After Story 安堵

 立ち上がった夏凛は、いきなりこちらに倒れ込んできた。縁結びの呪いはすでに失われており、それ自体は完全に偶然だった。


「きゃあっ!」


 ────ドサッ!


「イテテテ、大丈夫か?」


 俺の腕の中には黒髪ロングな美少女血の繋がった妹がいて、真っ赤な顔で見上げていた。

 喧嘩と言えるのかはわからないが、土日の間は気まずくてあまりその顔を見なかった。

 たった2日なのに随分長く離れていたような気がしてくる。


「兄さん……私、兄さんには常に綺麗な私を見て欲しくて……この間は乱れ過ぎて……だから、せめて処理だけでもって……」


 夏凛が思いの丈を涙目で打ち明けてくる。それに対して、恵さんの頭上には『?』マークが浮かんでいる。

 シーツをどちらが洗うかで何をそんなに揉めているのか、きっとそう思ってるかもしれない。


 ただ、今ので夏凛の気持ちが大体わかったような気がする。要は俺が気を回し過ぎてデリカシーに欠けていたんだと思う。


「気の利く彼氏でありたいと思ってさ、夏凛の気持ちを考えてなかった。でもそれは俺の自己満足だったみたい……ごめんな、夏凛」


 背中に回した腕の力を少し強めて謝った。すると夏凛は首を振って抱き返してきた。


「ううん……私の方こそ、兄さんの気持ち考えて無かったと思います。本当にごめんなさい……」


「……夏凛」

「……兄さん」


 互いに見つめ合う。密着した身体は互いの体温と鼓動を高めていく。


 10人中、10人が綺麗だと認めるほどに整った顔立ち。その唇は半開きのまま少しずつ近付いてくる。


「コホン! 君達〜、今からおっぱじめようとしてないかい?」


 突如聞こえた恵さんの声に、俺達はバッと離れて身なりを整えた。


「2人とも、私のこと忘れてたでしょ?」


「すまん」

「ごめんなさい」


「ま、良いけどね。それよりもさ、折角来たんだしうちでご飯食べていきなよ」


「えっ、良いのか?」


「一応夏凛とも友達だし。夕食までの間、遊びたいのも本音だし」


 普通はフラレたら少しずつ疎遠になっていくのに、普段通りに接してくれるどころか夏凛ともそのまま友達でいてくれる。恵さん、胸の大きさ以上に器が大きいな。


 こうして、俺と夏凛は城ヶ崎宅で夕食をご馳走になることになった。


「ご飯、卵焼き、納豆、味噌汁……」


 そして何故か洋食のビーフシチュー。やっぱりお母さんという存在は偉大だ。うちも以前のように冷食単品とか止めて自炊してるけど、本場の主婦が作った料理を目の当たりにすると、まだまだと言った感じだ。


「黒谷君達が食べていくって聞いて、お母さん頑張っちゃいました」


 恵さんのお母さんがガッツポーズをする。きっと本来の夕食はビーフシチューを抜いたものだったに違いない。


「マジで美味いっすよ、これ。俺達、自炊してますけど、ここまでのはまだ作れないんす」


「ふふっ、黒谷君は上手いわねぇ。私があと10歳若かったら食べちゃってたかも」


 俺の言葉を受けて、お母さんは気を良くしたかのように微笑んだ。温かな料理に明るい母親……心がポカポカしてくる。


 ただその反面、隣にいる実妹と対面に座る同級生からの視線は少しだけ冷たいものだった。


「ねえ黒斗、娘の前でそういうの止めてくれない? てか、お母さんもお母さんよ! 大人気なく変なこと言わないで!」


「そうです! 私のカレー、兄さんは美味しい美味しいと言ってくれるのに……なんか心のこもり方が違う気がします!」


「す、すまん! そう言うつもりじゃなかったんだ……」


「あらあら、黒谷君はモテモテねぇ」


 男一人というのも、かなり肩身が狭い気がする。なんていうか、こう……何を言っても有罪にされてしまう、みたいな。


 そうして、冷たくも温かい夕食が終わり、俺と夏凛は帰宅の途についた。


「兄さん」


 帰り道、明るい電灯の下で夏凛が振り返った。


「なんだ?」


「改めてごめんなさい」


「どうしたんだよ、急に」


「男性を立てられる、そんな理想の妻になりたいのです。今回のは私の我儘でしたし、やはりキチンと謝るべきだと思ったのです……」


「いや、俺は────」


 続きを言おうとしたら、夏凛が俺の唇に人差し指を当てて首を振った。


「兄さんは私に気を使いすぎです。大人しく受け入れて下さい……んっ」


 そのまま夏凛にキスをされた。唇の柔らかな感触がとても心地良い。どちらが悪いという訳ではないけれど、どちらかが折れないといけないのは確かだ。


 そして今回は俺が折れる形になるだろう。だって、女の子にここまでさせて、それでも突っぱねるのはあまりにも大人気ないからだ。


「あっ……兄さん、元気になっちゃいましたか?」


 ブレザー越しでも容易に分かるほどに大きな胸、それが密着しているのだから元気になるのも当たり前だ。


「今日は……一緒にお風呂……入りますか?」


 畳み掛けるように聞いてくる夏凛。思わず俺は頷いてしまった。男の本能には逆らいようがないだろ……。


「兄さん、今日はまだ月曜日です。わかってますよね」


「わ、わかってるよ。当然だろ?」


「ふふ、なら良いんですが」


 そっと手を握ると、夏凛も握り返してきた。似てない兄妹だけど確かに血は繋がっている……だけど、端から見たら今の俺達は恋人にしか見えないだろう。


 再び訪れた平穏を噛み締めながら帰る。ご飯は食べたらからすぐに風呂に入る訳だが……結局、俺達は家族ルールを破ることになった。

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