第101話 初恋の人はライバル

「さ、佐々木……どうしたんだい?」


 俺は『つねちゃん』と一緒にいるところを佐々木に見られて動揺していたが、何とか冷静を装い質問をした。


 佐々木もまた俺の横におそらく先程俺に手を振っていた女性が俺と一緒にいるところに遭遇してしまい内心は複雑な気持ちであっただろう。どう見ても顔に出ている佐々木であったが、俺と同様に冷静を装い話し出す。


「い、五十鈴君が昼食もとらずに慌てて外に飛び出してしまったから心配になっちゃって……それで五十鈴君のお弁当を持って探していたの……まさか、こんな所にいるとは思ってなかったからビックリしちゃったけど……あっ、これ……は…はい、お弁当……」


「えっ? わざわざ俺の弁当を持って来てくれたのかい? 何だか申し訳ないことをしたなぁ……佐々木ゴメンね。それに…あ…有難うな……」


 少し赤い顔をしている佐々木から俺は少し照れながら弁当を受け取った。


 すると『つねちゃん』が


「隆君、この子、とても気が利くし優しい子ねぇ? よければ先生に紹介してくれないかな?」


 『つねちゃん』がニコニコしながら言ってきたので俺は『ホントだ』と思い、慌てて紹介をする。


「この子は俺と同じ高校に通っている『佐々木真由子』さんって言うんだ。今はこの遊園地で同じ『アトラクション』でアルバイトをしているんだよ」


「さ、佐々木です。よ…よろしくお願いします……」


 佐々木は少しうつむき加減で『つねちゃん』に視線を逸らしながら挨拶をする。


 俺はそんな佐々木の態度が気にはなったものの、とりあえず『つねちゃん』のことも紹介をする。


「それでさ、佐々木……この人がさ、俺の幼稚園の時の先生で『常谷香織』先生って言うんだ。今は多分だけど佐々木の住んでる校区の幼稚園で働いているはずだよ……」


「つねちゃん……?」


 えっ?


 俺は何となく佐々木が小さな声でそう言ったように聞こえたので驚いた表情をしたが、『つねちゃん』は笑顔で佐々木に挨拶をする。


「佐々木さん、よろしくね? 佐々木さんって凄く気が利いてて優しいし、それに可愛らしいお顔をしているから、出会って間もないのになんだかとても好きになっちゃったわ。それに佐々木さんのお家は『北里台幼稚園』の近くなの? ということは佐々木さんもうちの幼稚園卒園生なのかしら?」


 『つねちゃん』が笑顔で佐々木にそう言うが佐々木は無表情で少しうつむき加減のまま、『ありがとうございます……はい、そうです……』とだけ言葉にする。


 そんな佐々木の態度に気を遣ったのか『つねちゃん』は一緒にベンチに座る事を勧め、佐々木はそれには素直に応じるのであった。


 しかし俺の心は穏やかでない。


 ベンチの中央に俺は座っていたのだが『つねちゃん』は乳母車を片手でゆっくり前後に動かしながら、俺の左横に座っている。


 対する佐々木は俺の右横に俺の身体に触れるのではないかと思うくらいにピッタリと座っている。


 この状況は一体、何なんだ!?

 この『初恋の人』と『一番好きだった人』に挟まれている俺は何なんだ!?


 なんだか呼吸が苦しい……

 勿論、弁当なんて喉に通るはずが無い。



 数十秒……俺にとっては長く感じる沈黙の時間が続く。


 しかし、その沈黙を破ったのは『つねちゃん』だった。


「佐々木さん?」


「何でしょうか?」


「佐々木さん、『北里台幼稚園』の卒園生って言ってたけど、実は私もなのよ」


「えっ? そ、そうなんですか!?」


 佐々木がさっきまでとは違う少し感情の入った反応をした。


「そうなのよ。それで私は『北里台幼稚園』の一期生でもあるのよ」


「そっ、そうなんですか!?」


 佐々木が少しだけ『つねちゃん』の方に身を乗りそ出そうとしたが、俺の横にピッタリと座っていた為に完全に俺の身体にくっついてしまい、お互いに『ハッ』として顔が赤くなる。


 佐々木は慌てて俺から少しだけ距離をとり座り直した。


 そんな俺達を見ながら『つねちゃん』は笑顔で話を続ける。


「当時の私の先生の名前が三百田さんびゃくたと言って、とても呼びにくい苗字だから私達は『さんちゃん』って呼んでたの。それで私もね『常谷先生』っていうのも幼稚園児には呼びにくいでしょ? それで私は皆に『つねちゃん』って呼んでもらうことにしたのよ」


 『つねちゃん』の話に佐々木は更に強い反応をし、急に立ち上がったかと思うと俺の前を横切り、手振りで俺に少し右に寄る様に指示したかと思えば俺と『つねちゃん』の間に腰をお降ろしたのであった。


 そして……


「わっ、私の担任もその『三百田先生』なんです!! そして私も『さんちゃん』って呼んでました!!」


「あら、そうなの!? それは凄い奇遇ね? 私、とても驚いたわ」


「はい、私も驚きました。まさか『北里台幼稚園一期生』で担任が同じだった方とお会いできるだなんて……」


 俺は二人の会話を聞きながら色々と衝撃を受けていた。


「『さんちゃん』とても面白くて優しい先生だったでしょ?」


「はい、凄く面白くて優しかったです。大好きな先生でした」


「私も大好きだったわ。そしてとても憧れた……だから私は将来、幼稚園の先生になりたいと思ったのよ……」


 そうだったのか!?


 俺は二人の会話になかなか入れない状態ではあるが、『つねちゃん』が何故、幼稚園の先生になったのかという理由が分かり、少し満足していた。


「そっかぁ……幼稚園の先生かぁ……」


 佐々木は少し意味深な言葉を呟いた。


「それでね。今、その『さんちゃん』は何をされているか分かるかなぁぁ?」


「えっ? なっ、何をされているんですか!?」


「フフ……『さんちゃん』はねぇ……今はその『北里台幼稚園』の園長先生をされているのよ。凄いでしょ? 私は憧れの先生と一緒に卒園した幼稚園で働いているのよ」


 突然、佐々木が立ち上がる。


「すっ、凄すぎます!! 私、鳥肌が立っちゃいました。とても感動しました!!」


「フフフ……これは余談なんだけど、昔ね、私の事を唯一『つねちゃん』って呼んでくれなかった超恥ずかしがり屋の園児がいたんだけどね……」


 えっ!?


「は、はい……」


「その子がね……私と最後のお別れの日に『つねちゃん』って呼んでくれたの。私、とても嬉しくて嬉しくて……佐々木さんじゃないけど、その時、私も感動して鳥肌が立ったわ……(ニコッ)」


 『つねちゃん』はそう言いながら俺の方を笑顔で見ていた。

俺は『あの時』を思い出し、恥ずかしくなり下を向く。


 俺がうつむきながら横目でチラっと佐々木を見ると、佐々木は俺の動きで察しがついたみたいでニヤッとしていた。


「あっ!! 五十鈴君、もうすぐ私達の休憩時間終わっちゃうよ!! そろそろ戻らないと!!」


「あっ、ああ、そうだね……」



 俺と佐々木は『つねちゃん』に大きく手を振りながら『ハリケーン・エキスプレス』に戻って行くのであった。


 その道中、佐々木は『つねちゃん』のことを気に入ったらしく、『凄い美人』『凄く優しい』『とっても品がある』『あんな女性になりたい』など、べた褒めしていた。


 俺としては『初恋の人』と『一番好きだった人』が以外にも意気投合してくれたのでホッとはしたが、やはりどこか複雑な心境でもあった。


 佐々木が最後にこう言った。


「五十鈴君の『初恋の人』が常谷先生だということはよく理解できたわ。だって同じ女性に私でさえ好きになっちゃうくらいだから……私にとっては『憧れの女性』であり、そして……」


 そして……?


「ライバルかな……」


「えっ!?」




――――――――――――――――――


お読みいただきありがとうございました。


意外と意気投合したつねちゃんと佐々木

隆もホッとした半面、少し複雑な気持ちもある。


そんな中、つねちゃんのことを気に入った佐々木であったが、帰り際の彼女の言葉に隆はドキッとするのであった。


この回で『アルバイト編』は終わりです。

(今後もアルバイト先での出来事はありますよ)


そして次回からは『新章』です。


どうぞ次回も宜しくお願い致します。

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