手紙【後編】
「なにか不穏な内容があったら教えてね」
「はいはい」
変な事になってしまった。
まあ、読むけど……いや、本気で大量だな。
書いてある内容も日常の事。
朝、ラナがいない朝食は寂しいとか、帰ってもラナがいなくて悲しいとか、妻も元気がないとか……重症すぎる。
他は大体うちの親と同じ。
ちゃんとご飯食べてるのか、ちゃんと眠れてるか、生活出来てるか……。
まったく、子どもじゃないんだから……。
ん、『ユーフラン君は優しいか?』とか『ユーフラン君とはどうだ?』とかも入ってる。
ううう、俺にはなんとも言えませんねー。
むしろこっちが知りたい。
いや、知ったら知ったで死にそうだからやっぱ知らなくていいや。
「はぁ……」
「とりあえず大体読み終わったな……」
しんど……。
想像以上に父親の娘溺愛心配メールはキッツイわ……。
ラナがどれだけ大切にされてるのか、思い知らされるというか。
「…………」
うん、でも気合は入り直したかな。
ラナがこの先、小説の内容通り、邪竜信仰やアレファルドたちに関わる事になっても……俺がなんとか守ってやらないと。
……なんか俺が守らなくても自分でなんとかしてしまいそうではあるけどね〜。
フォロー?
ああ、うん、フォローくらいはしよう。うん。
「やだ、もうお昼じゃない。今ご飯作るね」
「あ、それなら一緒に……」
「いいわよ、別に。フラン、ドゥルトーニルさん家からの手紙まだ見てないじゃない。……作りながらなら店舗名が浮かぶかもしれないし……私が作るわ」
「そ、そう……分かった……」
目が遠いですよ、ラナさん。
ま、こればかりはラナが自分で名づけないとだしなー。
さて、店舗と自宅を繋ぐ扉のおかげで店舗側には俺一人。
ドゥルトーニル家からの手紙という事はもしかして『国民権』の許可がやっと下りたのかな?
封を開けて手紙を読む……と、え?
「な……」
何度も読み返すが、ま、間違いない。
見間違いじゃ、ない!
なんて事に巻き込んでくれるんだあの人たち〜〜!
「ッラナ!」
「わあ! っな、なに!?」
「これ! 見て!」
「ど、どうしたの、フラン……なんからしくない………………は?」
手紙を突き出す。
目を動かして中程まで読んだラナが目を見開く。
「はぁああぁぁあ!? 『緑竜セルジジオス』の王妃様が私たちに会いたい〜〜!?」
「……香りつき石鹸とかドライヤーが随分お気に召したらしいな……」
「……あ、あわわわわ……で、で、でもだからっておおぉぉ王族に会うとか……っ! って、ま、待って! 月末!? 今月末!? ちょっと待って! 今月末ってまさか! ……まさか、『緑竜セルジジオス』にヒロインたちが到着する……あのシーン……」
「小説の話? ラナ、出るの?」
「で、出ないけど……、ワンシーンだけ私の視点で書かれてるところはあったはず。場所は森の中で、夜の暗い時間帯……国、までは分からない……えっと、それから……」
「それだけならこの牧場も条件当てはまらない?」
「ハッ! た、確かにっ! それはまずい!」
顔を見合わせる。
小説通りの展開は、避けたいところ。
じゃあどうする?
「……『緑竜セルジジオス』の王都に行こう」
「!?」
「少なくとも王都なら、そのシーンには当てはまらないんじゃない? 王都に行ったところで、あの二人に会う可能性なんかそこまで高くないでしょ」
「……そ、そうかしら……?」
「だって俺たちは平民。手紙を書いて寄越したのは多分カールレート兄さんだと思うけど……内容的には『商品が気に入ったから、他にも珍しい物がないか紹介して欲しい』的なニュアンス。商人と開発者って感じでレグルスも連れて行けばいいし、そういう用事って基本昼間じゃん。なによりそんなに心配しなくたって、王族が晩餐会する場所に入るわけないでしょ」
「そ……そう、か。そうよね……」
会うのは王妃や姫様ぐらい、だと思う。
しかし、女が好みそうな商品なんて他にないよなー?
と、考えて……王妃や姫様が、欲しがる……珍しい……。
「あ、パンケーキはどう?」
「え、なんで突然料理の話?」
目についたのだ、たまたま。
ラナがこれから作ろうとしていたのは……あれは多分パンケーキ生地だと思った。
俺があえてパンケーキ……まあ、食べ物を提案した理由は簡単。
女子向けの商品がせいぜいシュシュと石鹸とドライヤーくらいしか、今のところないからだ。
だが、お菓子の類は違う。
ラナならいろんなお菓子を作れる。
日持ちするものもいいが、王族相手にはちょっと向かない。
厨房を借りて、作った方が早いだろう。
ケーキの類なら女子どもへのウケはほぼほぼ間違いない。
「それにパンケーキなら、デコレーションによってはそこまで甘くもないやつが出来るでしょ?」
「そ、そうね? でも、王族の方々は竜石道具をご所望なんじゃないの?」
「その場合は『アレ』の出番かな。まあ、様子を見て小出しにしていこう。便利に思われると『手元に置いておきたい』って事になりかねない。それは困るだろう? お互いに」
「こ、困るわよ! 小麦パン屋の開店は九月の予定だし、牧場カフェだって同じように九月にはオープン出来たらいいな〜とか、思ってたのよ!」
忙しくなりそうだなー、九月。
あと二ヶ月でどこまでやれるか。
今月中に備品の類を揃えて、来月には宣伝と開店準備。
小麦パン屋の方はレグルスとレグルスが雇った人たちが準備を進めてるし、店で使う竜石道具はグライスさんが彫るから俺はノータッチ。
……牧場カフェの九月開店は厳しいのでは?
「ね? だから。とにかく王族の招待を断るのはドゥルトーニル家にも迷惑になる」
「うっ。……そ、そうよねぇ……ドゥルトーニル家の皆さんにはお世話になったし……。ふう、分かったわ。それで、ここから『緑竜セルジジオス』の王都までどのくらいかかるの?」
「大体馬車で三日か四日かな。一日移動すれば町があるから、多く見積もっても五日。滞在時間がよく分からないから大体往復十日前後を見ておくといいかも」
「……車でもあればいいのにぃ……」
出た、ラナ語。
話の流れから察するに、スピードの出る馬車的な?
竜馬じゃダメなのかな。
まあ、竜馬なんてその辺にゴロゴロいるわけではないんだけど。
竜馬なら二日くらいで着きそう。
「牧場カフェの九月オープンは、それじゃ無理ね……」
「名前を考える時間が増えたと思えば?」
「なるほどそっか!」
「まあ、小麦パン屋の方は待ってもらえないと思うけど」
「あうぅ……、そ、そうかぁ……」
「昼食は俺が作るから、その間に考えておく?」
「じゃあ一緒に作りましょう! 作りながら考える……」
「そ、そう」
そういえばそんな事言ってたもんね。
はいはーい。
……しかし、小説の世界……あんまり信じてなかったというかよく分からなかったけど、それってつまりこの先の事が決まってる、って事?
んー……やっぱ実感がないね。
——『そういうシーンは確かにあるのよ。二部になってもあるわ』
……例えば、ラナの言う通り俺もまたその小説の中の世界を成立させる為の因子として、その『二部』とやらにも俺が作ったと思われるものが登場するのなら……あれ?
意外と俺も無関係では、ない?
「……ね、ねぇ、フランは……」
「ん?」
「フランは……えーと、その……」
料理の手を止めて……あ、いや、生地をぐるぐるかき回しまくってなにやら言いよどむラナ。
フライパンの上の油はパチパチいってるので、早く焼いた方がいいと思うんだけど。
つーか、危ないと思ったので一旦火を消す。
「なに?」
「……う〜〜っ。言語化出来ない!」
「え、ええ〜……」
それ俺じゃ絶対分からないやつ〜……。
「あ! でも、一つ!」
「は、はい」
勢い怖い。
あと顔も怖い。
なんなのその鬼気迫る表情。
「フ、フラン、好きな人が出来たらちゃんと言いなさいよ! そ、その時は私! 『エクシの町』のお店で、一人で生きていけるからね!」
「…………。…………は?」
「だから大丈夫だからねって話よ! うん、まあ! そういう事よ!」
……と、めちゃくちゃ生地をかき回し続ける。
え、えー……?
好きな人……好きな人って……。
俺の好きな人は……君、なんだけど……。
え? え? え? なんでラナはそんな事言うの。
頭が上手く働かない。
い、いや、落ち着け。
落ち着いて整理しよう。
え? なにを?
えー? えー?
「え、ええと、な、なんで?」
考えても分からなすぎて、手っ取り早く聞いてしまった。
ラナは止めた火を再び点け、フライパンに生地を引いているところ。
なんとも言えない表情。
悲しそうなような、怒ってるような、そんな顔。
どうしたらいいのか、俺も分からない。
聞いちゃいけなかった?
「言語化出来ないの!」
「あ……はい……そう……」
もやもやしてるのね、了解ですよ。
……えぇ、でも俺ももやもやするんだけど?
ああ、もやもやしてるけど、でも返事はしなきゃな。
「分かった。とりあえずこれ以上この話はしないけど」
「……う、う〜。……だってなんか……」
「?」
「フランはアレファルドたちのところに戻りたくないから、私と一緒にいるだけでしょ……? フランの人生だもの、フランが好きな人が出来て、その人と一緒にいたくなったならその方がいいに決まってるじゃない」
「…………」
俺のため?
俺に好きな人が出来たらって……それは……。
「どういう事?」
俺の好きな人はラナなので、君の側にいてもいいという事?
あれ?
なんか違う?
ラナは俺の事をまだ知り合い程度だと思ってるはずだから?
そんなに簡単に好きになってもらえるわけないし……え?
じゃあ今の本当にどういう……?
はっ!
ま、まさか遠回しに離婚したいという……!?
「ど、どういうって! あ、あーもー! この話は終わりなんでしょ! お、おぉお皿持ってきて!」
「は、はーい?」
……し、しまった、それは考えてなかった。
でも、よくよく考えれば生活も落ち着いてきたし心にも余裕が出来てくるだろう。
『青竜アルセジオス』に帰る云々は本気で嫌がってるみたいだったから、離婚についてはあんまり考えてなかった。
で、でも夫婦が離婚するのって別に家庭事情だけじゃない。
他に好きな人が出来た、なら……。
あ、それってつまり俺が全く男として見られていなかったって事、だよな?
お、おおう、なんて事……。
紳士ぶりすぎた?
い、いやでも嫌われたくないし……。
「……………………」
嫌われたくないけど、じゃあどうやって口説くの?
その考えに至った時、変な汗がぶわりと出た。
だって俺は……お茶会の時はアレファルドたちの側で奴らの従者が手に負えなくなる前にフォローしたりとお守りに徹し、初めての舞踏会でラナに一目惚れして、学園に入学後もせわしなく働かされ……!
お、俺の人生、思い返すと女の子と話す機会って『仕事』の時くらいしかなかったわけで。
口説く……とは?
「? ? ?」
く……口説く、とは?
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