64
じつに数か月ぶりに王城に帰還したヴァレリーを待ち受けていたのは、満足に
立ったままかきこむ食事の途中で、そういえば彼女はいまごろどうしているだろうかと思い、しかし口を開くなり次のパンが押し込まれるほどに――早く食べろ、そして早く次の書類に署名しろ――急かされれば、愛しく思う者を思い出したことすらすぐに忘れてしまった。
ヴァレリーがそれほどまでに多忙をきわめているのは、数か月の留守のせいばかりではない。行方不明になっていたあいだはオリヴィエがぬかりなく主の不在を補っていたから、急ぎの案件はごく限られていた。
にもかかわらず、ヴァレリーが一日中城内を駆け回らねばならないのは、すべては王命ゆえのことだった。
ピエリック・ロラン・ラ・フォルジュは、帰還したヴァレリーを玉座の間で出迎えた。
彼が私室ではなく、公の場でヴァレリーと顔を合わせることを選んだのは、国王として王太子を迎えるためだった。つまり、彼には父として息子の無事を喜ぶのを後回しにしなくてはならない事情があった、という意味である。
アドリアン・トレイユならびにリオネル・クザン、および彼を中心とした叛徒らの処分をおまえに一任しよう、と国王は云った。
ヴァレリーが帰還の挨拶と不始末の詫びを口にした直後のことだった。
おれに、とヴァレリーは驚きとともに訊き返した。
国の根幹を揺るがしかねない叛徒の処分は、本来であれば国王自らが裁く案件である。王太子である自分に任せられるような事柄であるとは思えない。
だが、父王は重々しく頷いて、そうだ、と重ねて命じてきた。おまえの判断に任せたいと思う。
罪人の処罰は国王の専権事項ではない。担当する大臣がおり、監察府もかかわってくる。
そうした務めを任されるということの意味は、ほかの誰よりもヴァレリー自身がもっとも重たく受け止めていた。――父はこのおれに国王たる資質があるか、見極めようとなさっているのだ。
これまで勝手をしてきた自覚はある。立場や義務や期待を蔑ろにしたつもりはなかったが、そうと受け取られても仕方のないことはたくさんあっただろう。エリシュカとのことしかり、このたびの遭難しかり。
やむをえないことだったのだと云うことはできない。王太子である己にとって、国以上に大事なものなどあるはずがないのだから。
どんな非難を受けようとも、エリシュカとのことを譲るつもりもないし、遭難ついでに神ツ国を訪れたことを後悔するつもりもないが、自分のせいで父が立たされている苦境を見て見ぬふりをするほど愚かでもない。
それに、ほかでもないヴァレリー自身が己に失望したくなかった。
父と周囲の者たちの期待に応え、国王たるに相応しいと認めてもらわなければ、こうして戻ってきた意味も、そもそも自身の存在意義さえ疑わしくなる。
ひとりの男として生きていく自由には憧れるが、ヴァレリーが望むのは、やはり王太子としての、あるいは国王としての不自由なのだ。
あらかじめ定められた生き方は窮屈に違いないが、自ら望めばそこには無限の自由がある。
人とはいずれなんらかの役割を背負って行きていかねばならぬものであるならば、それは己が望み、周囲が望むものであるほうがよいに決まっている。
エリシュカには少々寂しい思いをさせてしまうかもしれないが、いまの彼女ならばきっとわかってくれるはずだ。
わかってくれる、とそう思うことができるようになった。
だからいまは、とヴァレリーは思う。だからいまは、将来の国王と認められるに足る存在であると、父と周囲の期待に応えうる王太子であると、それを示すことだけに専念しよう。
そうしてヴァレリーは、自ら多忙の日々へと身を投じたのである。
「無事に戻ってなによりだよ、アラン」
一時はもうだめかと思ったりもしたんだけどね、と冗談めかして云うエヴラールに、ヴァレリーは苦笑いを向けるしかできなかった。
どうもこの従弟には、自分がこれから叛逆の徒に加担した罪で裁かれるという自覚が足りないようだ。
そう思ったヴァレリーは苦笑いを浮かべたまま、そうか、と頷いた。
「それはさぞかし残念であったことだろう」
「残念?」
エヴラールは心底驚いたという様子でそう云った。
「なんだってそんなこと」
「すべてを企んだのは自分だと、そう云ったのはおまえだ、ジェルマン」
エヴラールの頬から笑みが消えた。
「アドリアン・トレイユと共謀し、国王に対する叛逆を目論んだのではなかったのか」
それとも、とヴァレリーはエヴラールに口を挟む隙を与えない。
「利用されただけだと認めるか。やつらにいいように使われただけだと」
「やつら?」
訊き返すエヴラールの声は掠れている。
「トレイユに唆された叛徒どものことだ」
エヴラールがわけのわからないことを云い出しさえしなければ、ヴァレリーはここまではっきりとものを云うつもりはなかった。
王家のひとりとして育ち、自分に次ぐ高い王位継承権を持っている従弟に、その身分を利用されたという不名誉を自覚させておけば済む。誰の目にも明らかな罰を与える必要はないし、どうしてもというのであれば適当な期間身を慎ませておけばそれでいい。
だが、エヴラールは自らを首謀者だと云った。その罪がたしかならば、彼は死罪に値する。
ヴァレリーはエヴラールに死を与えたくはなかった。だから、彼にはなんとしても己の罪を――身分を利用された愚か者だと――認めさせなければならなかったのだ。
生きてくれ、とヴァレリーは祈るような思いでエヴラールを見つめる。
もちろんエヴラールとて、そんなことは百も承知している。不名誉を認めて命を守るか、偽りの誉れと引換えにここで果てるか。
以前の私ならば名誉を守っただろう、と彼は思う。トレイユを道連れに死ぬことで、名誉とヴァレリーの将来とが守れるならば安いものだと。
けれど、とエヴラールは思った。私はこのごく短い期間にすっかり変わったのだ。
「そうだな」
「利用されただけだと認めるのか」
エヴラールは頷かなかった。ヴァレリーは焦れるように言葉を重ねる。
「認めるんだな、ジェルマン」
息を詰めるヴァレリーの前で、エヴラールはようやく頷いた。
「そうか」
ならば話は早い、とばかりにいまにも立ち上がろうとする従兄を、エヴラールは、待ってくれないか、と引き止める。話はまだ終わっていない。
「話すことなどなにもないだろう」
ヴァレリーは先を急ぎたがる。エヴラールは表情を変えぬまま、アランはそうかもしれないね、と云った。
「アランが私の身を守ろうとしてくれていることはわかるよ。そのために、トレイユやクザンたちに利用されただけだ、という証言が欲しかったんだということもね。だけど、悪いけど、アラン、私は彼らにただ利用されただけではないんだよ」
「な、んだと……?」
いったんは緩んだヴァレリーの表情がふたたび険しくなった。
「それはいったいどういう意味だ?」
「たしかにはじめは利用されただけだった。人質を取られて、身柄を拘束されて、徽章を利用された。王族として恥ずべき失態だ」
ヴァレリーは苦虫を噛み潰したような顔で頷く。そうだな、と応じることすら業腹だった。
「国の象徴たる王家の人間が、その王家を斃そうとする者たちの旗印に使われたんだ。とても許されることはないだろうと思った。死ぬ覚悟はね、そのときにできていたよ」
だから、クザンたちの背後にトレイユがいることを知ったとき、あの男を道連れにしてやろうと考えたんだ、とエヴラールは云う。
「王家に泥を塗って死ぬことになることに対する、いくらかなりかの罪滅ぼしになるのではないかとね、そう思ったんだよ」
「おまえの考えそうなことだな」
「ラ・フォルジュの者としてね、私はこれまでなにもしてこなかった。その無為を償うのにこの命では安すぎるくらいだろうと考えた」
「それで、あのくだらん嘘か」
ヴァレリーの瞳が不機嫌に眇められる。くだらないか、とエヴラールは一片の笑みを含まない声で問い返した。
「私にとっては、精一杯、きみの役に立つことを考えたつもりだったんだけどね」
「死ぬことがなんの役に立つ?」
「死ぬことが、ではないよ。トレイユを道連れにすることが、だよ」
「放っておいても死罪になる老人と相討ちすることの、どこが誰の役に立つんだ」
アドリアン・トレイユは監察府が捕縛した、とヴァレリーは云った。エヴラールは、そのようだね、と力なく頷く。
「いまとなれば私の決心など、まったくの無意味だったということがよくわかる。だけどあのときは、私がクザンらに囚われたあのときは、トレイユの肚など見えるはずもなかったんだ」
トレイユの肚も心もどうでもいい、とヴァレリーは吐き捨てた。
「どうでも、いい?」
エヴラールは俯けていた顔を上げて従兄を見据えた。まるで睨むような彼の眼差しの強さに、ヴァレリーはかすかな違和感を覚える。
「それはつまり、わたしの想いも考えもどうでもいいと、そう云っているのと同じだよ、アラン」
「なにを云っている?」
だってそうだろう、とエヴラールは肩を竦めた。
「トレイユがなにを思って王都へ向かおうとしたか、なぜ国を乱してまで陛下に会おうとしたのか、きみにはわからないのか」
「ジェルマン?」
おまえはなにを云っているんだ、とヴァレリーは眉根を寄せて首を傾げる。
「アランは、トレイユが本当に謀反を企んでいたと、いまもそう思っているのかい?」
「違うのか」
エヴラールは鋭いため息をついた。
「そうだよね。気づくはずがない。私にだってわからなかった」
「なにがだ、ジェルマン」
「トレイユの真意。なにも知らない学生たちを唆し、彼らを隠れ蓑にして王都へ向かったトレイユが、本当はなにを考えていたのか」
彼はずっとひとつのことしか考えていなかった、とエヴラールは続ける。
「王家のことだ。この国を支え、守り、導くべき私たちのことだよ、アラン」
エヴラールの云う意味はヴァレリーにもすぐに理解できた。トレイユが王都を目指したのは、王家を斃すためではない。だが、すぐには言葉にならない。
「この何日か、そうだね、監察府がトレイユを捕らえた、それも王都にほど近い場所で、という話を聞いてからというもの、私はずっと考えていたんだ。トレイユはなんのために、わざわざ捕縛されるような真似をしたんだろうかって」
もしも自分が考えていたように、トレイユが本気で謀反を企んでいるのだとしたら、間違っても王都へ向かうような下手を打つはずがなかった。玉座に据えるべき傀儡を立てるならばともかく、自分自身が名実ともに権力を握ることが目的であるのなら、自身の安全は絶対の条件となるはずだからだ。
トレイユが傀儡を立てるつもりがないのは、エヴラールをクザンらの手に預けたことでも明らかだった。おとなしいうえに血統にも申し分なく、高位の王位継承権を持つエヴラールは、トレイユにとってほとんど唯一の傀儡候補だったはずだ。
トレイユはエヴラールをいつどうなるかわからぬ叛徒であるクザンらに委ね、さらには安全なはずの北の要塞を出て、自ら王都に向かった。それは、彼が自ら安泰を放棄し、あえて捕らえられる危険に身を投じたことを意味する。
「トレイユが意図していたのは謀反などではないよ。捕縛されること、捕縛されて王城に囚われることこそが、彼の本当の目的だったんだ」
「だったら、なんだと云うんだ」
「まだわからない、アラン。トレイユはわざと捕まった」
だからなんのために、とヴァレリーは苛立ちをそのままに声を荒らげた。対するエヴラールはごく静かに答える。
「陛下に会うためだ」
「父上に?」
そうだ、とエヴラールは重々しく頷いた。
「この数年、トレイユは個人的な登城も謁見も禁じられていた。彼が陛下に会える機会は正式な夜会や儀式のときに限られていて、言葉を交わす機会となると、ほとんどなかったと云ってもいい。もちろん込み入った話をできるはずもない」
「だからといって捕縛というのは……」
「トレイユがなんのためにこれほど極端な手段を取ったのかはわからない。それこそ彼自身に訊いてみればいい。だけど、彼の真意はおおむね私の云ったところにあるはずだよ。彼は陛下に会いたかった。ただ、それだけだ」
しばらくのあいだ、なんともいえない奇妙な沈黙がヴァレリーとエヴラール、ふたりのあいだに訪れた。ヴァレリーの、なんとしても従弟の嘘を暴いてやろう、という意気は出鼻を挫かれてしまったし、エヴラールはエヴラールで、王太子の察しの悪さに少々の苛立ちを禁じえなかった。
ふたりは気まずそうに視線を交わしたり逸らしたりしていたが、いつまでものんびりしてはいられない。ヴァレリーは、まるで仕切り直しを宣言するかのような咳払いをした。
「トレイユの真意は、まあ、そうなのかもしれない」
だが、と彼は不機嫌に続ける。
「そのこととおまえのこととは関係がないはずだ」
「関係なくはないさ。利用されただけなのは、はじめだけだと云った。」
いったいなんの関係がある、とヴァレリーはそれまでのどんな言葉よりもきつい調子で尋ねた。
「おれが訊きたいのは、おまえの話だ、ジェルマン。トレイユのことなどでは……」
「トレイユの話は私の話でもあるんだよ、アラン」
ヴァレリーの言葉を遮るようにしてエヴラールが云う。穏やかな性質の彼にしてみれば、それはとても珍しいことだ。
「おまえならば、謀反など起こさずとも、父上に会うことくらいできるだろう」
「そこだよ、アラン」
「そこ?」
ヴァレリーは眉根をきつく寄せ、もう一度、そこ、と訝しげな声を上げた。
「そことはんだ?」
「トレイユは北部守備隊将軍を拝命した、わが国でも指折りの重臣のひとりだ。古くから軍をまとめ、兵らの信も篤く、家柄だって申し分ない。実際、十数年前までは、陛下だって彼のことを重用し、信頼だってしていた」
そうだろう、とエヴラールはごく薄い笑みを浮かべた。
「なのに陛下はトレイユを遠ざけた。目立った落ち度もなかったというのに」
「それは、まあ、そうだが……」
「たしかに朝議や議会の場で、陛下や大臣たちの意見に対して真っ向から反対を述べることが多かったようだけれど、でも、ただそれだけだ」
そうだよね、とエヴラールは云った。私たちが政の場に出させてもらえるようになったころには、彼はもう表舞台からは姿を消していたけれど。
「だが、トレイユは、おまえの父、叔父上に近づき、なにやらよからぬことをあれやこれやと吹きこんでいたと」
そうだね、とエヴラールは物憂げな顔で頷いた。
「父上はトレイユに踊らされ、唆されて、なにやら怪しげな企みを捏ねくりまわすことに忙しかった。どれひとつとして、成功した
ヴァレリーの双眸が剣呑に眇められる。そうだよ、とエヴラールは頷いた。
「どれひとつとして成功なんかしなかった。私はね、それをずっと自分自身の力だと思っていたんだ。父上に監視をつけ、あれこれと手をまわしていたから、だけど、本当はそうではなかったんだ」
「そうではなかった?」
ヴァレリーが問うと、エヴラールは悲しげに顔を曇らせた。
「私の対応がいつでも万全であったはずがない。いま考えてみれば、杜撰きわまりない手だって少なくなかった。だけど、父上はいつも策に失敗したよ。まるで、あらかじめそうなることが決められていたみたいに」
エヴラールの父、王弟ギヨームがめぐらせていたといれている陰謀の具体的な全貌を、ヴァレリーはほとんどまったくといっていいほど把握していない。ヴァレリーが知らされるときには、どんな策謀も後始末まで綺麗に終えられており、真相を探ることは――もし彼がそうすることを望んだとしても――到底不可能だったからだ。
ギヨームの本心――兄王を陥れ、自らが、あるいは息子エヴラールが王座に就く――にしても、おそらくそうなのであろうという、いかにももっともらしい推測であるにすぎない。
たしかに叔父はヴァレリーに対し好意的ではないが、では、その感情がどこから来たものなのか――兄王に対する反目からか、ヴァレリー個人に対する悪感情なのか――、誰も確かめた者はいないのだ。
「アラン、私たちはトレイユを誤解していたのかもしれない」
「誤解?」
「私にとってのトレイユは、父を厄介ごとに引きずり込む疫病神みたいなものだった。きみにとってのトレイユも、まあ似たようなものだったよね」
ああ、まあな、とヴァレリーは頷いた。
「だけど、本当にそうだったのかな」
ヴァレリーはすぐには答えずに、エヴラールの目をじっと見つめた。色味の異なる二対の青が空中でしばしぶつかりあう。
「叔父上は王位の転覆など考えておらず、トレイユも謀反など企んではいない。国に争いなどなく、おれたちだけが空回りしていたと、そういうことか」
「父の真意は私にもよくわからない」
陛下に対して思うところがあったのは間違いないよ、とエヴラールは答えた。
「きっと対立は本物だったのだろうと思う。だけど、いや、だからこそかな、父は、トレイユに守られていたのかもしれないと、そう思うんだ」
「守られる?」
あまりにも意外な表現に、ヴァレリーは首を傾げた。
「もしも父が陛下に対する叛意を剥き出しにして、過激な行動に出ていたら、この私でも止めることはむずかしかったと思う。私が父の企みを阻止することができていたのは、それが陰謀と呼ぶにはあまりにもお粗末だったからだ。だけど、父はそこまで無能ではない、と息子である私としてはそう思いたい。ということは、だよ」
父たちの計略が杜撰だったのは、あえてそうしていた、いや、あえてそうした者がいたからだ、と云うことができる。エヴラールは皮肉っぽく唇を歪めてみせた。
「それがトレイユだと、おまえはそう云いたいのか……」
自分で口にした言葉をまるで信じていないヴァレリーである。
「そう。息子である私にも簡単に見破られ、阻止される。そんなこども騙しにもならないような謀に、陛下がお心を割かれることはないだろう?」
それこそがトレイユの目的だったのではないかな、とエヴラールは云う。
「だが、なぜそんなことを?」
「陛下と父、ひいては王家の決定的な決裂を避けるため」
ヴァレリーは大きく目を見開いたあと、すぐに眉間に皺を刻む。
「叔父上は父の政治に不満を持っていた。実質的な権限をどんどん取り上げられて、不満を募らせてもいた。本気で父を弑する気になったら、できないお方ではない。立場も実力も十分なものをお持ちだからな。トレイユはそんな叔父上が暴走しないよう、制御していたと、そう云いたいのか?」
「父はトレイユの云うことに真っ向から反対することはない。軍をまとめる老将軍をとても尊敬しているからね」
「トレイユの提案や助言が、たとえ自らの計画をぶち壊すようなものだったとしても、否とは云えなかった」
そういうことか、とヴァレリーが問い、たぶんね、とエヴラールが答えた。
ふたりはふたたび沈黙する。
しばしのちに口を開いたのは、今度はエヴラールのほうだった。アラン、と彼は云った。
「今回の顛末はきみがつけるよう、陛下に云われていると云ったね」
そうだ、とヴァレリーはなかば反射的に短く答えた。エヴラールの云ったことを受け止めるのに精一杯だったのだ。
「話せることはすべて話したつもりだ。私のことも、父のことも、トレイユのことも」
なにが云いたい、とばかりにヴァレリーは片眉を上げてエヴラールを見据える。
「誰がどんな罪を抱えているか、きみにはもうよくわかっただろう。決して目を曇らせることなく、それぞれにふさわしい罰を与えてもらいたい」
私の云いたいことはわかってもらえるよね、とエヴラールは云った。
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