第19話 ただの、そう──何の変哲もない体育祭
体育祭当日の朝。
1階に降りると源蔵と夏凛がいて、源蔵は新聞を読み、夏凛は
「おはよう夏凛、手伝うよ」
「おはよう兄さん、ううん、もう準備が終わりますので席で待っていてください」
そう言われたので、俺は源蔵の体面に座り、朝の挨拶をした。
「叔父さん、おはよう」
「おう、黒斗おはよう」
新聞で顔が見えないが、漂う空気で体育祭が待ち遠しい気持ちなのが伝わってくる。
そして夏凛と源蔵と俺とで朝食を食べた。この時ばかりはなんだか家族みたいでホッコリした。
夏凛と食器を洗ってる間に源蔵は先に行くと言って出ていった。簡易テントやらクーラーボックスやら積み込んでるのを見かけたから多分、場所取りに向かったのだろう。
「ねぇ、兄さん。学年競技って兄さん何に出るんですか?」
「それが社交ダンスになったんだよ……」
「男の子同士で?」
「いや、男女ペアなんだ」
カタン
夏凛が食器を洗う手を止めて固まっている。どのくらい経っただろうか、水の音がうるさく感じるほどに静寂が場を支配する。
体感10分くらい経過したかに見えたが、時計の針は1分たりとも進んではいなかった。
「か、夏凛さん?」
「あ、ごめんなさい兄さん。ちょっと、ボーッとしちゃいました」
いつもの明るい笑顔を向けてくる夏凛、さっきのが最初から無かったかのように振る舞っている。
きっと突っ込んで話を聞いてはいけない事だと理解して、逆に夏凛に聞いてみた。
「夏凛の学年は何になったんだ?」
「私?マイムマイムですよ。みんなで手を繋いで踊るんです!それでですね────」
夏凛は嬉しそうに語った。練習から今日に至るまでの物語、とても楽しそうだった。
☆☆☆
時は来た!
入場ゲートから運動場の中央へと向かい、各クラス円状に並ぶ。目の前にはバレッタで髪を留めた城ヶ崎さんが立っている。
体育祭とは不思議なもので、嫌々いいながらもいざ本番になればやってやろう!って気にさせられる。
そして全員が準備を終える。未だに女子と手を握るのは慣れない。至近距離の城ヶ崎さんから女の子の匂いがして胸がドキドキし始める。
「しっかりなさい、アタシの相棒でしょ?」
「城ヶ崎さん、組んでくれてありがとな」
俺の言葉に目を見開いた彼女は曲が始まる寸前に一言「こちらこそ、ありがと」そういっていた。
曲と共に踊り始める。洋画のワンシーンで流れるような優雅な曲調がこれまでの努力を想起させる。
最初は俺と城ヶ崎さんのペアが転んだのを思い出した。あの時、他の連中は異性に触れることに対して躊躇していたため、俺達より上達が遅かった。
だけど、ゴリラのがなり声と竹刀を打ち付ける音でそれもなくなり、全員がむしゃらに練習した。
みんな何度も失敗した……足踏んだり、他のペアとぶつかったり、そして様々な問題を乗り越えて今ここで踊っている。
残念なのは、この楽しい時間も終わりが来ると言うこと。
そして曲が終わり──それぞれ男女特有のお辞儀をしたあと、喝采が鳴り響いた。
みんなそれぞれのペアとハイタッチしたり成功を喜んでいる。
「終わったーーーー!やったな、城ヶ崎さ──ッ!?」
ドサッ!
俺は、押し倒される勢いで抱きつかれた。
「黒谷ーーーっ!ううーん!良かった、良かったぁぁぁ!」
感情が昂りすぎて気付いてないのか、俺の体操服に頬擦りを繰り返し、しかも彼女の胸はその度にムギュムギュっと何度も潰れている。
"あ、今日は緑なのね……"とか言う考えは少しだけしか浮かばなかった。
その後、白里先生に注意されるまで城ヶ崎さんが我に返ることはなかった。
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