第119話 ファンタジア・休憩

 芝生に寝そべって休憩していると、唐突に影が射した。逆光で見えにくいけど、シルエットからして夏凛だと思う。


 普通のスカートならアングル的にアウト何だが、夏凛は俺の選んだロングスカートを履いてるので妹の下着を見てしまう、なんてイベントは起きない。


「兄さん、コーラを買ってきましたよ」


「おう、サンキュー」


 夏凛は俺の顔の横にコーラを置くと、ジェットコースターから聞こえてくる悲鳴の方へと視線を向けた。


「恵先輩、1人だけ乗っちゃってますね」


「仕方ないよ、俺が乗れないんだから。夏凛も恵さんが戻ってきたら交代で乗りに行ったらどうだ?」


 折角のファンタジアだ、俺に遠慮して乗らないのは損とも言える。


 だけど夏凛は首を振って俺の真横に腰を下ろした。


「私は耐えられるというだけで、特に好きでも嫌いでもありません。どうせなら、兄さんの隣で自然を感じてた方がよっぽど心地良いと思ってますから」


 優しくて、清楚で、素直だし、その上容姿だってS級……隣にいて心地良いのは俺だって同じだ。


 口数は共に少ないけれど、それに気を遣わなくて良い関係って貴重だよな、染々そう思ったよ。


「あ、恵先輩が戻ってきますよ」


「そうか、じゃあ次はどうしたもんかな……」


 恵さんは「おーい!」と走りながらこっちに向かってくる。息を切らしながら合流した恵さんは「あたしだけ乗っちゃってごめんね」と謝ってきた。


「いいって、俺がそうしてくれって言ったんだから。それよりも次はどうする?」


「兄さんが乗りやすい物……そうですね、アクアクルーズとかどうですか?」


 夏凛に提案されて、俺と恵さんはパンフレットに目を通した。


 アクアクルーズ、円形のボートに複数人で乗って、水の上を回転しながら進んでいくアトラクションか。


「これなら俺も乗れそうだな」


「うん、あたしもこれ面白そうって思ってた」


 全会一致となり、俺達はアクアクルーズがあるアトラクションへと向かった。


 ☆☆☆


 受付にフリーパスを見せて円形のボートに乗り込む。座席は中央を向いていて、互いの顔が見える形状をしている。


 まずはコンベアーに乗せられて、水面に向けて下っていく。


 感覚的にはあのジェットコースターの頂上に向かう感じに似ている。そう、死刑台に向かうような、あの感じに……。


「黒斗、黒斗ってば!」


 いきなり呼ばれてハッと振り向くと、恵さんが俺の手を握ってきた。


「大丈夫、並んでる時にも見たでしょ? そんなに速度はでないから」


「わ、わかってるよ!」


 母親みたいに諭されて、俺は少し照れ気味に声を上げた。


「そう、なら良いんだけどね」


 恵さんは少し微笑んだあと、そのまま手を握り続けた。


 ザバーンっと水面に着水すると、水がバシャッと跳ねる。


「うわっ!」


 足元に水が浸水して思わず叫んでしまった。夏凛も恵さんも被弾していて、ハンカチで服を拭いていた。


「私、ブラウスが濡れてしまいました」


「あたしは今のところ髪だけかな」


 ちなみに俺は靴が多少濡れたくらいで、この中では夏凛が1番被弾しているようだ。


 やがて緩やかなコースに差し掛かると、ジャングルクルーズみたいな気分でのんびり景色を眺めることが出来た。


「てか、このアトラクションに乗る人、少なかったよな」


「そりゃあ、夏は良いけど冬は水が冷たいからね」


「そうですね……でも乾燥室があるらしいので、終わったらそこで乾かしましょうか」


「乾燥室か、なんか暖かそうだ」


 急流に突入すると、わーっとか、きゃーっとか叫びながら進んでいった。

 レーンに当たる衝撃と飛び散る水、アトラクションとしてはかなり面白かった。


 コンベアーにボートが乗り上げると、スタッフの人から終わりを告げられた。


 乾燥室に入って服を乾かしていると、夏凛が俺の服をツンツンと引っ張ってきた。


「どうかしたのか?」


「あの……これ、見てくれませんか?」


 言われた場所を見て俺は動揺した。水に濡れた夏凛は白と黒のブラが透けていて、夏凛自身も困惑していた。


 周囲には一応男性客もいて、乾かすにも人目を気にしないといけない。だからこそ、俺を頼ってきたのか。


「夏凛、こっちにこい」


「はい、兄さん」


 部屋の角側を陣取って、早く乾かしたい人用に置いてあったドライヤーを手に取った。


「じゃあ、風を当てるからな」


「ど、どうぞ」


 濡れた夏凛の胸にドライヤーの温風を当てていく。白いブラウスはシットリと肌に張り付いていて、胸の凹凸が如実に浮き上がらせている。


 夏凛は俺を見上げて何故か目を瞑った。


 俺は空いた手で夏凛のおでこをチョップして叱った。


「あうっ! ダメ、なんですか?」


「ダメに決まってるだろ。俺達は兄妹なんだし」


 言ってて虚しくなる。気持ちの面では夏凛のことも好きなのに、それを認めてはいけない兄としての気持ちもあって、それがとても辛い。


「慣れる為でも、ですか?」


 うっ! その上目遣い、やめてくれ。受け入れそうになる。


 俺が頷きそうになると、背後から恵さんの声が聞こえてきた。


「こら夏凛、兄を気軽に誘惑しない! 黒斗もよく見て、特製のドライヤーだからとっくに乾いてるよ」


「あ、ほんとだ」


「準備できたら早く出よ。あたし達、視線集めてるしさ」


 よく見ると、乾燥室内にいる客のほとんどが俺と夏凛を見ていた。恥ずかしくなった俺は、夏凛の手を引いて恵さんと3人で外に出た。

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