第16話 相合車

 白里先生については考えることを止めた。何故なら……パンドラの箱にしか思えないからだ。


 ってことで再び雨の音が鳴り響く下駄箱で、俺は1人佇んでいる。苦肉の策として、傘入れを見ても置き傘なんかなく、正直この豪雨の中を突っ切る選択を絶賛検討中だ。


 現在時刻は17時30分、よく考えたら先生が帰る時間でもおかしくない。だからこそ、さっき白里先生に出会ったのだ。


「なんで誰も起こしてくれないんだよ!」


 そう、俺はさっきまで寝ていたのだ。教室の鍵を閉めるゴリラに起こされて、慌てて下駄箱で履き替えた瞬間にこれだ。


「てか、アンタなんでこんな時間までいんの?」


「──ッ!?」


 返事が返ってくると思っていなかっただけに、今のは驚いた。


「城ヶ崎さん……今日休みだったよね?その言葉、そっくりそのまま返すよ」


「……何格好つけてるの?」


 はい、格好つけてるけど、本当は話し相手が出来て嬉しいです!


 平常運転でクールな城ヶ崎さんは、いつものハーフレス眼鏡を外しており、白のノースリーブにベージュのフレアスカートだった。


「私服だね。ってことは俺のために傘持ってきてくれたのか?」


 冗談で言うと、城ヶ崎さんはカッと顔を赤くして否定した。


「ち、違うわよ。どうしても、出さなきゃいけない書類があって来ただけよ」


 ん?それにしては、その服……どこかで見たような?


「……あんまりジロジロ見ないでよ」


「あ、わかった!城ヶ崎さん、この間の服着てるんだね。めっちゃ似合ってるじゃん」


 俺が褒めると、城ヶ崎さんはダークブラウンの髪を弄りながらそっぽを向いた。


「城ヶ崎さん?」


「……うん、ありがと。結構気に入ってる」


「それは良かった」


「ところでさ、車、乗る?」


 ☆☆☆


 信号が赤になり、車は止まる。車内にラジオか音楽でも流れていれば少しは気が楽だったんだが、先程からお母様からバックミラーを通してジロジロと見られている。


 気まずかったのか、お母様から声をかけられてしまった。


「黒谷君、だっけ?」


「あ、はい。黒谷です」


「どうしてもうちの子が書類を自分で職員室に持っていくって聞かなくてねぇ。好きな先生か、好きな人でもいるんじゃないかって思ってねぇ~」


「ちょ、お母さんッ!?」と城ヶ崎が抗議の声を挙げる。ここは居心地の悪い空気を変えなくては、と乗り気で答える。


「はは、城ヶ崎さんに好きな人とかいないと思いますけど?」


 俺がドラマで観る奥様に好かれる男子高校生を演じようとすると、隣に座る城ヶ崎さんが睨んできた。


「そぉかしら? 例えば──あなたとか?」


 城ヶ崎さんがバシバシとお母様の背もたれを叩いてる。なんだろ、少しだけ機嫌の悪い小動物っぽくて可愛いな。


「違いますよ。せいぜい軽口叩き合う程度ですので」


「へぇ~、進展してないのね。危うい気がするから卒業まで待てないとか日記に書いてたし」


「はぁ!? 勝手に日記見たの?」


「我が子ながら、今時紙媒体に残すとは──」


 再びバシバシ叩き始め、声にならない声を挙げている。


「城ヶ崎さんって好きな人いたのかぁ。知らなかった……」


「い、いるに決まってるでしょ」


「どんな人?」


「……勘違いで必死になるような奴、かな」


 俺の知る限りクラスにそんな人はいない、きっと他のクラスの人なのだろうな。城ヶ崎さんの好きな人か、軽口のネタに顔を見てみたいものだ!


「好きなった出来事とか教えてくれよ」


「……入学式のとき、こっちの方あまり知らなかったからさ。迷ってたら、案内してくれた」


 先程からお母様が黙ってる。バックミラー越しにこちらをニヤニヤ見てるだけだ。


 まぁよくある話しだな。てか、俺も城ヶ崎さんを入学式の時に送ったんだよな。俺、じゃないよな? そんな素振り全然無かったし。


「なるほどな、ソイツに告白したのか?」


「ううん、しようと思ってズルズルと……」


「そっか、まぁ俺もこの3年間、かなり助けられたからな。協力するよ、と言ってもできること限られてるけどな」


「別に──良いけど」


 それ以降、城ヶ崎さんが口を開くことはなかった。お母様も彼女を弄るつもりもないようで、他愛もない会話を続けてるうちに家に着いた。


「ありがとうございました!」


「黒谷君、またねー!」


 車が走り去り、見えなくなったところで家に入ろうと扉を開けたその瞬間、夏凛とぶつかりそうになった。


「わ、兄さん!?」


「おお、夏凛か。どこか行くのか?」


「兄さんが学校で往生してるだろうと思い、傘を持っていくつもりだったんです」


「わりぃ、心配かけたな。城ヶ崎さんのお母さんに送ってもらったんだよ」


「城ヶ崎先輩のお母さんに?」


 夏凛が何やら引っ掛かるところがあるらしく、訝しげな表情を浮かべている。


「ああ、何か──あるのか?」


「よく家を知ってましたね」


「そう言えばそうだな」


「別にいいですけど。──あ、ご飯がそろそろ炊き上がりますよ!」


「おお、ちょうど良かった!じゃあ食べるか!」


「ふふ、今日は肉じゃがです!」


 こうして俺は豪雨の中、濡れ鼠にならなくて済んだのだった。

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