、それがどれだけ素晴らしいことかも、幼い頃によく聞かされたこともあり理解している。迷う必要も悩む必要もないはずなのに、何処か踏ん切りがつかない自分がいることにスグリは気付いていた。
この心の靄を晴らしたいが、ヤクには相談できないと薄々考える。それに楽しそうに士官学校で見たものを話すヤクに、水を差すことはできない。彼の話にそうだなと相槌を打ちながら、その日は孤児院に帰るのであった。
******
士官学校の説明会に行ってから数日後のこと。今日は学園は休学日だが、ヤクはクラスメイトの友人との約束があるとのことで、朝から出かけていた。
一人時間を持て余していたスグリはどうするかと悩んでいたが、なんとなしに出掛けることにした。目的もないまま街を歩き、気付けば大通りから少し離れたところにある高台まで来ていた。手すりに体重をかけながら町を見下ろしていたが、不意に名前を呼ばれる。
「スグリ?」
「ん?」
声が聞こえた方に顔を向ければ、そこには私服姿のルーヴァが立っていた。どうやら今日は彼も休暇らしい。ルーヴァはどうしたのと微笑みながら、スグリに近付く。
「一人なんて、珍しいね」
「ヤクは友達と予定があるからって、朝から出かけてるんだ」
「そっか。じゃあキミは散歩ってところかな?」
「うーん、散歩っていうか……」
一人で悩んでいただけなんだけど、とは言えずに誤魔化すように頭をかく。しかしスグリが悩んでいるということは、ルーヴァにはお見通しだったらしい。聞くよ、と言葉をかけられ、肩の力が抜ける。敵わないな、この人には。
観念したスグリは、高台の近くにあるベンチに腰掛ける。何も言わずにルーヴァが隣に座り、話を聞いてくれる姿勢になった。ルーヴァの優しさを噛みしめながら、スグリはここ数日の悩みを話す。
「士官学校の説明会に行ってヤクが士官学校に入学するって決めたのは、凄いって思うし応援したいって思ってる。一人でそう考えられるまでに、ヤクも強く成長したんだって思わされた」
「そうだね、確かにヤクは強くなった」
「俺も強くなりたいって気持ちも、誰かを守りたいって思いもあるはずなのに、一歩踏み出せないんだ」
「それはどうしてか、自分ではわかっているのかい?」
ルーヴァの質問に、一度視線を下に落とす。利き手の右手を一度握りしめてから、何処か達観したような気持ちで吐き出す。
「多分、だけど……。……俺、薄々わかってるんだ。俺には魔術の才能はない。だから俺が士官学校に入学するんだとしたら、剣術専攻科に進むんだろうなって。だけど俺ができる剣術はアウスガールズのものだけだ。ミズガルーズのものとは違う」
「それが何か、問題でもあるのかな?」
「……俺がアウスガールズっていうか俺がいた村で学んでいたことをしたら、ヤクに嫌なことを思い出させるんじゃないかって、思って……」
ガッセ村にいた頃はヤクは心身ともに傷だらけで、怯えるだけの生活を送っていただけだった。今でこそ成長して恐怖を克服したことで、笑顔も増えて楽しく暮らしているが。嫌な記憶しか残っていない村の風習なり剣術なりを彼の隣で自分が使えば、記憶がフラッシュバックするのではないかと考えた。
嫌なことを思い出させてヤクを苦しめるようなことは、したくない。ならばアウスガールズでの一切合切を封印して、一から新しく始めるべきなのか。しかしそれで本当に、彼を守れる自分になれるのだろうか。そんなことを一人悶々と悩んでいたら、己が何をしたいのかを見失ってしまったのだ。
スグリの悩みを聞いたルーヴァは小さくそうかと頷くと、こう切り出す。
「きっとそれは、今のスグリだからこそ浮かんでしまった悩みだね」
「今の俺だから……?」
「育った村を出るときも、大陸を出るときも、そしてきっと今も。スグリはずっとヤクのためと想って行動してきた。自分一人が何とかしないとって考えてね」
それが悪いこととは言わないよ、と前提を置いてからルーヴァは説明する。確かにスグリの今までの行動があったから、ヤクは今幸せに生きている。しかしスグリも言ったように、ヤクは強く成長したのだと諭される。
「ヤクのため、それはいいことだよ。でもそればかりで自分の気持ちを押し殺しちゃうのはダメだ。そんな無理してまで守ってもらっているって知ったら、ヤクはどう思うかな」
「そんなの、ヤクじゃないからわからないけど……」
「じゃあ、スグリだったら?ヤクが自分のことを押し殺してまでキミを守ろうとしているって知ったら、どう思う?」
「そんなの嫌だ!そんな無理して守られても、俺は嬉しくない!」
立ち上がり叫んでから、あ、と気付かされる。そう、嫌だ。無理をしてまで守られても、全く嬉しくなどない。寧ろ自分のせいでと、自責の念に駆られてしまう。ルーヴァが何を言いたいのか、スグリは理解する。そんな自分の様子に気付いたのだろう、満足そうに微笑んでからルーヴァは言葉を続けた。
「ヤクもきっと、同じ気持ちになると思う。自分が今まで大切にして、守るために切り捨てたとしても、本当に捨てたくないものは拾い上げてもいいんだよ」
「……いい、のかな……。俺……」
「何事も一人で抱えきれないときは相談すればいいんだ。前に言っただろう?問題を一人で抱え込みすぎるのはよくない、何かあったら相談するんだよって」
キミは一人ではないのだから、と優しい説教を受ける。ルーヴァに相談してよかった。数日間抱えていた旨の靄が晴れたような気がした。今夜にでも、ヤクに相談してみよう。そう考えたスグリであった。
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