統麟会談④ 輝虎との密約

信長の出立を見送った後、俺は輝虎との会談に臨んだ。


遠路はるばる越後からやって来た輝虎は、昨日統麟城に到着したばかりだ。他の4人とは違い、すぐにとんぼ返りする訳ではないので時間的な余裕があり、茶室でお茶を飲みながらゆったりと寛いで2人だけで会談を行っていた。


「それにしてもこの統麟城は堅固な造りであるな。そして、城下の町や松原湊は驚くほど大きく賑わっておる。6年ほど前だったか、以前上洛した際に訪れたのは鎌刃城であったが、それと比べると雲泥の差だな。伊賀守殿の統治の努力が随所に見られる。我が春日山城も越後ももっと頑張らねばな」


俺が本拠を物生山城、今の統麟城に移した当初は統麟城から松原湊に繋がる一本道の両脇だけが町と呼べる程度だったが、今ではその道は大通りとなり、そこから条里制を模して網目状に派生するように左右に町が形作られている。


松原の町は京からもほど近く、北国街道と東山道に繋がり、水運業も盛んだということもあって、賑わいの面では堺や博多を凌ぐとまで言われるほどになっている。


「弾正少弼殿、これも我が家臣や民たちが一所懸命に領内の発展に尽くしてくれたからこその結果にございまする。私は少し知恵を授けただけで、大したことなどしてはおりませぬ」


「ふふっ。貴殿は昔から変わっておらぬな。以前会った時はまだ童のあどけなさの残る男であったが、100万石の大名となった今はもうそんな面影は一切見えぬ。昨日久しぶりに再会した時は、一体誰かと見紛うたほどだ。だが、貴殿の謙虚で誠実なところはやはり昔と変わってはいないようだな。それと、私のことは平三と呼んではくれぬか? 」


おおっ、関東管領の軍神様を仮名の平三で呼べるなんて、相当な信頼を得ている証だな。


「左様ですか。では、私のことも正吉郎とお呼びくだされ。以前、平三殿にお会いしたのは私がまだ16の時で、当時は僅か6万石の国人領主でしたな。平三殿のご指摘はご尤もで、お恥ずかしい限りです。私も変わらねばなりませぬな」


「変える必要はないぞ。信濃川の分水路と言い、川中島の戦いと言い、私は、いや上杉家はそんな正吉郎のお陰で救われたのだ」


俺と輝虎はこの5年半の間にも幾度となく書状を交わして友誼を保ち、「第四次川中島の戦い」の際にも勝利に導く策を授けてきた。


輝虎の話によると、俺が策を伝授した信濃川の分水路計画は、輝虎が越後に帰国してからすぐに実施に取り掛かり、工事は着々と進んでいるそうだ。史実で江戸時代に計画された分水路とほぼ同じルートではあるが、史実の工事よりもかなり多くの人員を割いて、昼飯や労賃も出しているため工事も捗っているようで、輝虎が生きている間に完成する見込みなのだと言う。提案した俺としても嬉しい限りだ。


「いえ、それもこれも実際に行動に移された平三殿の成果に他なりませぬ」


「そういうところだ」


「「ははっ……」」


輝虎がにやっとして笑うと、俺も輝虎に釣られて笑ってしまう。


「正吉郎のそういう謙虚で誠実なところに私は惹かれたのだ。分水路の件、そして川中島の礼もまだ返していなかったな。何か礼をさせてはくれぬか? 此度の訪問は実はそれも目的であったのだ」


「いえ、私はそのような謝礼が欲しくて策をお伝えした訳ではありませぬ故、平三殿のお気持ちだけで十分でございます」


「そう申すな。それでは私の気が済まぬのだ」


輝虎の目は真剣だ。仕方ない。ここは何か要求するしかないか。そうなると……。


「……では、ご厚意に甘えて、佐渡国をいただけますでしょうか?」


俺は考え込んだ末に結論を出した。


「はぁ、佐渡? なぜ佐渡島など欲するのだ?」


輝虎は拍子抜けしたような顔を浮かべている。


「実は当家は先日、南蛮船を手に入れることができました。将来は南蛮船を使って蝦夷や大陸との交易を行い、その際に佐渡島を補給基地として利用したいと考えております。また、佐渡島があれば、平三殿が奥羽を攻める際にも、物資補給の中継地としても利用できるかと考えております」


寺倉は浅井家が保有する敦賀湊から各地に交易ルートを広げており、将来的に蝦夷との交易や、さらには樺太やロシアにも交易ルートを広げたいと考えている。そのため輝虎に伝えたとおり、佐渡島は補給基地として最適な位置にあるのだ。


だが、それだけではない。真の狙いは金山だ。実は佐渡国はまだ国人領主が支配する国であり、その影響で未だ日本屈指の金山は発見されていないのだ。


故に、輝虎にとっても佐渡島は越後から離れていることもあり、さほど価値のある島ではないという訳だ。


「なるほど、確かに南蛮船があれば佐渡島は補給基地として有用になるであろうな。先ほどの会談においても、佐渡国についてはどこの家が支配するか決めておらなんだし、現状も佐渡国は我が上杉の領地ではない故、寺倉家が佐渡島を攻め獲ろうとも私は異論はないぞ。だが、本当にそれで良いのか?」


「構いませぬ。島と言えども一国は一国。十分過ぎるほどにございます」


「そうか。では、佐渡島は寺倉家が自由にするがよい。だがな、佐渡国は上杉の領地ではない。それ故それでは正吉郎への謝礼にはならぬのだ。何か上杉家や越後にあるもので、欲しいものはないか? 大概のものならば望みを叶えようぞ」


「そう申されましても……。いやはや困りましたな」


「……ふむ。正吉郎の御子は何人おられるのかな?」


「私の子ですか? 息子と娘が1人ずつおりまする。どちらもまだ幼子ですが」


「左様か。私は女色を好まず妻を持たぬため、跡継ぎがおらぬ。将来、正吉郎に次男が生まれたならば、私の養子として上杉家の跡を継がせようと思うのだが、いかがかな?」


「それは、上杉家の家督を謝礼とされるおつもりですか?」


「それもある。私も長尾家からの養子ゆえな。だが、それだけではない。次代以降の上杉家と寺倉家の絆を確固たるものにしたいという私の願いでもあるのだ。無論、上杉家の血統を絶やしたくはない故、養子とする正吉郎の次男には上杉家一門の娘を嫁がせるつもりだ。いかがかな?」


「ですが、確か平三殿には甥御とかおられたはず。一門に相応しい者がいるというのにわざわざ他家から養子を取るなど、御家騒動の元となるだけかと存じますが」


「喜平次のことか? あれは長尾家の跡継ぎよ。上杉家の養子にするつもりはない」


そうか、景勝の父・政景は史実では暗殺された可能性が高いが、生きているのか。ならば景勝が輝虎の養子になることはないな。北条から景虎を養子に迎えることもないだろうから、「御館の乱」が起こることもないだろう。


「左様ですか。分かり申した。子供は神の授かり物ですので、次男ができるかは分かりませぬが、もし次男が生まれて無事に成長した暁には、平三殿の養子として送り出しましょう」


「左様か。かたじけない。これで次代も上杉家と寺倉家の絆は安泰だな。それに、今回の六家会談は非常に有益なものであった。私としても正吉郎の義兄弟である竹中殿や浅井殿と二方面で争うのは避けたかったからな。これで背後を気にすることなく、奥羽との戦ができる」


「こちらこそ、同盟に上杉家が加わっていただけたのは大変心強きことです。お陰で日ノ本の平定が一層早く成し遂げられるかと存じます。誠にかたじけなく存じまする」


俺はそう言って屈託のない笑みを浮かべ、輝虎と静かに笑い合ったのだった。

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