第12話 雨上がりの空にユピテルは輝く【改稿版2】

 残り2日。



「本当にそんな事が可能なの!?」

 爪を綺麗に磨いていた副班のシェーリーンさんが、ビックリして声をあらげた。私の考えが信じられないと目を丸くしてまじまじと顔を見る。

 そこをなんとかと、私は手をあわせて必死で拝み倒していた。

「誰もやったことのない方法なのはわかってるよ。でも、だからこそやってみる価値はあると思うんだ! お願い、皆の協力が必要なの!」


 資料の中に見付からなければ、外から来たユリエの中から答えを見つければ良い。

(固定観念が駄目ならば、それを壊してしまえば良い)

「私やってみたい!! たとえ駄目だとしても、試して見る価値はあると思う!」

 私は戸惑うシェーリーンさんの手を取って、必死の形相でせまり続けていた。






(……結局、良かったのは勢いだけだったみたいだわ)

 私は足を投げ出して、まわりを力なく見まわしていた。


 王宮の屋上でしかばねと化してごろごろと倒れる未開班のメンバーは、暑い陽射しにより干物と化そうとしていた所だ。

 少女2人は早々にリタイアしていて、日陰に避難してぐったりしている。

(そりゃそうよね)

 私はぐったりとしながらも肩で息をしてながらたえる。

 魔法の使いすぎがこんなにも疲れるものとは、思ってもみなかった事なのよね。

「なーにが、いけないのかなー」

 両手を後ろについて足を投げ出し息切れで座り込む私に、シェーリーンさんはパタパタと手であおぎながら慰めてくる。

 そのシェーリーンも額の汗をおさえていた。

「まぁいい線行ってたわよ。発案は悪くないわ。でも、出来ないのならしょうがないわよ。別の方法を探しましょ」

 落ち込む私に軽い口調で慰めてくれている。意外と優しい、彼女の気遣いが嬉しくて思わずぎゅうっと抱きついた。

「ありがと、シェーリーンさん。私頑張る」

 その言葉と被るように離れた所で腕まくりをしたランドウェイさんが、ばたーんと大の字に寝転んだ。

「あちーなー。冷えたグラスでタハール飲みてぇ!!」

 その単語タハールを聞いて思わず私は心臓がとびねたのがわかった。


 結局あの時はあおるだけあおられてラウールさんの足元が、ふらふらしだしたからうやむやになってしまった。

 私は腕を組んで、その場でうーんと体ごと首をかしげた。

(ちょっとだけ興味もあったけど? まぁ、彼も酔ってたし。結局はそれで良かったのかなぁ?)

 でも、と私はいまだに陣取るヨコシマな考えを頭を振って追い出した。

(今はこっちに集中しなきゃ! を聞いた時に、絶対上手く行くと思ったのに……)


 私はあぐらをかいて腕を組み、私の頭の中でまわる考えをまとめながらどうすればいいか考える。

 それを横に置いといて、皆は早々に諦めて飲み会の話をし始めていた。


 ぐったりとしていた班長もどうやらお酒が好きらしい。飲み会と聞いて元気を取り戻す。

「良いですねぇ。ランドウェイ君。もう今日は飲みに行きますかぁ。でも大ジョッキでガブガブ飲むのはいただけませんよ。お酒はちびちびと少しずつ……」

 私は呆れて班長達を遠巻きに見た。

(何でこの世界ではお酒タハール好きな人が多いのかしら?)

 でも私は班長の小さめのコップを持つ仕草に、頭のすみでまた何かが引っ掛かるのを感じた。

(二人の会話に、不思議な何かを感じるのは私だけかしら……)

 私は腕を組んだまま、空を見上げる。


 今の私に出来る事。

 カラカラに乾いた空を見て今までに習った事を思い出そうと、目をらす。

 その時、目の前がいきなり真っ白に光った気がしたの。


「………ああぁぁぁぁ!!」

 私のすっとんきょうな雄叫おたけびに、今度は皆の心臓がねたのだった。






 約束の3日目。


 昨日あれからシェーリーンさんと一緒に沢山、たくさん計算した。それから皆で手分けして、班を越えて協力者を募る為に上に下にと駆け回った。

(でもまだ、足りない。バランスも悪いわ)

 私はうつむいたまま声も出せずに考えた。

(ここで失敗したならば困る人が沢山出てくる。死んでしまう人も、もしかしたら出てきてしまうかもしれない)

 ここは、夢の世界ではない。

(ごく普通の生活が、いろんな所で営まれているもの)

 今、その人達の命が私達にかかってる。

 私の正体がラスボスアダンテだからと、なりふり構っている所じゃない。

 だから最後の頼みの綱に頼ることにして、王宮の屋上に22名の有志が集まった。




 その日は。

 雲ひとつない、カラッとした晴天だった。


「ほ、本当にくるの!? ユリエ??」

 パパルナちゃんが緊張の面持ちで、あわあわとその場をいったり来たりとせわしない。

 ミャーシェンちゃんは、もう真っ青になってしまってその場に棒立ちで固まっていた。

(優しい人だからそんなに緊張しなくても良いんじゃないかな?)

 私はのほほんと空を見上げる。しかし小さい頃からこの世界に住んでる、2人の反応の方が “ 普通 ” なのかも知れない。

(私も、まだまだねー)

「その時間に、予定をあけて来てくれるってさ」

 そんなことを考えながら、二人に話しかけて私は準備体操にとりかかる。


 私は今、ブラウスとスカートのみ。

 若い女性のたしなみは全て捨てた。

 靴さえ脱ぎ捨て、自由を満喫まんきつ

 感覚を研ぎ澄ますために。

 絶対成功させるために。



 そこへ頼みの綱の登場で、一同皆ひざまずいて敬意をもって彼を迎えた。


「さっすが陛下! 時間ぴったり。今日はありがとうございます!」

 私は笑いながら近付いてくる陛下に、いつもの軽~い挨拶をした。

 もちろん青くなったダグラス班長にあわてた様子で注意される。陛下はそんなことお構いなしに笑って軽く手を上げて、班長に「ご苦労なことだな」とねぎらいの言葉をかけている。

(……私もバカじゃないもんね。『苦労』の前に『私のお守り』が入ることは、薄々わかっているんだもの)

 その陛下は私の方に向き直り軽く肩を叩いて笑う。

「ユリエの頼みは断れまい。ラウールも居ないようだからな」

 私の隣でまわりの皆を見渡しながらここにいない人の名前を呼ぶ。


 私はツンとアゴをそらして、ふてくされた声で訳を話した。

「ソッコーで断られた」

「ソッコーか。しかし、女官長が青い顔をする姿だな」

 陛下は皆を立たせると、あきれながらもまじまじと私を見つめる。その攻めるような軽い視線に、私はおどけて舌をだした。

「ナイショ。帰る前に戻せば良いんだから」

 私はくるんと一回転。

 巻きスカートが、ふわんと広がる。







 ユリエがどこかまぶしいように感じて目を細めながら彼女を見た。

(なんと自由で伸びやかなことだ。自分の持ち味を最大限に引き出そうとする)

 この国の民達とはやはりどこかが違うようだと、うなずいてユリエに答える。そのユリエは勝手にこの場にいる皆に向けて、こぶしを上げて宣言した。


「では早速! 皆様、今日は未開発魔法班にご協力、ありがとうございますっ! 成功すれば陛下のツケで飲みホーダイ! だから頑張っていきましょう!!」

 その一言がかけられると魔法使い達は盛り上がった。その反応を頼もしく見て、陛下も楽しげに答えている。

「良かろう。確かに約束しよう! して、失敗すればユリエのツケかな?」

 心なしか自分も興奮していることを、ユリエに話し掛けることで隠した。腰に手をあてて隣に並ぶユリエを見下ろして、からかうように質問する。

 少しだけユリエはうつむいて悩む素振そぶりをみせたあと、彼女は真顔になって答えていた。

「いえ、失敗すれば私はどうなるかわからないので……だから、陛下お願い。これ、外して?」

 彼女は小首をかしげて、両手を自分の前に差し出した。

 そこには彼女の瞳と同じ、細長い緑色の宝石が輝いていた。







 私は思いきってあることを陛下にお願いした。差し出したのは両腕にきらめくブレスレットだ。

 陛下は強張こわばった顔の中、厳しい目線を私に向ける。

「お前に危険が及ぶとは聞いていない」

 そう言ってくるのを私は予想をしていたのよね。私は目を閉じて流行はやる気持ちを押さえつけた。

(ここからは慎重に行かなくちゃ。信じてもらうことが、成功への第一歩なんだから)


 だから真正面から、陛下を見上げて私の思いをぶつけた。

「私の覚悟は皆に話した。皆も私にたくしてくれた。私は逃げて後悔したくない。絶対成功させるために、出来る事全てやっときたい。たとえ駄目だとしても、やらない後悔よりやった後悔を私は選ぶ」

 皆が私と陛下を見守る。

 今の私はひとりじゃないから、

 きっと、きっと大丈夫。


 陛下は私の瞳の中に嘘偽りがないことを確かめたあと、両手のブレスレットに手を伸ばしてきた。

 たとえ失敗したとしても、バケモノ級の陛下がいればきっと大丈夫な気がするし、ね。





 ブレスレットを外してもらった世界は、色鮮やかに私を歓迎してくれた。

(知らなかった。こんなにも沢山の精霊がいたなんて!!)


 空は風精霊達によって優しい風が薫り、

 大地は土精霊達が沢山の草花で飾り立てることにせいを出す。


「凄いね。この世界ってこんなに沢山の精霊がいるんだね……!」

 私は陛下を見上げて素直に感動を口にする。陛下もそんな私を優しく見守ってくれている。

(この世界で私は沢山の人に助けられてきて、今がある。だから今度は私がこの世界を助ける番。ますますやる気が出てきてしまったわ!)

 私は両手を握りしめて、これから行う魔法の発動に気合いを入れ直した。





 屋上で精霊たちが集まって、争うように密集していた。重苦しい程の魔力の地場に駆けつけたラウールと城の他の住人は、奇跡を目撃する事となる。



    まわ

    めぐ

    私の中の 風と水

    一つにして

    空へ

    そらへ

    私は ゆりかご

    その為の 器

     



「やっぱスゲーわ! 陛下って!!」

 音さえ自由にならない感じで、ランドウェイが叫んでいる。

 風と水の魔力が渦巻く中、あまりの力に重力さえ狂う。そこにいる全員の視界がゆがんで見えたのは、あまりにも多く集まった精霊達が魔法使い達の呼び掛けに答えて集まった結果だった。

「俺ら全員の風魔力に対して同じ量の、陛下一人の水魔力!! ユリエの言うとおりバケモンだよ!!」

 微かに聞こえるランドウェイの声にシェーリーンは答える事も出来なかった。

 その渦の中心にいるユリエの事が、心配でたまらなかったからだ。

(早くしなさいよ。死ぬんじゃないわよ!)




    「う……んっ」


    体が内側から弾けそう

    苦しい 冷や汗が出る

    足りないのならば

    別の何かを足せばいい

    混ぜてひとつに すればいい

    冷たい風が 空へと昇る

    どうか この世界に

    潤いと 喜びを



    ―――――――――――


    はるか 空の彼方かなた

    まわる糸

    つむがれる 想いは 

    遠い記憶


    めぐる気持ちの中で 愛する言葉

    雲に乗せ届け あなたの元へ


    いつかきっと会える 

    その時まで

    雨に想い 託して 

    私は祈る


    ―――――――――――


 風と水を混ぜ合わせた混合魔法ユリエだけのまほう


 伸ばした手の先から紡がれた魔力は、光となって空へと昇る。

 それはやがて彼女を中心に雲を産み、空を包んで影を落とす。

 やがて、優しいしずくが大地を潤す。

 サァ、という優しい音と共に。


(良かった、上手くいったんだ)

 思わず私は、ホッとして気を抜いてしまった。


 それがいけなかった。






「……ユリエ……!!」

 ユリエの体が崩れるよりも先に陛下が抱き止めているのが見えた。


 ラウールはとっさに二人の元に駆けつけるが、言葉が出てくることはなかった。雨が彼女を濡らしていくが彼女のまぶたは閉じたままだったからだ。

 自分の視界が一気にゆがむのを感じて、その場に両膝をついた。


 ユリエが、息を、していない。


 陛下がユリエを抱いたまま厳しい表情でつぶやいた。

「……馬鹿者が。魔力の枯渇こかつだ」


 魔力の枯渇は命取り。


 周りの皆が、息を飲む。

 その間にも目が覚めないかと陛下は彼女を揺すり続けるが、その度に力なく腕が揺れる。

「ユリエが……死ぬ……?」

 ラウールは自分の声が震えている事さえ気付かなかった。

 自分の思いを伝える前に彼女が去ってしまうなど、思ってもみない事だったから。

 目の前すら真っ白になってしまったラウールには、このあと目の前で行われた行為の意味さえ、頭に入って来なかった。


 陛下は素早くユリエの体を確認する。胸の当たりに耳を付け、目をつぶって聞き耳を立てた。

(息はないがまだ鼓動がある。助けるならば、これしかない)

「……許せ」

 ユリエを抱きしめたまま、深く口づけた。

 自らの魔力を分け与えるために。


    生きよ ユリエ

    ラウールが わたし

    悲しむぞ


 握っていた手の指先がピクリと動く。


    私の魔力を 分け与えよう

    生きよ

    起きよ

    目を開け 息を吹き返せ


 白い頬に赤みが戻る。


    また私を見て 笑っておくれ

    ――我が 光よ


 そしてユリエの瞳は世界を映した。






「……陛下?」

 ここ最近は忙しかったからか、つい眠ってしまったみたいだった。かろうじて陛下にだっこされていることがわかった。

 包まれている安心感からか、余計に眠気を誘って困る。

(雨の中でも眠れるって、私ってホントに図太いなぁ)

 目の前に不安そうな、ホッとしたような陛下の顔が見えた。その後ろの空には、もう雨雲が薄くなって所々にお日様の光が見えていた。


 どこかで似たような事があったような気がするけども。

(……まぁいいか)

「成功したじゃん。約束のツケ、守ってよね?」

 ユリエは満面の笑みを、陛下に向けたのだった。









  












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