第98話 修学旅行 帰宅

 朝起きると、俺はすぐに布団の中を確認した。すると、やはり昨夜の出来事が夢ではなかったことが確認できた。


 綺麗な顔が目を閉じて俺の身体にしがみついている。


 寝ている間にはだけた浴衣、そして溢れ落ちた白い胸、絡み付いた長い脚と太ももは程よい肉付き、しかもチラリと水色の下着が見えているから殊更に黒斗の心臓を刺激した。


 布団から顔を出して周囲を確認すると、まだ誰も起きていなかった。


 取り敢えず引き剥がして、可能な限り見ないように浴衣を整えた。


「恵さん、起きて」


 身体を揺さぶると閉じていた目が少しずつ開いた。そして俺の姿が目に入ると、徐々に赤くなり始めた。


「あたし……王様ゲームから逃げ出して……あ、そうだ、ここに来たんだった」


 状況を理解すると、いきなり胸に飛び込んできた。


「……同調圧力って怖いね。男子も女子も、あの空間では何かに取り憑かれたように息を荒げていた。しかもさ、裏で色々と細工してるのがバレバレだったし」


 流石に旅行で直接的な濃密接触はしないだろうが、ドラマや漫画で見聞きしたことを実践するつもりだったのかもしれない。


 恵さんの身体を少し強く抱き締めて落ち着かせる。


「大学に行けば、多分だけどもっとギラギラした世界に引き込まれると思う。ヤリサーとかあるから女の子は特に気を付けないといけないよな」


 腕の中の恵さんはコクりと頷いて暫くその状態で過ごした。


 5分ほどたった頃、恵さん「ふぅ」と深呼吸して立ち上がった。


「黒斗、ありがとね。ちょっと驚いたけど、お陰で安心した」


「そっか、なら良かったよ」


「じゃあ、あたしは戻るね。バイバイ」


 恵さんは小さく手を振って部屋を出ていった。静かになった部屋で田中と加藤を見る。

 俺と恵さんが眠ったのは1時頃、そんな深夜でも彼らは煌々とゲームをしていた。


 今の時間は6時、2人が夜更かししてくれて正直助かった。だって、あの状態の恵さんを他の男子に見られるのは、なんか嫌な気分がするからだ。


 その後、旅館で朝食を取ったあと全員で「ありがとうございました」と感謝を述べて空港へと向かった。


 機内ではみんな眠りこけていた。慣れない土地での生活は自然と体力を奪う、それは珍しい景色を脳が取り込んで処理するから疲れるんだとか、そう言う話がある。


 かくいう、俺も眠気に襲われて空の旅を満喫することは出来なかった。


 ☆☆☆


 2時間ほどバスに揺られて学校に着いた。


 みんなそれぞれ親御さんが迎えに来てる。俺は両親がいないから叔父の源蔵が来るべきなんだが、あの人は一応社長だから忙しくて来れるわけない。


 溜め息を吐いて徒歩で帰ろうとすると、背中に強い衝撃を感じた。振り返ると、夏凛が俺の腰に抱き付いていた。


「兄さん、兄さん、兄さんッ!!」


「お、おい……どうしたんだよ。昼に帰るって言っただろ?」


「待ちきれなくて、来ちゃいました!」


 まるで感動の再会のように夏凛は目尻に涙を溜めて、明るく微笑んでいた。


「兄さん、お帰りなさい。一緒に帰りましょう?」


「ああ、ただいま」


 隣り合って歩き始めると、夏凛が少しずつ距離を詰めてきた。肩と肩が当たりそうな距離だ。


 歩行に合わせて揺れ動く俺の手に、柔らかな指が何度も触れ合う。それはまるで、戦いの駆け引きのように触れては離れてを繰り返していた。


 夏凛の方を見ると、少し紅潮した顔で見上げてきた。


「夏凛、"慣れるため"なんだろ?」


 そう言って、俺は夏凛の手を握った。柔らかく、上品で綺麗な指をぎゅっと握ると、夏凛もぎゅっと握り返してきた。


「そうです。"慣れるため"ですよ」


 まぁ、これくらいは良いだろう。仲の良い兄妹なら普通にあり得るだろうしな。


 そう考えて、俺と夏凛は仲睦まじく家へと帰宅したのだった。

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