第77話 文化祭 3

 夏凛の教室に行くと行列が出来ていた。


 文化祭において喫茶関係は強い、それなのにうちのクラスより人が多いな。


 コスプレ写真館の時代が来たんだろうか?


 入口から中を覗き込んで見るも、夏凛の姿が見当たらない。仕方ない、話し掛けやすそうな人に呼んできてもらうか。


 丁度、夏凛の友達の進藤さんが行列整理の為に立っていたので、話しかけようとしたその時──唐突に視界がブラックアウトしてしまった。


「だ~れだっ♪」


 声の感じからして夏凛だと思う。こういうことをするなら、せめて声色くらいは変えないとだろ。


 この間といい、今日といい、実は恵さんと夏凛は似た者同士なんじゃないか?


 そう思いながら目に当てられた手を外して振り返る。


「声くらい変えようぜ。夏凛だろ、どうせ──えっ!?」


 相手の顔を確認した俺は、自身の考えが間違いだったことを知る。俺にイタズラを仕掛けたのは夏凛の担任である、白里先生だった。


 朝会った時と違い、黒のレディーススーツからうちの高校の制服にチェンジしていたので、一瞬誰だかわからなかった。


「ぶっぶー! 残念、白里先生でしたー!」


「先生、何で高校の制服を着てるんですか?」


「こっちの学校の制服、可愛いからね。年甲斐もなく着ちゃった」


「普通に似合いすぎですよ。先生って、本当に年上なんすか?」


「私はハーフだからね~、若く見えちゃうんだよ」


 下手すれば年下に見えるんだが……まぁ、本人がそう言うならそうなんだろう。


 深く考えることを止めて、先生に夏凛を呼びに来たことを伝えると「ちょっと待ってて!」と言って中へ入っていった。


 そして少しすると、夏凛が教室から出てきた。


「兄さん、待たせてしまってごめんなさい」


「そんなに待ってないから気にしなくても良いよ。それよりさ、随分繁盛してるよな」


「最初は人も少なかったんですが、貸出を許可したらドンドン人が増えちゃったんですよ!」


「言われてみると、すれ違う人の中にコスプレした人がいたな。ハロウィン感覚がウケたのか?」


「そうみたいですね。着るだけでなく、みんなで面白い仮装をして騒ぐ……生き生きしてますよね」


「なんなら夏凛も何か着てきたら? それくらいなら待ってやるからさ」


 俺がそう言うと、夏凛はモジモジしながら答えた。


「変なのしか残ってませんが……見たいですか?」


「え、変なのって?」


「胸元がハート型に開いた悪魔コスとか、スリットのあるチャイナドレスとかありますよ」


 黒髪ロングの美少女が着た悪魔コス、そしてチャイナドレスか……ヤバイな!


「見たい……ですか?」


 夏凛が上目遣いで聞いてくる。正直、ぐっとくるし、頷きそうにもなる。しかも、これで無自覚なのだから質が悪い。


 煩悩と妄想と本能に悩んでいると、お腹がぐ~っと鳴った。


「ふふ、身体は食べ物を求めてるようですね。校庭の出店で何か食べましょうか」


「ああ、助かる。午前中もちょこちょこ食べたんだけどさ、なんか腹減っちゃったよ」


「もう、兄さんってば、食いしん坊さんですね」


 そうして、夏凛と笑い合いながら校庭に向かった。


 石造りのベンチに夏凛と隣り合って座った。夏凛は食べ物をモグモグと頬張りながら言った。


「兄さん、焼おにぎり美味しいですね!」


 綿菓子とか焼きもろこしとかあったけど、昼は米を食べたかったので焼きおにぎりを買った。表面のタレと少し焦げた米がカリっとしていて、とても美味しい。


 イチレイの焼きおにぎりとは違った美味しさがある。


 ふと視線を送られてることに気付いた。隣に座る夏凛がじーっと、俺を見ていたのだ。


 澄んだ瞳で見られると、心の底を覗かれてるようで何故か落ち着かない。


「そんなに見られるとさ、穴が空くだろ」


「あ、ごめんなさい! ちょっと気になったもので──」


「ちょっと良いですか?」夏凛はそう言って体を寄せてくる。腕が触れ合い、夏凛の顔が近付いてくる。


 午前中に恵さんとキスしてしまったから、唇という存在に反応してしまう。桜色の綺麗な唇が1度止まり、夏凛の手が俺の頬に添えられた。


 さすがの俺も焦り始めた。


「ちょ、ちょっと待て。俺達は兄妹──」


 夏凛はすいっと何かを頬から取って、目の前にそれを晒した。


「お弁当、付いてましたよ?」


 夏凛はくすっと笑ったあと、それ米粒をあろうことか、自身の口へと放り込んでしまった。


 紛らわしい行動に張り詰めた緊張が解け、それと同時に恥ずかしさが込み上げてくる。嬉しいような、恥ずかしいような感情が混ざりあって、ベンチに頭を打ち付けたくなった。


 複雑な感情をなんとか飲み込んでタメ息を吐く。


「あ、兄さん! 欲しいのがあるので買ってきますね!」


 呼び止める前に夏凛が走り去っていった。


「ヤバイな、今日はドキドキさせられっぱなしだ。俺……持つのか?」


 悶々と待っていると、色んな食べ物を持った夏凛が駆けてきた。綿菓子、ポップコーン、フランクフルト、定番所が一挙に揃っている。


「どれがいいですか?」


「いやいや、ババ抜きじゃないんだから……。じゃあ、綿菓子で」


 渡された綿菓子を口に含むと、すぅっと溶けて硬い砂糖が口内に残る。口には甘さ、脳内には懐かしさが込み上げてくる。


「ん、んんっ! ちゅぱ……」


 変な音が聞こえてきたので視線を向けると、大きなフランクフルトに苦戦している夏凛がいた。


 小さな口には入りきらない特大の大きさのようだ。てか、それよりも音と構図がマズイ。

 通りかかる男子がぎょっとした顔で見てくる。


 サッと夏凛からそれを奪い取って、一気にそれを食べた。


「あっ! もう、どうしたんですか? 私の食べかけなのに……」


「夏凛、フランクフルト禁止! これは兄としての命令だ!」


「はうっ! 兄としての……命令?」


 夏凛は自身の胸に手を当てて赤くなっている。何か知らんけど、勝手に感銘を受けていた。

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