第80話 文化祭 親愛から恋愛へ──。

 照明が暗くなり、私と兄さんが舞台上に立った。


 スポットライトが眩しくて少しだけ初動が遅れた。兄さんがまくし立てるようにして言う。


「ようやく、ようやくお前と一緒になれる。最早俺達の間に障害など無い! お前のことを愛している! 結婚、してくれないか?」


 少しだけ鼓動が強く高鳴った。


 兄さんズルい! そんな真正面から真剣な目で言うとか……本当にズルい! そんなアドリブ……ズルいよぉ……。


 口をパクパクさせながら、なんとか声を振り絞った。


「私も……私も貴方を愛してます。どうか、末永く貴方のお側に居させてください!」


 恋人が出来てもいい、だからせめて妹として側にいたい。嘘を交えず、本音を言葉に乗せて兄さんにぶつけた。


 観客席も私達の演技を静かに見守っている。


『夏凛、ギリギリまで口を近付けて観客席とは反対側の頬にキスする。なに、観客席側は手で隠せばいいさ』


 兄さんが小声で作戦を伝えてくる。私も頷いて賛成することにした。


『じゃあ、いくからな?』


 顔が近付いてくる。それと同時に、時間が引き延ばされていく。


 内面が広がって複数の道が見える。ある1つの道を除いては全て楽な道だ。他の道を歩く私は幸せそうには見えない。


 そして、ある1つの道には見えない壁があった。


 本能、遺伝子、それらが壁となって立ち塞がっている。その先が幸せか不幸せか、なんてわからないけど……私は幸せだと思いたい。


 壁をひたすら叩く、すると少しだけヒビが入った。


 ヒビはドンドン広がっていく。


 越えたい、何故かわからないけど……この先にいく必要がある。そう思ったんだ。


 そして最後にドンっと壁を叩くと、大きな音を立ててそれは崩れた。


 大いなる一歩を踏み出すと、世界に青空が広がった。とても晴れやかで、大空を自由に飛び回る鳥になった気分だ。


 ──私の心にようやく気が付いた。


 欲情のような刹那的なものではなく、親愛のような優しさでもなく、心にスッと入り込むような相手を想う気持ち。


 それでいて激しさを伴った気持ち。


 ────ああ、これがそうなのか。


 気付きを得た私は、自然と兄さんの頬に手を添えていた。


 兄さんの軌道を正しいルートに導く。私の変化に気付いた兄さんはギリギリで止まる。


 欲情でも親愛でもない、真の気持ち。兄さんはまだそこに至ってないから、私が手を差し伸べる必要がある。


「ふふ、そのままでいてくださいね?」


 かかとを上げて、首に腕を回し、実の兄の唇と重なりあった。


「ちょ、夏凛──んんッ!?」


 驚く兄さんを余所に、2度3度その唇をついばんだ。


「ん……ちゅ、はむ……ちゅ……」


 恋を自覚した私の心は、一瞬で満たされた。


 勿論、恥ずかしい。それに、親愛で動いていた今までの私を置いてきぼりにしてる感じもする。


 きっと冷静になったら恥ずかしさで死にそうになったり、臆病になったり、今まで見えなかったものが見えたりすると思う。


 でもね、この選択に対して私は後悔はしないと思う。


 唇が離れれば、私と兄さんの間にテカテカと光る架け橋が出来た。


 それと同時に幕は下りていき、観客席からは拍手喝采が聞こえてきた。


 兄さんとの距離が少しずつ離れると、部長さんや部員さん達が寄ってきた。


「黒谷さん達、凄いじゃない! 本当にキスしちゃうなんて……」


「ああ、まるで5禁ドラマをみてる気分でドキドキしたよ!」


「兄妹ですし、そこまで抵抗はなかったですよ」


 なんのことはない、平気を装って言ってみるが、興奮が収まりつつある私は予想通りジワジワと羞恥心に苛まれていた。


 兄はというと、私から2歩ほど距離を取って部員達に曖昧な返事をしている。何となくだけどわかった気がする。


 兄さんは、私のいる位置にまだ到達していないことを。


 距離を縮めて自覚をしたのに、何故か兄さんと距離があるような感じを覚えた。途端に胸が締め付けられる程の痛みを感じた。


 そっか、私って先に進みすぎちゃったんだ……。


 ☆☆☆


「あ、あの……兄さん」


 踵を返し、1人体育館を出る兄さんを追いかけた。


「怒って、ますか?」


 恐る恐るといった感じに聞くと、兄さんが足を止めた。兄さんは苦笑いをしながら振り返り、頬を掻きながら答えた。


「怒ってないよ。ただびっくりしただけだ。あんなハプニング、心臓に悪いじゃないか」


 兄さん……やっぱり困惑してる。気づいて欲しい、一緒にいることのドキドキも、体育館に入る前と後で質が大きく変化してることを──。


 いつかわかってくれる、だからその時まではゆっくりと寄り添っていこう。


 ──まだまだ時間はあるのだから。

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