第107話 相談
放課後になると、恵さんが後ろを向いて話し掛けてきた。
「今日どうしたん? 黒斗が遅刻とか珍しい……」
「ちょっと血の処理を、な」
「ふ~ん、何だかわからないけど、御愁傷様」
「それより、もう下校時刻だし。帰るか?」
「あ、ちょっと待って! あたし達さ、ファンタジアの券を貰ったじゃん? あれっていつ頃行くとか決まってるの?」
言われてみると、あの券をもらってからいつ行くとか全く打ち合わせしてなかった。
「ごめん、全く決まってなかった。んじゃ、夏凛呼ぶか?」
「うん、駅前のカフェで話し合おう」
と言うことで、夏凛を呼ぼうとしたのだが、今日は水泳部の助っ人らしくて、19時までかかると言っていた。
スマホの通話アプリを閉じて恵さんにそれを説明した。
「そっかぁ、部活か。じゃあ仕方ないね。どうしようか?」
「何かしようと思ってそれがキャンセルされると、代替えで何かしたくなるよな。う~ん、どうしたものか……」
2人して考え込んでいると、唐突に恵さんが手を叩いた。見るからに何かを思い付いた顔をしている。
「授業参観しようよ!」
「授業参観?」
「そそ、普段夏凛がどんなことをしているか、知りたくない?」
普段どんなことをしているか……ねえ。流石に男子水泳部の手伝いはしないらしいし、女子水泳部の記録係とか、ビート板片付けたりとか、そんなところじゃないか?
「夏凛がいるとさ、男子水泳部の記録が落ちるって噂もあるから、ちょっと心配で……」
「マジか、それは確かに心配だな。よし、じゃあ行くか!」
うちの高校は夏は外、冬は室内の温水プールで部活をしている。なので観覧席の見えにくい位置から夏凛を観察することにした。
「あ、いたいた! 端の方見て!」
恵さんに言われたところを見ると、夏凛はボードとストップウォッチを持って記録係をしていた。
「へえ、濡れても良いようにスク水着てるんだ。改めて見ると……エッッッロ!」
「言ってやるなよ。気にしてるみたいだからさ」
「あ、ごめんごめん。でも黒斗だってガン見してるじゃん」
「そりゃあ……まぁ……」
例え実の妹であっても、スク水は俺の性癖にどストライクだ。故に、見ないわけがない。
さて、恵さんの言っていた噂についてだが……少し観察したらすぐに理由がわかった。
プールの半分を使う男子水泳部、彼らの中には身体を"くの字"に曲げて歩く人がいて、それは男子である俺だからこそ痛いほど彼らの気持ちがわかった。
「うちの男子水泳部って有名なのか?」
「あ~、全然。みんな趣味でやってるみたいだし、大会には出るけど大差で負けちゃってるね」
「ならそこまで噂を気にする必要もないな。俺の立場としてはあまりいい気分じゃないけど、奴等にとっては役得的な側面もあるだろうし……」
「……?」
俺の言葉に恵さんは疑問符を浮かべている。女子にはわかりにくいから察しがつかないのも無理はない。
本当は部活なんて辞めて、
夏凛を見て良いのは俺だけだって気持ちが、ホンの少しだけ無いわけではないけど……。
そうして、夏凛を観察していると──目が合ってしまった。
「黒斗、どうかした?」
「……夏凛と目が合ったかもしれん」
「あたし達、椅子の裏に隠れてるのに!?」
「気のせいかもしれんってだけだよ。てかさ、もう帰ろうぜ」
「ここで帰って、本当にいいの? もしかしたら男子にアプローチかけられてたりするかもよ? ほら、こんな風に」
恵さんはそう言うと、俺の肩に手を回してきた。いや、男の俺がされても大して何も感じないんだが。
そうこうしているうちに、気付けば夏凛を見失っていた。
「さっきまでプールサイドに居たはずなのに、夏凛……どこに行ったんだ?」
「本当だ、もしかして……男子更衣室に連れ込まれてたりして……」
──パサッ。
恵さんが俺を煽っていると、何故か頭の上にタオルが落ちてきた。
「兄さん、私が連れ込まれるわけないじゃないですか」
タオルを取って声の方を見ると、夏凛がいた。スク水の上にパーカーを羽織って腕を組む、しかも仁王立ち。可愛いけど、ちょっと怒ってるようにも見えた。
「すまん、夏凛が普段どんな風に部活をしてるか気になってさ……ついつい、な」
「言ってくだされば、見学しても良かったのに」
「まぁまぁ、黒斗はあんたが男に言い寄られてないか心配だったのよ」
「……たまにですが、告白されることがありますね」
「なんだと!?」
「勿論、受けるわけ無いじゃないですか。大して話したこともありませんし、それに私には、──さんがいますから……」
「すまん、最後の方、聞こえなかったんだけど」
「~~~ッ!? もうっ! 何で難聴系なんですか! 恥ずかしいから言えません!」
最後の言葉が聞こえにくくて夏凛に聞き返してみるも、丁重にお断りされてしまった。
隣にいる恵さんは俺達の会話を聞いて何故かニヤニヤしていた。
「で、兄さん達はこのまま見学するんですか?」
「うーん、まだ18時だしな……」
「そうね、あと1時間も見学は流石に辛そうだし、帰ろっか?」
「そうだな。夏凛、悪いけど俺ら帰るわ」
「はい、お疲れ様です」
俺は恵さんを駅前まで送ったあと、帰宅の途についた。
長時間代わり映えのしない見学は辛い、それもあったけど、早期撤退した理由は他にもあった。
至近距離でスク水姿の夏凛を見ていると、遠目に見る男子水泳部員と違って視覚的効果が絶大なんだ。
水を吸って浮かび上がったボディラインとか、揺れ動く2つの果実とか……ヤバすぎだろ?
俺自身が"くの字"にならないためにも、早期撤退は賢明な判断だったと言えるわけだ。
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