6-4『破壊と幸運の隊長H』
バキュンッ!
「……っ!」
しかし、その動きを止めるように、一個の弾丸が彼の髪を掠めた…。
「な…なぜだ…私の異能力は…全員に適用されるはず!」
人間達がへばり付いた地面の真ん中、逃げられなかった男は、今まで見たことのない光景に戸惑っている…。
「何故あなたは効かないっ!!」
それもその筈だ…。
ずっと優越感に浸れていた男の最大の武器が、一瞬にして無効化されたからだ。
彼の異能力は紛れもない攻撃の一手。
だからこそ、僕の特異は発揮されたのだろう…。
「この…っ!」
どれだけ彼が手を前に出して異能に力をいれようが、僕にそれが聞くはずがない。
「許されないですよ…ユキマチさん…」
焦りで汗まみれになっている犯罪者を、僕はキッと睨む。
僕は彼の所業を受け入れられない。
社会として許されないことをしていただけならまだしも、彼はついに人間としての禁忌を犯したのだから…。
「仲間を殺すのは…絶対に…!」
僕は彼を軽蔑する。
自分の中にいる背後霊達が『お前も許されない』と口を揃えて、僕の心臓を押し潰そうとしても、今だけなら僕は僕を蔑ろに出来る気がした。
彼は不可抗力でもなんでもなく、まるで消しゴムのカスでも捨てるかのごとく、仲間を殺したのだから…。
「ユウキさんっ!」
未だ異能に侵されている斐川さんが名を呼ぶ。
「代わりに確保してください…っ!彼は絶対逮捕対象です!」
懇願する斐川さんの目が、僕の使命感を揺すぶる。
「……はい!」
苦しみながら願う彼のため、僕は改めて武器を握りしめ、雪待を睨みながら歩きだした…。
「や…やめろ…っ!来るな!」
得意技の術を失った犯罪者は、
「うっ…うわぁぁぁぁぁあっ!」
バン!バン!バン!バン!
自分の異能力を誇っていた彼は、ハイドニウムの弾丸を乱射するが、焦りで手元が狂っているのか、僕の身体には掠りもしない…。
「ぐぅっ!あっ…」
どうやら、自分の能力を過信しすぎていたがためか、弾の補充を十分にしていなかったようだ…。
彼が自尊を高め続けていたことに後悔した頃、僕はついに彼の間近に辿り着く。
「ま…まって……私は…私はまだここで終わっては…!」
僕の顔を見るなり、彼は恐れで尻餅を付いて、命乞いに似た言葉を溢し始めた。
惨めとは、こう言う事を言うのだろう…。
「撃て…!新人っ!」
こちら側の勝利を悟った住浦さんが僕に指示を飛ばす。
「異能力者は…機能を停止させとかねぇと何をしでかすかわかんねぇ!撃てぇ!」
重力に耐えながら必死に訴える彼に頷き、僕は拳銃型アーツを雪待の前に向けた。
「ひぃぃいっ!」
彼の目の前に、カチャリと銃口が向いた途端、情けない涙声を出しながら、頭を守るように地面に
彼の身体を撃てば、この事件も終わる。
きっとこれで、陪川さん達も元に戻るはずだ…。
カタカタ……
引き金を撃てばそれで終わる。
たった数秒の動作だ。
カタカタカタカタ……
こいつは大罪人だ。
テロ等準備罪にも値する。
射撃許可は出ているから、撃たれて当然の人間なんだ!
カタカタカタカタカタカタ……
なのに…なんで僕は、トリガーに指を掛けることすら出来ない!
これで全部が終わるはずなんだ。
撃てば郷仲さんや皆に誉められて、罪人の僕も少しは世間のために活躍も出来るはずなんだ!
「う…ううっ…」
撃て…撃てよ……。
お前が撃たなかったせいでって言われたいのか?
とっとと撃って、この面倒な事件からおさらばしよう。
「ぐぁっ!ぐ…ぐぅ…」
自分を肯定し、鼓舞し続けた。
仲間達からの期待も自分自身に突きつけた。
不良の身体を殴れたはずの自分のくせに、それでも何故かトリガーを引くこと出来ない…。
しまいには、「お前が引き金を引く権利などない」と自分の中の背後霊が、僕の声よりも大きく訴えかけて来ている。
撃たれたら、痛い、血が出る、恨まれる…。
背後霊の上に、そんな他者の痛みと自責の念が邪魔をしている…。
「やめろ……」
考えるな…引き金を引け…。
お前でもできる簡単な作業だろ?
いつまで弱い気でいるんだ…っ!
「く…くそ…」
もしも僕が強い人間だったら、きっと目の前の敵なんか、今頃ズタズタにするくらい弾丸を放てているはずだった。
けれど、中途半端な恐れの思いが勝ってしまい、未だに弱い僕は拳銃を下ろさざるをえなかった…。
「ば…バカにしやがってぇぇえっ!」
すると、馬鹿にされたと誤解し自棄になった雪待が、拳銃を捨て、僕につかみかからんと突進してきた。
「う…うわっ!」
突然の寄行に驚き、思わず僕は手を前に出して突進を防ごうとする。
なんとか押し倒そうとはするのだが、雪待の目は、もう人間としての輝きを失っていた。
ありもしない死の恐怖で苦しませることこそが、非道なのかもしれない。
もうこれ以上苦しませず、楽にさせてやろう…。
「ぐ…ぐぁ…!」
そう考えた僕は、ポケットの中に入っていたプリズンシールを咄嗟に取り出し、我を失っていた彼の身体に突き刺した。
パンッ!
破裂音と共に、雪待の身体が赤黒の鳥加護状のクリスタルの中へと吸い込まれる…。
彼を楽にしてやるために、咄嗟に思い付いた方法はこれだけだった。
プリズンシールは、傷が付いていない人間にも有効で、暫くの間は、すし詰めのように狭い場所に拘束されるから、異能力も使えないし、ましてや傷つくこともないはず。
叶さんの講習の時、身をもって、その事を実感したことをふと思い出せたから、彼を傷つけずに拘束できたのだ。
ただ、講習の時に聞いたよりも、破裂音が軽いような気がしたのは気のせいだろうか…。
「…っおう!あぁ…重かった…」
雪待がプリズンシールに収容されたことによって、陪川さん達に掛かっていた異能力も解けたようだ。
武装警察の皆も、ようやく一息付ける。
残された不良達は拘束されたまま、殺された仲間を悼んだり、雪待に着いていったことを後悔したり…。
それぞれの後悔や悲しみが、こんな奴らにとっても、絆に似たものがあったことを証明していた。
とりあえず、長くもハラハラしたこの事件も、これでようやく終わりか…。
「ようやったな!ユウキく…」
ガッ!
陪川さんが僕に賛辞を掛けてくれようとした刹那、同じく異能力から解放されていた住浦さんが、突然僕の胸ぐらを掴んだ。
「な…なんですか…!?」
彼が僕を睨む眼光は冷たい…。
「……お前が弱いのはわかっていた。だが…それでも、なんで殴るなり撃つなりしなかった?」
静かに怒っている顔を近づけ、僕に追求する…。
「スミウラ。捕まえれば終わりやったんやから…怒ることやあらへんよ…」
「あんたは黙ってろ!」
怒鳴って師匠を一脚する彼に、僕は思わず肩を震わせた…。
「答えろ新人…。なにを
「…ぼ…僕は……まだ…その……」
眉間にシワを寄せて追求する姿に、僕は怖じ気づいた…。
まるでサイのような猛獣が僕に鋭く硬い武器を向けているようだ…。
「殴られて…当然であっても……これ以上傷つけるより……拘束した方が最良だと思いました…」
九死の気迫から逃げ出すように、ツギハギだらけの言葉を繕うと、住浦さんは僕を背中から地面に叩きつけた。
「くそが…」
なんとか僕は、状態を起こして立とうとすると、彼は肩にそっと足を置く。
「プリズンシールは医療機器も兼ねている。だが、事故の防止が故に、回復量が一定になると自動的にこれは割れて、中から人間が出て来る仕組みだ。だから、ダメージ量によっては、プリズンシールが効かなくて脱走する奴だっているんだよ…」
彼は顔を近づけながら、僕の手から落ちたプリズンシールを拾い上げて見せる。
「役立たずになりたくなきゃ、しっかりと道具の使い方を学べ。スプリミナルに来たなら、犯罪者に慈悲を向けるような考えは捨てろ。撃つ撃たない、殴る殴らないの選択じゃなくて、いつでも"殺せる"準備をしておけ…」
怒りの眼光が僕の胸を焼く。
なにかを傷つけるのが嫌いな自分にとって、罪人を殺せるための準備など、極めて酷なもの…。
言葉の衝撃で返事もできない僕を見て、住浦さんは呆れと共に大きくため息を吐いた。
「あぁーあ……このあまちゃん見てると気分が悪くなってきた…」
彼は僕から足をどかして背を向ける。
「とっとと
そう言うと、住浦さんは師匠達に背を向けて手を振り、歩いて行ってしまった。
「スミウラ!」
陪川さんが怒り声で呼ぶが、彼が立ち止まることはなかった…。
先輩が出ていき、えらくしんとしてしまった空間の中、僕の胸には申し訳なさが残る…。
「……ごめんなさい…」
無言に耐えられず、僕は地面に尻をつけたまま、沈黙を破る。
雪待を殴れずに皆さんの手を患わせてしまった事と、住浦さんの機嫌を損ねてしまった事。
せめてもの思いで、武装警察の皆に謝る位しか、罪滅ぼしはできないと思った…。
「ユウキさん…あなたのせいじゃ……」
斐川さんと始堂くんが宥めてくれるが、僕は首を横に振った。
最低なことをした罪人であっても、人を撃つことを躊躇った自分は間違っているのだろうか…。
確かに、後から治療されることが前提であっても、彼は僕と同じで、死相応の報いを受けなければならない存在だ。
でも、自分の中にいる背後霊達が『お前に裁く権利はない』と、まだこちらを睨んでいるような気がした…。
結局、この前の兼井さんの事件の時と同じだ…。
正しいと思っていた選択が、結果的に誰かに迷惑をかけていたのだから…。
「…ユウキくん」
自責の念に潰されそうになっていた時、陪川さんが僕の隣に座ると同時に、優しく僕の背中を叩いた。
「心配すんな。スミウラは昔から完璧主義者やから、こう言う慈悲をかける手段が気に入らんってだけやろう…」
そうは言ってくれるが、結局、彼が僕にぶつけた言葉が揺るぎなく正しいと思ってる自分がいて…。
「ショボくれた顔すな!そもそも君は捕まえたんやから、それだけでもマル儲けや!」
彼はガハハと笑いながら、僕の背中を強く叩く。
「それに、スミウラはあぁ見えて、お前のこと心配してんのかも知れんな…あいつ、一度自分の全部を無くしとるから…。もしかしたら、自分が至らんかった部分を重ねてもうたんかもしれんしな…」
「そう…なんですかね……?」
「あくまでも可能性や。あいつは俺でもようわからん人間やからな…。まぁ、俺は君のやり方、好きやったけどな」
彼は僕にニッコリと笑顔を近づけた。
大ベテランであろう彼でも、住浦さんのような人の事は見えないときがあるんだな……。
「ただまぁ…ユウキくん。殺せる準備なんて、俺もできてへんよ」
「え…?」
彼は僕から顔を背け、片手で自分の顔に手を当てる
「あいつは極端やねん…。前まで騙せても殺せる勇気の無いヤツに殺せなんて、マフィアやテロリストそのものや」
陪川さんは小さくため息をつくと同時に、顔面についた大きく荒々しい傷をそっと撫でた…。
「それに…いつでも殺せる準備なんかできとったら…俺らみたいな正義の組織なんかよりも、ヴィーガレンツの方があっとるからな…」
そう吐露する陪川さんの横顔は、今日ずっと浮かべていた逞しい笑顔とは対照的だった…。
犯罪者ではなくヴィーガレンツの名を出したのは、きっと旧友の事を思っているからだろう…。
殺せる準備ができるのならば、正義にも悪にもなれる…。
今、ここに郷仲さんが居たなら、そう言うだろうか…。
まだ殺せないから、自分はまだ悪にはなれない。
そう思うと、ほんの少しだけ自分の選択も悪くないのかなとは思えた…。
「辛気臭いのはやめやな!こっから、君がどうするか考えてやってけばえぇんや!」
気分を変えるためか、彼は立ち上がって腕を組み、まっすぐにそう言った。
「どうするかですか…」
「あぁ。まぁでも……まずは悪人を殴れるほど強ぉならなあかんのは事実やな」
少し胸が熱くなっていた中、氷を付けられたような感覚が走る…。
「正すために殴ることは悪いことやない。誰かの悪行を止めるため、アカンと思ったことを止めるため、弱いもんを助けてやるため。俺はそうやって犯罪者をなぐって、ここまで来たな。」
「でも…僕は……」
殴れると言う言葉にたじろぐ僕だが、そんな弱気な背中を、陪川さんがまたバシンと強く叩いた。
「そんな急がんでええねん !一人前に成長するまでに、多くの人が君を助けてくれるやろうし、俺もできることしたる。ゆっくりでえぇから、やっていこうや」
またニッコリと微笑む陪川さんと、彼自信が寄り添ってくれた言葉に、僕の心が暖まる。
きっと大人になってから今まで、結果を急がれ過ぎていたからか、それとも自分が一人じゃないと思えたからか…。
この胸が熱くなった理由は、沢山ありすぎて特定する気にもなれなかった。
「……はい」
自分も彼に向けて微笑んで返事が返せたのは、少なくとも陪川さんのお陰であると同時に、成長であると思っておきたい。
少し無理やりな思想かもしれないけれど、ここまで背中を押してくれる人に出会ったことはあまりなかった。
住浦さんからすれば、彼の存在は面倒だとおもってるだろうが、僕にとっての彼は、自分の親族と同じくらい惹かれるものがある。
きっと、背後霊の中でそっと息を潜めている、あの人の影響かもしれないな…。
そう思いながら、僕は立ち上がった。
「がんばります、僕。スプリミナルという仕事を貰ったのだから、精一杯、殴れるように頑張りたいです」
自分の決意を聞いてくれた陪川さんはまたニッと歯を出して微笑み、今度はそっと僕の肩に手を置いた。
「その粋や。がんばり」
優しく囁くようなエールに応えるように、僕はそっと頷く。
人をしっかりと殴るようになれるのがいつになるのかはわからないけれど…。
それでも、自分なんかを拾ってくれた組織の皆に、ちゃんと顔向けができるように。
自分の選択が間違っていないように。
そして、自分が自分の思ったことに後悔しないように…。
「うっし!そんじゃ、ここは後から来る隊員達に任せて帰ろか!今日は奢りや!商店街に飯でも喰いにいこかぁ!」
「まじっすかぁ!ありがとうございますっ!!」
意気揚々と陪川さんが両手を上げると、始堂くんも喜んで彼のポーズを真似する。
本当に…彼は心の底から信用されているんだな…。
「ユウキさん」
二人が盛り上がっている中、斐川さんが真剣な顔で僕に話しかけてきた。
「なんですか…?」
「……私、少しだけあなたを見直しました。罪人であるのに殴ろうとしない優しい心を見て、私はあなたを他のスプリミナルの人間とは違うと思ってきているのかもしれません…」
すると、斐川さんの固い表情が、柔らかく崩れていく。
「ハイカワさんの言うとおり、ゆっくりで良いと思います。私も沢山の月日を重ねたからこそ、ここまでこれました。失敗しても良いですから、強くなっていきましょう」
僕なんかにそう言ってくれる斐川さんの顔は笑っていて、まるで優しく諭してくれる父親のようだった。
「…はい。がんばります!」
優しさに心がまた少し癒される。
正直、スプリミナルに来てからは面倒事ばかりだし、まだまだ誰かに信用される人間じゃない。
けれど、優しい言葉をかけてくれる人間がいることで、僕は一人じゃないと勝手に思える。
そんな世界だからこそ、この場所にはまだ、期待できるのかもしれないな…。
「二人ともー!いくで!」
「「はいっ!」」
僕ら二人は、陪川さんに駆け寄った。
ゆっくり歩いていこう。
バカにされ続けることはなれっこだ。
強く生きよう。
もしも、僕がまた選択に迷いを感じたら、今日の事を思い出せるくらいに…。
バァンッ!
「…っ!」
突然、どこからともなく発射された弾丸が僕の体を通り抜け、陪川さんの横腹に直撃した…。
「ハ…ハイカワさぁんっ!!」
横腹を抑えて膝を落とす陪川さんに始堂くんが寄り添う。
慌てて辺りを見回すと、僕から斜め後ろで縛られていた筈の不良が、ニヤリと笑って隠し持っていた銃を持っていた…。
よく見ると、彼の真横に縛っていた筈の縄が傷一つ着かずに捨ててある。
忘れていた…。
このグループには雪待だけではなく、瞬間移動使いの異能力者もいたことを…!
「ハハハハ……手こずらせやがって……そのまま死んじまえぇ!ッハッハッハッハッハ!!」
下劣に笑う犯罪者に、僕らはふつふつと怒りを向ける。
今こそ、挽回する時。
そっとアーツに手をかけて、再捕獲のために足を進めようとする…。
「あっぶなぁ……」
しかしそんな時、後ろから今の状況に似合わない頓狂な声が聞こえた。
「「「へ…?」」」
僕らが振り向くと、撃たれた筈の陪川さんが一切の血を流さず、立ち上がっている。
「いやぁ…さっき拾った落とし物のスマホが、丁度防いでくれたわぁ…」
彼はピンポイントに守ってくれた携帯電話を見ながら「 あ、でも弁償せな…」と本気で心配する。
「な……なんじゃそりゃ…」
呆気にとられているのは犯罪者だけでなく僕らも同じだ…。
ガラガラガラ…
「ぐあっ!」
その上、廃ビルの天井から崩れた瓦礫が、ちょうど能力者の脳天にぶつかり、彼は頭から血を流しながら、きゅうと気絶してしまった…。
ボゴォンッ!!
崩壊の原因であろう、巨大なオニキス色のドラゴンが空を駆ける。
「おー…久々に竜のノーインが通りすぎるん見たなぁ…」
「いたたたたっ!なんすかこれ!?」
呑気に竜のノーインを眺める陪川さんと、彼を避けるように落ちてきた小さな瓦礫が、雨のように不良達の体に当たる。
「ちょ…なんなのこれ…何が起きて…」
ドガァァァアンッ!
その上、この状況に混乱していた不良の体が、現状況無視で突然突っ込んできた警察車両によって吹っ飛んでいった。
「わーっ!すみませんっ!!急にハンドルが言うこときかなくなっちゃってぇ!!!」
「えぇ、えぇ!そんなもん後でなんとかしとくわい!怪我しとるやつ手当てしとけよぉ!」
突然の事故に混乱する運転手を、なれた手付きで宥める…。
「ヒカワさん……」
怒涛の展開に度肝抜かれている僕…。
「なんですか……?」
同じく斐川さん…。
「パウリ効果とラッキー体質って……第三者にも影響するんですか……?」
「さぁ…。ですが、ハイカワさんは…そう言う人なんですよね……」
斐川さんが答えてくれる中、陪川さんはグッと両腕を伸ばして大きく笑う。
「ハッハッハッハッハ!今日も俺は、ほんまにラッキーやったなぁっ!!」
水原くん…この人と居たくない気持ち、なんとなくわかった気がするよ…。
◆
「ふぅ……」
深夜の野道、パーカーに彩られた紺と赤の線が、ぼんやりと光を放っている…。
「先輩。そっちで何体だ?」
紺線のパーカーを着た男は、蜚蠊型のノーインを踏みながら、聞く。
「150体目……ようやく終わったね……」
赤線のパーカーの男は、光るナイフを腰に帯刀しながら、息をついた。
仕事を終えた二人の足の下には、彼の言うとおり150体もの巨大な蜚蠊の亡骸が、緑色の体液を流しながら転がっている…。
余程の物好きでなければ、この光景を見れば、あまりにもグロテスクで吐いてしまうだろう…。
「産卵期…ってやつだったんだろうなきっと。めんどくせぇ……」
紺線の男は持っていた武器をグローブに変え、ポケットに手を入れながら、ノーインの亡骸から地面に降りる。
その際、グシャグシャと音を立てながら、幾つかの蜚蠊の死体が積み重なったゴミのように崩れる。
「さて…本部に帰ろうか。そんで、ユウカにご飯つくってあげないとね……」
赤線の男がそう言うと、蜚蠊の死体全てが一気に燃え上がり、暗い夜道を照らした。
「あぁ…。噂の新人の顔も見てやらないとな…」
「そういやそうだったね。調査報告と共に…挨拶でもしようか」
「まぁ、足手まといにならないと良いがな…」
「良い子だといいけどね~」
クールに毒づく男と、朗らかに微笑む男。
二人もまた、各々に辛きものを背負っている。
延びる影を追いかけるように夜道を歩く彼らが、悠樹哲哉にとっての大きな衝撃になることを、まだ知らない。
To be continue…
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