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 東国王太子ヴァレリー・アラン・ラ・フォルジュと離縁し、神ツ国への帰郷の途上にあるシュテファーニア・ヴラーシュコヴァーは心中に憂いを抱えながらも、順調に旅路を歩んでいた。

 シュテファーニアが抱える憂いとは、その身に幸いあれと願いながら、自身の元夫ヴァレリーの元に残してきたはずの賤民の娘エリシュカのことである。

 彼女が東国王城から逃亡したと聞いたシュテファーニアは、万が一にもエリシュカが己の元へと逃げ込んできた場合に備えて、侍女のひとりに別行動をさせている。旅列を離れた侍女の目的は、東国の監視の目の厳しい自らの一行へ、エリシュカがいきなり飛び込んでくることのないようにすることであった。

 王太子と心を通わせ合ったのであれば、彼の元にあることがエリシュカの幸せであるはずだとシュテファーニアは思っていた。だからこそエリシュカを王城に残して帰国することを選んだのだが、エリシュカの想いはどうやら別のところにあったらしい。

 自らの判断が誤っていたことに臍を噛む思いのシュテファーニアだが、ほんの少し前まで、賤民を己と同じ人であるなどとは思ったこともなかった彼女である。エリシュカからきちんと話を聴くこともせずに残してくるような真似をしなければよかった、という後悔は、いまはするだけ無駄なのかもしれなかった。

 神ツ国において宗教的にも政治的にも、あらゆる意味で最高位にある教主の末娘であるシュテファーニアが、賤民の娘ひとりをここまで気にかけることは本来ありえない。

 だが、ごく短い結婚生活と異国での暮らしを通して己の身勝手さを知ったシュテファーニアは、彼女本来の聡明と生真面目さでもって自らの不明を照らすことをおそれなかった。

 エリシュカが王城を飛び出したのは、シュテファーニアが旅路について十五日ほども経ってからのことだったという。ヴァレリーが領地視察に出かけて不在だった隙をついてのことであったというが、孤独で危険な旅に出ることをたったひとりきりで決意したエリシュカのことを思うと、なんともやりきれない思いを抱かせられる。

「姫さま」

 窓の外に流れ行く景色を眺めながらそんなことをつらつらと考えていたシュテファーニアは、不意に呼びかけられて意識を呼び戻された。

「いかがなさったのでございますか?」

 石畳でなめらかに舗装された街道を進む馬車は、ほとんど揺れることがない。にもかかわらず、たくさんのやわらかなクッションで埋めつくされ、温かな懐炉まで備えたこの馬車は、東国王室に王太子妃として嫁してくるシュテファーニアのために仕立てられたものだ。

 かつてのわたくしは、これを目が飛び出るほどの贅沢と感激したのだったわ、とシュテファーニアは思い出した。神の国の巫女姫として、同時に未来の王妃として、東国は礼を尽くしてわたくしを迎え入れようとしていた。自身の想いはともかくとして、わたくしは彼らの礼を踏み躙った。そのことは忘れてはならない。

「先ほどから遠くばかりをご覧になられて。お疲れでいらっしゃいますの?」

 声をかけてくるのは、シュテファーニアのそば近くに仕えてくれている侍女のひとりである。

 シュテファーニア自身は馬車で旅路を進んでいるが、侍女たちはみな徒歩で旅列に付き従っている。しかし、この娘は寒空の下の長旅に体調を崩し、いまだに長く歩くことができない。シュテファーニアはそんな彼女を気遣い、自らと同じ馬車に乗せてやることにしたのだった。

 そうした細やかな気遣いを見せるシュテファーニアに、周囲はみな驚いた。いくらお気に入りの侍女とはいえ、これまでの彼女ならば、自身と同じ馬車に乗せることなどありえなかったからだ。

 せいぜいがよく効くと評判の薬湯を与え、特別な祈りを捧げる程度であった。もっとも神ツ国においては、特別に高貴な血を受け継ぐ教主の娘の祈りは、ほかのなによりもありがたいものと考えられていたのだが。

 馬車はゆっくりとした速度で進んでいく。徒歩で随従する者たちの足に合わせているのだから当然のことではあるが、そのために故郷までの旅路はたいそう長いものとなる。

 燃料を用いる内燃機関を動力とする車まで実用化するような国の元王太子妃が、このように長閑な旅路を歩むとは誰が想像するだろう、とシュテファーニアは思う。

 ヴァレリーは、馬車と徒歩で帰郷すると決めたシュテファーニアの言葉に、異を唱えたりはしなかった。わたくしのことを一刻も早く国から追い出したいのかと思っていたのだけれど、と拍子抜けしたシュテファーニアだったが、よくよく考えてみれば婚姻からこの方、元夫がシュテファーニアのすることに関心を示した例はなかった。

 つまり、本当にどうでもよかったということなのね、とシュテファーニアはなかば呆れたものである。

 かく云うシュテファーニアも、元夫の容姿はおろか髪や瞳の色すらはっきりとは思い出せないのだから、互いの無関心もここまでくればむしろ天晴あっぱれである。

「姫さま?」

「いつまで経っても暖かくならないのね」

 黙っていればいつまででもシュテファーニアの機嫌伺いを続けそうな侍女を黙らせるため、シュテファーニアは当たり障りのない話で場を取り繕った。

「本当に」

「このぶんでは、神ノ峰の道行きはたいそう困難なものになるでしょうね」

「さようでございますわね」

 国境を越えた山道から先は、いかなシュテファーニアといえども、その大半の道のりを徒歩で進むことになる。旅慣れた案内人や護衛が多数付き従うとはいえ、自らの道を自らの足で歩む大変さは、まだ記憶に新しい。

 結婚のために東国を訪れるまで、シュテファーニアは己の足で長く歩くことなど必要のない暮らしを送っていた。急峻な土地にある国柄ゆえに馬車に乗る機会こそ少なかったが、馬あるいは輿で移動することが当然だったのだ。

 二年前、ヴァレリーに嫁ぐために神ツ国から神ノ峰を越えたとき、シュテファーニアは決して大げさではなく息も絶え絶えになって東国の地を踏んだ。なんとしても故郷に戻るつもりではいたけれど、そのためにはふたたびこんな苦しい思いをしなければならないのかと思うと、大巫女の地位など諦めてもよいかとさえ思ったものだ。

 愚かなことね、とシュテファーニアは苦笑いを浮かべる。あんなことが、この世でもっともつらいことだと思っていたなんて。

 人として生まれながら人として扱われぬ数多の賤民の苦しみに、あるいは、心に強く抱く願いがありながらそれを諦めなければならない悔しさに比べれば、あんなことはなんでもない。足が擦り切れようと、肺が破れようと、尊厳は、心は、失われはしないのだから。

 いまのシュテファーニアには、かつての己には見えていなかったものが見えている。そんな自分を心強く思う一方で、過去を思えば思うほど羞恥と焦燥が募るような気もする。

「姫さま」

 ああもう、少しのあいだでいいから放っておいてくれないかしら、という苛立ちを押し殺し、シュテファーニアは、なにかしら、と侍女に笑顔を向けた。

「あの、ひとつお尋ねしてもよろしゅうございますか?」

 ええ、もちろん、とシュテファーニアは頷いた。

「あの、ベルタにはどんな特別なことをお頼みになったのでございますか。このところずっと、姿が見えないようですが……」

 シュテファーニアは紫色の瞳に笑みを浮かべ、ええ、と応じた。

「たいしたことではないのよ。イエレミアーシュお兄さまからいただいた耳飾りをうっかり忘れてきてしまったものだから」

「耳飾り?」

 ええ、とシュテファーニアはあくまでも優雅に苛立ちを隠し通す。

「真珠と琥珀の、お兄様からいただいた……」

 まあ、と侍女はわざとらしい声を上げ、気遣わしげな顔をしてみせた。

「それは大変でございましたわね」

「だからベルタを取りに遣らせたの」

 そうだったのですか、と侍女はさも満足そうに晴れやかに頷いた。微笑みながら彼女の姿を見つめるシュテファーニアの心のうちは、それとは反対に暗鬱とした思いでいっぱいになる。

 わたくしに責のあることとわかってはいても、気の重たいことだ、とシュテファーニアは思っていた。

 かつての自分が好んで傍らに置いていた侍女たちは、みな高位神官の娘たちばかりである。シュテファーニア付第一侍女として正式な地位にあるツェツィーリアを除いたほかは、シュテファーニアの個人的な采配――つまり、彼女の好悪の情ひとつ――によって選ばれた者たちなのだ。

 彼女たちを悪く云うつもりはない。みな、信心深く、可愛らしく、行儀のよい娘たちばかりだ。甘い菓子と香りのよい茶、流行りの芝居の話題が大好きで、ともに過ごす時間は楽しい。

 けれど、ただそれだけだった。

 国を支配する不条理な身分制度について、いま一度きちんと考えてみたいと思っても、これまでそんなことを考えたこともなかったシュテファーニアには、いったいどこから考えを纏めればよいのか、見当すらつかない。

 国の根幹を揺るがすかもしれぬ考えを抱く身であれば、下手な相手と迂闊な話をするわけにはいかない。そうしたことを含めて、誰かに教えを乞おうにも適当な相手はおらず、せめて考えを纏めるための相方となってもらおうにも、やはり適当な相手はいなかった。

 自分にとって心地のよいものだけを選んできた結果がこれか、とシュテファーニアは軽いため息をつく。侍女たちが悪いのではない。わたくしが愚かだっただけのことだ。

 そうしたなかでも、どうにかまともな話ができそうな相手は第一侍女ツェツィーリアだったが、彼女は必要以上にシュテファーニアに近づこうとはしない。

 私は姫さまのすべてを見ていなくてはならぬ立場なのです、とかつて彼女はそう云っていた。私は姫さまの友人ではありません。主とそれに従う者とには、適切な距離というものがございます。近づきすぎれば見えなくなることもありましょう、という己の言葉を金科玉条に、ツェツィーリアはシュテファーニアとのあいだに築いた壁を崩そうとはしなかった。

 かつてのわたくしはツェツィーリアを鬱陶しく思っていて、彼女の生真面目がありがたくはあったけれど、とシュテファーニアは思う。いまとなっては、彼女の石頭も困ったものね。――本当に、すべては自業自得なのだけれど。

 頼れる者のひとりとてない現状は、すべて己に責のあることと自覚しているシュテファーニアは、しかしこの歯痒さが早々に苛立ちに変わるだろうこともわかっていた。

 早くなんとかしなくては、と彼女はひとり焦燥を募らせている。

 甘く軽やかな話題を次々と振って寄越す侍女に適当に相槌を打っているうちに、馬車はゆるりと停止した。シュテファーニアは掌を掲げて侍女のお喋りを封じ、外から声がかかるのを待つ。

「姫さま」

 低く落ち着いた声に続いて、すぐに馬車の扉が開け放たれた。深々と礼を取ったツェツィーリアがすぐそこに控えている。

 ようやく辿り着いたのね、と刹那のあいだ紫色の瞳を眇め、しかしごく優雅な仕草で馬車から降り立った神ツ国の娘を出迎えたのは、濃灰色に聳える堅牢な要塞であった。


「それにしても不愉快な男だったわ」

 案内された客室で自ら外套を脱ぎながら、シュテファーニアはツェツィーリアに向かってそう云いながら嘆息した。ツェツィーリアは苦笑いしつつも、それでも主の言葉を否定しようとはしなかった。彼女も同じ気持ちでいたのに違いない、とシュテファーニアはますます大きなため息をついた。

 北の要塞に到着したシュテファーニアを自ら出迎えた将軍アドリアン・トレイユは、彼女の顔を認めるなり、これはこれは、王太子妃殿下、と無駄なばかりの大声を張り上げた。

 さらに、いや、いまはもう神ツ国のシュテファーニアさまでしたか、と自分で自分の言葉に無礼な笑い声を上げた彼は、そのあともひとり勝手に喋り続けた。

 道中、つつがなく過ごされましたか、と問いかけたかと思えば、ただでさえ冷えびえとしたこの北の要塞ですが、今年はまたいつになく寒い、これもまた姫さまとの惜別を嘆くわが国の心の現れか、と大仰な言葉を並べたりもした。

 内心ではうんざりしつつも、少なくとも半日、可能であれば数日の休息をこの要塞で取らせてもらいたいと考えているシュテファーニアは、黙って微笑みながら、トレイユの世辞とも呼べぬ戯言が尽きるのを待っていた。

 シュテファーニアは東国の政情に疎い。元夫に対する無関心は、そのまま嫁いだ国に対する無関心でもあったからだ。見かねたツェツィーリアが無理矢理のように話して聞かせる事象だけが、かろうじて頭に残っているだけである。

 美しい顔に穏やかな笑みを浮かべながら、この男はたしか、とシュテファーニアは必死になってツェツィーリアの言葉を思い出そうとしていた。――ああ、もう、こんなことなら彼女の話をもっとちゃんと聴いておくべきだったわ。わたくしの莫迦。

 この男はたしか、王室に対し、否、国王に対して二心ふたごころを抱く人物ではなかっただろうか。国王と不仲にある王弟に近づき、権力の掌握を謀ろうとしているとか。

 かように軽薄な口を叩くような男に掌握されるくらいの権力ならば、さっさとくれてやればよい、とシュテファーニアは内心の苛立ちに任せてトレイユと東国を罵った。過去の己に対する苛立ちゆえの理不尽な八つ当たりを食らっていることなど知る由もないトレイユは、ひととおりの美辞麗句を並べ終えると、ようやくのことで口を噤んだ。

 ところでトレイユ北部守備隊将軍閣下、とシュテファーニアは口を開いた。今年は例年にない、寒い夏となりそうですわね、と彼女は続けた。

 我儘で世間知らずの小娘などさっさと追い払ってしまおうと、内心でシュテファーニアを軽んじていたに違いないトレイユは、静かでありながら力強い彼女の声を少しだけ意外に感じたのか、わずかに目を見開いた。もっと舌足らずで甘ったれた喋り方をするとでも思っていたのだろう。

 先ほど閣下もおっしゃられましたように、とシュテファーニアは云った。

 はい、シュテファーニアさま、と無難に応じながらも、トレイユは、なにか失言があっただろうか、と己の発言を思い返すような顔をした。特別なことはなにも云っていないはずだ、と彼は思った。こちらの肚を見破られるような、迂闊なことはなにも――。

 シュテファーニアは云った。海沿いの地でこれほどまでに気候が荒れているのであれば、神ノ峰はいかほどでありましょう。わたくしの供の者たちは厳しい旅路には慣れておりますが、それでもやはり自然の力には敵わぬものでございます。わたくしにはわたくし自身だけではなく、わたくしに従うすべての者を無事に故郷へと導く務めがございますの。つきましては、いま一度旅支度を確認したく、しばしの逗留をお許しいただきたいのでございます。

 しばし、とは、とトレイユが問いかける言葉に、そうですわね、とシュテファーニアは紫色の瞳を思わしげに眇めてみせた。二日間ほどお許しいただければ幸いなのですけれども。

 二日、とトレイユは思案するような表情を見せた。

 いったいなにを案じているのだろう、とシュテファーニアは思った。力も知恵もない小娘と侮っているのならば、わたくしの逗留を拒む理由などないはずなのに――。

 シュテファーニアはトレイユの焦りに油でも注ぐような心持ちで、閣下、と呼びかけてみた。トレイユはあからさまな動揺こそ見せなかったものの、わずかに苛立ったように眉をしかめてみせた。やはりなにか隠しているのか、とシュテファーニアは思う。

 やがてトレイユは、もちろんです、と応じた。女性にご逗留いただくには無骨すぎる要塞ですが、どうぞ心ゆくまでお支度にお使いください。二日と云わず、五日でも十日でもお好きなように。

 二日で十分ですわ、とシュテファーニアは答えた。わたくしもね、こちらに長居したいわけではありませんのよ。

 トレイユは黙って頭を下げた。彼が顔を上げるのを待たず、シュテファーニアは鷹揚な声音で、ありがとう、と云った。だからトレイユはきっと気づかなかったはずだ。静かな声音とは裏腹な氷のごとく冷たい光が、その紫色の瞳に宿っていたことには。


「その後、ベルタからの連絡はないの、ツェツィーリア」

「ございません」

 シュテファーニアの手から外套を受け取ったツェツィーリアは、静かに首を横に振った。

 二十日以上も前にひとり旅列を離れたベルタは、ここから半日ほどもあれば辿り着けるあたりで馬を走らせているはずだった。

 徒歩で従う者たちに合わせた速度でしか進めないシュテファーニアと違い、ベルタは馬で旅を続けているはずだ。その気になればすぐに追いつける距離にいるはずである。同行している騎士、ベランジェ・オリオルの目をどう誤魔化しているのか気になるところではあるが、ベルタからはそのあたりも含め、いっさいの報告が寄越されていなかった。

「無事でいるのかしら」

「そう願うしかありません」

「便りのひとつも送れないということは、監視についている騎士の目が厳しいということなのかしらね」

 どうでございましょう、とツェツィーリアは首を傾げた。

「あのオリオルという騎士がいかに厳しい目を持っていたとしても、それをかいくぐれないような娘ではないと思うのですが……」

 そう、とシュテファーニアは清楚な花のごときかんばせに憂いの色を浮かべ、ため息をついた。

「姫さま」

 ツェツィーリアの静かな声音に、シュテファーニアは、なに、とどこか上の空で応じた。これは道中、言葉を交わすようになった騎士から聞いた話なのですが、とツェツィーリアは前置きをしてから続けた。

「これほどの数の騎士が異国の者の旅列につけられるというのは、やはり異例のことのようなのです」

 それがどうしたの、とシュテファーニアは応じる。

「わたくしたちがそれだけ警戒されているということではないの?」

「私もはじめはそう考えていました。けれど、おかしな話だとは思いませんか、姫さま」

「なにが?」

「女ばかり十数名の旅列を、それほどまでに警戒する必要がどこにありましょう。神ツ国教主の娘であり元王太子妃であるとはいえ、ただ国許へ帰るばかりとなった姫さまが、この国でいったいなにをするというのです」

 ツェツィーリアの言葉に、シュテファーニアの表情が少しずつ曇っていく。 「付き従う侍女たちにしても、みな家族のもとへ帰れることを喜ぶような者たちばかり。旅列を外れ、追われてでもこの国にとどまりたいと願う者など、ひとりもいないのです」

「それは、そうだけど……」

 姫さま、とツェツィーリアはもう一度あらたまった声を上げた。

「東国王室は私どもの無法を警戒しているのではありません。私どもが無法者とかかわることを警戒しているのです」

「無法者とは、いったいどういう?」

「この国にはいま、革命軍と呼ばれる者たちが蔓延っているそうでございます」

 革命軍、とシュテファーニアは唇の中で呟いた。響きだけを聞いても、いかにもおそろしい言葉である。

「聞くところによれば、革命軍の本拠地はここからさほど離れていない街にあるとか。彼らがどのような者たちであるのか、王城でもいまだ正しく把握することはできていないそうでございます。それゆえ王室は、姫さまが間違っても革命軍とやらにかかわることがないよう、いささか大仰なまでの警護をつけることにしたようでございます」

「わたくしが革命に?」

「姫さまの御身が利用されることのないように、でございましょう」

 そういうこと、とシュテファーニアは頷いた。宗教的優位にある神ツ国教主の娘として、政治的優位にある元東国王太子妃として、己が利用価値の高い身であることをシュテファーニアは自覚している。

「もしかして」

 シュテファーニアははっとしてツェツィーリアを見上げた。

「ベルタはその革命軍とやらにかどわかされたのではないの?」

「ベルタを一見しただけで、姫さまの一行にある者と見破るのは容易なことではありません。それにもしも彼女を拐かし、なにごとかに利用しようとするのであれば、その事実はすでに私どもの耳に入っていてもおかしくないはずです」

 それはそうかもしれないわね、とシュテファーニアは頷き、でも、と続けた。

「ならばおまえは、なぜそんな話を……」

 ベルタひとりをどうこうすることはなくとも、もしかしたら、と思ったのです、とツェツィーリアは云った。

「もしかしたら?」

「ことはすでに起きているのではないでしょうか」

 どういうこと? とシュテファーニアは紫色の瞳を細く眇めた。ツェツィーリアも水色の瞳を同じように眇めてみせる。

「確信があるわけではありせんが、先ほどのアドリアン・トレイユの態度にも、どこか不自然なところがございました。もしかしたら、というのはただの予感にすぎませんが、ベルタはそのなにかに巻き込まれ、身動きが取れなくなっているのかもしれません」

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