第98話 初恋の人と遭遇させたくない

 休憩が終わり、俺は現場に戻り『乗り物券受け取り場』の前を通り過ぎようとした時に佐々木が小声で周りを気にしながら聞いてきた。


「五十鈴君、さっきの人達は中学の頃のお友達なの?」


「あぁ、そうだよ。でも一人は俺の妹なんだけどさ……」


「えっ、そうだったの? 妹さんもいたの!? 五十鈴君の邪魔をしたらいけないと思って千枝子と一緒にボックスにいたけど、妹さんもいたなら紹介してもらえば良かったなぁ……」


 佐々木はとても残念そうな表情をしている。


「ゴ、ゴメン……妹達が突然ここへ来たもんだから俺も驚いちゃってさ……彼女達を佐々木達に紹介する余裕が無かったんだよ……」


 俺が申し訳なさそうな表情で謝ると佐々木は首を大きく横に振りながらこう言った。


「別にいいのよ。気にしないでいいから。私達も直ぐにボックスに『逃げ込んでしまった』し……それに五十鈴君の中学の頃の女友達を紹介してもらう気も無かったしさ……」


 そうだよな。佐々木に稲田達を紹介したところで彼女達がいきなり友達になるはずも無いしな……


『前の世界の未来』みたいにスマホでも有れば直ぐに連絡先交換ができて一緒に遊びに行く約束とかも簡単なんだけどな……


 ほんと『この世界』はというか、『この時代』は不便だよなぁ……

 携帯電話が普及するまでにもあと数年かかるからな。


「それで、あの中に五十鈴君の彼女はいるの?」


「へっ? いっ、いないよ!! いる訳が無いじゃないか!!」


 少し焦った声で返事をした俺に佐々木はニコッと微笑んだがどことなく意地悪そうな感じがした。そしてついに佐々木の口から一番ふれらたくない言葉が出てくる。


「あっ、そっか……五十鈴君は『幼稚園の頃の先生』が好きだったのよね? ってことは年上が好みなんだろうから、同級生には興味が無いのよね?」


 また、何て意地悪な言い方をするんだと内心、俺は思ったが、佐々木にはそんなことは言えないので作り笑顔をしながらこう答えた。


「ハハハ……別に俺は年上が好みとかじゃなくてさ……俺の好きな性格とか顏とかが、たまたま幼稚園の時の先生だったというだけで、同級生に興味が無い訳じゃないんだけどなぁ……」


「そうなの!? 同級生でも好きなタイプの人がいれば五十鈴君は好きになっちゃうの?」


 佐々木がまさかの質問をしてきたが、俺は動揺を隠しながら答える。


「か、かもね……そんな人が現れたらの話だけどさ……」


 俺は佐々木にこう言いながらも、心の中では『同級生の中で一番好きなタイプは君なんだ!!』『君の事を何年も想っていたんだ!!』と叫んでいた。


 しかし、そのことは『この世界』では絶対に言えない。

 この思いは一生、封印しなければいけないのだと、俺は自分に言い聞かせていた。


「今度はその幼稚園の時の先生がここに遊びに来てくれたら面白いのにね?」


 いや、全然面白く無いぞ!!


「ハハハ……それはどうかなぁ? 先生は休みの日でも結構忙しいし、なかなかここには来れないじゃないかなぁ……」


「えーっ? 遊びに来て欲しいなぁ。私も五十鈴君の好きな先生に会ってみたいしさ」


 勘弁してくれ!! 俺は心の中でそう叫んだ。


 もしそんなある意味『奇跡』なことが起こってしまったら、俺はバイトどころでは無くなってしまうし、下手をすれば逃げ出してしまうかもしれない。


 まぁ、情けない話ではあるが……


 いずれにしても俺としては『初恋で結婚したい人』と『前の世界で一番好きだった人』との接触だけはなんとしてでも避けたいものだ……


 ただ俺はこの時、佐々木との会話の内容がよくある『アニメ』や『ドラマ』のフラグになってしまっているということに気付いてはいなかった。


「ただいま~」


 俺と佐々木が話し込んでいると休憩を終えた大塚と根津さんが『ハリケーン・エキスプレス』に戻って来た。


 そして根津さんが俺の肩をポンと叩きながら小声で話しかけて来た。


「五十鈴君、さっきの子達、みんな可愛らしかったね? 中学の時の同級生らしいねぇ? 五十鈴君に会いに来たのかな? ほんと君はモテモテだねぇ……」


「いえっ、そんなんじゃ無いですからっ!!」


 俺は反論したが根津さんはニコニコしながら操縦席の方へと歩いて行った。


 すると今度は大塚が少し興奮気味に俺に問いかけてくる。


「ねぇねぇ、さっきの女子の中に五十鈴君の妹さんがいたんでしょ? それで名前が『奏』ちゃんっていうのよね?」


「えっ? なんで大塚が妹の名前を知ってるんだよ?」


「それはさっきまで一緒に休憩していた高山君が教えてくれたのよ」


 なるほどな。高山から聞いたのか……


 しかし大塚の話はここで終わらなかった。


「それよりも高山君の奏ちゃんに対する想いを聞いていたらおかしくて、おかしくて……」


 高山の奏に対する想い……?


「えっ? どういうこと?」


 更に大塚は興奮した口調で話し出す。


「高山君がさぁ、『奏ちゃんは隆に似ず、本当に良い子』だとか『うちの妹と比べても可愛い過ぎる』とか『奏ちゃんなら将来、俺のお嫁さんにしてもいい』とか……」


「なっ、何だって!? あ、あのバカやろう……」


「それと最後にこうも言ってたわ。『でも、隆が義理の兄貴になるのはご免だ』って」


「俺もご免だよっ!! ってか、ケンチの奴……奏のことをそんな目で見てたのかよっ!!」


「あっ、それから……」


 まだあるのかよ?


「奏ちゃん、私達と同じ高校を受験するらしいよ……」


 げっ、絶対に高山と同じ高校に入りたいだけじゃないか。


 っていうか奏は意外と勉強出来なくて『前の世界』では公立を落ちてしまい、ギリギリ何とか私立でヤンキー女子がたくさんいる女子高に入学できたくらいなんだぞ。


 そんなレベルの奏が俺達の『青葉東高校』に合格できるとは思えないんだが……


 いずれにしてもこれから奏と高山の行動を注目しておかなければ……

 高山の離婚相手が奏になってしまったら大変なことだからな。


「それにしても五十鈴君と高山君ってある意味、『真逆のコンビ』よね?」


 佐々木が怪しげな笑顔でそう言ってきたので俺は『どういうこと?』と質問をしたのだが、帰って来た佐々木の言葉に俺は何も言えず、大塚は大笑いをした。


「だってそうじゃない? 五十鈴君は『年上好き』で高山君は『年下好き』なんだし『真逆のコンビ』じゃない……」


「ほんとだぁああ!! ワッハッハッハッハ!!」


 大塚の笑い声が園内に鳴り響き、『ハリケーン・エキスプレス』の前を歩いているお客さん達が『何事か?』といった感じで一斉に振り向き、そして吸い込まれる様に『ハリケーン・エキスプレス』に乗り物券を片手に近づいて来た。


 結局、大塚の笑い声のお陰かどうかは分からないが閉園時間までお客さんが途切れる事は無かった。



 俺は身も心もヘトヘトになりながら帰宅したのは言うまでもない……




――――――――――――――――――


お読みいただきありがとうございました。


『真逆コンビ』と命名された彼等は今後どうなっていくのか?

というか、隆はこれから高山と奏の行動に気が気じゃないでしょう......


そして『つねちゃん』が......


ということで、次回もどうぞお楽しみに。

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