第15章 アルバイト編

第91話 初恋の人と結婚する為に俺は攻める

 【五月下旬の昼休み】


 俺は最近、羽田や南川と休み時間一緒にいる時間を長くとっている。

 それは、もうそろそろ大塚達が俺達……いや、羽田達に『遊園地でのアルバイト』の誘いをしてくるだろう思っているからだ。


 だがしかし、いっこうに大塚達は俺達に近寄る気配が無い。


 おかしいなぁ……新見情報では『ホームルーム合宿』の夜、大塚は羽田のことが好きだと言っていたそうだし、最近、大塚、北川、そして佐々木の三人は『遊園地』に遊びに行ったという情報も入っているんだ……


 おそらくその日に彼女達は三田さんから『アルバイトの誘い』を受けているはずなんだが……


 まさか、これに対しても少し『未来』が変化しているというのか?

 いやいや待ってくれ!! それは非常に困る。


 ん? いや、別に困ることでもないか……?


 逆に『遊園地でのアルバイト』の話が無い方が俺が佐々木と接する機会も減るし、その方が余計なことを考えずに済む。


 そうだよな。『この世界』で俺が『遊園地でアルバイト』をしても何も意味が無いかもしれないな……今頃、気付いたよ。


 人生経験にはなるが、俺は『前の世界』で『遊園地でのアルバイト』は経験済だし、記憶にも残っている。だから何一つ不自由な事は無い……


 でも本当にそれで良いのか?


 『この世界』で俺が『つねちゃん』と結婚する為には色々な『試練』が待ち構えていたのではないのか?


 今の俺の中の『最大の試練』は佐々木真由子だ。


 俺が人生で『一番好きだった子』……その思いを完全に断ち切ってこそ『試練』を乗り切ったことになるのではないのか?


 もしかしたら、水井とのかかわり方や佐々木との出会い方だけで『試練』を終わりにしてくれるのか? そんな簡単なものでいいなら俺にとっては有難い話だが……


 俺はそんな事を考えながら羽田達と別れ教室を出た。

 そして俺はトイレに行こうと廊下を歩きだした途端に声をかけられる。


「五十鈴君、ちょっといいかな?」


「えっ?」


 俺は声をかけてきた人物の顔を見て驚いた。


「おっ、大塚……? な……何? 俺に何か用かい?」


 大塚の両隣には北川と佐々木が立っている。

 ま、まさか、この状況で……それも俺なんかに声をかけてくるなんて……


 すると大塚が何か言おうとした時に佐々木が先に満面の笑顔で俺に話しかけてきた。


「い、五十鈴君……この間の『合宿』の時はありがとね。とても助かったわ……」


「い、いや、俺は大したことはしてないよ……それよりも火傷はもう大丈夫なのかい?」


「うん、もう大丈夫よ。傷口もほとんど消えてきたしね」


「そうなんだ。それは良かったよ……」


 俺と佐々木がそんな会話をしていると大塚がしびれを切らした様な表情をしながら俺達二人の間に入って来た。


「マーコ、挨拶はそれくらいでいでしょ? そろそろ五十鈴君に『本題』をお話したいのだけれど……」


 『マーコ』……そうだったな……佐々木は親しい友人達からは『マーコ』と呼ばれていたんだよな……そう言えば最終的に佐々木と付き合う事になった三田さんも『マーコ』と呼んでいたよな。


 俺はそれがとても羨ましく思っていたんだよなぁ……

 あれだけ佐々木と仲良くなっていた俺なのに、そう呼びたくても恥ずかしくて『マーコ』とは呼べなかったんだよなぁ……


 『前の世界』の俺は今思い出しても本当に『恥ずかしがり屋』で『ヘタレ』な性格だったと思う。なんてったって『つねちゃん』のことも俺だけ『つねちゃん』と呼べなかったくらいだから……


「それで『本題』って何?」


「実はね。私達この前の日曜日に『エキサイトランド』に遊びに行ったんだけど、そうしたらアトラクションのスタッフの人に声をかけられてさ……それでその人が言うには『夏休み前にアルバイトを増員したいから君達三人どう、やってみない?』って言われたの……」


 大塚がそこまで俺に説明すると続いて北川が話し出す。


「それでね、私達次の日曜日からアルバイトをする事になったんだけど、アルバイトの誘いにはまだ続きがあって、『男子も三名くらい欲しいから君達の学校の男子も声をかけてくれないかい?』って言われたのよ」


 北川がそこまで話すと、再び大塚が話し出す。


「それでもし五十鈴君さえ良ければ、私達と一緒に『エキサイトランド』でアルバイトしてみないかなぁって思ったんだけど……ダメかな……?」


 俺はいずれ『アルバイト』に誘われる事は分かっていたが、今の俺の心の中は『違和感』しか沸いてこない。


 大塚の最後の何か『しおらしい』言い方も違和感の対象なんだが、一番違和感を感じるのは何故、羽田達ではなく俺を誘うのだということだ。


 それにあれだけ羽田達と一緒にいたにも関わらず、俺が単独になった時に『アルバイト』の誘いをしてきたんだ? 


 一体どういうことなんだ……?


 おかしい……やはり『この世界の未来』は少しずつ変化していっている……


 俺はそんな変化している未来を少しでも元に戻そうと思い、残りの二名は羽田と南川に声をかけていいか? と大塚達に問いかけたのだが……


「うん、五十鈴君が一緒にバイトしやすい人だったら別に誰でも構わないわよ」


「へっ、誰でも……?」


 俺はまさかと思ってしまう様な返答を聞き、目を丸くして驚いたが、彼女達は顔色一つ変えることは無かった。


「それじゃあ、この二、三日の間に残りの二人を探してちょうだいね? それで決まったらまた私に教えてくれるかな? 私からバイト先の事務所に電話をすることになっているから……」


 大塚がそう言うと俺はあまり元気の無い声で


「あ、ああ……分かったよ……」



 話が一通り終わると大塚達は佐々木のクラスの教室に入って行こうとしていたが、その際、佐々木が俺の前を横切る寸前で一瞬立ち止まって俺の顔を覗き込む。


 『中身がおっさんの大人』の俺としては非常に悔しいことではあるが思わずドキッとして顔が熱くなる。

 

 そんな佐々木がニコッとしながらこう言った。


「五十鈴君、それじゃよろしくね? 一緒にバイトするのがとっても楽しみだわ……」


 そう言うと佐々木も大塚達の後を追い、自分のクラスの教室へと入って行くのであった。



 そんな彼女達を見送った俺は廊下の真ん中でしばらくの間、茫然と立ち尽くしていた。



「おーい、隆~? お前、何廊下の真ん中でボーっと突っ立っているんだ?」


 あれだけイヤっていう程、毎日聞いていた声なのに、今は何だかとても懐かしく思ってしまう声がする。


「ケッ、ケンチ!?」


「よぉ、久しぶりだなぁ? 俺達、教室が結構離れているし、授業も一緒に受ける機会も無いからお互いに全然顔も見ないよなぁ……隆は元気にしてたかぁ?」


 高山の声を聞き、そして顔を見た俺は何だかホッとした気持ちになり、心が癒された感覚になってしまった。何故だか一瞬、涙が出そうになった。


 高山に会っただけでそんな感覚になってしまった事に俺は少し悔しい気持ちも沸いてきたけどな……

 


「あ、ああ……俺は何とか元気にしているよ。ケンチはどうなんだ?」


「俺は中学の時と同じでマイペースでボチボチと元気にやっておりやすよぉぉ……」



 俺は高山を見てある考えが浮かび、『脳内会議』が始まった。


 これだけ頑張っても『この世界の未来』が少しずつ変化していくのなら、俺からも一つや二つ、『未来』を変えても良いじゃないか……


 よく考えれば小学生の時も中学生の時も俺から色々と『未来』を変えようと『努力』していたじゃないか。そしてその『努力』が報われて幾つかの事柄が変わっていった……


 石田だって『この世界』で彼女は必死に努力をして『自分の死に方を変え寿命を少しだけ伸ばし』『一緒に死ぬはずだった母親の命を救い』『伝えたかった事を伝えたい人に伝える事ができた』……


 『自分の未来』を変えたじゃないか。


 そいう経験を散々してきたし、見てきた俺なのに高校生になった途端、俺は何故だか『無難』に『前の世界』の通りに進めようとしていたような……


 それって『守り』……いや、ある意味これは『逃げ』だよな!?


 逃げても無駄だ。無駄なんだ……

 逃げたって追いかけられるし、追いつかれもする……

 

 それならいっその事、『攻めて攻めて攻めまくる』方が逆に良いのではないか……?


 『つねちゃん』と結婚する為にはその方が正解なのかもしれない……


 俺の『脳内会議』の結論が出た。

 

 俺は高山にこう言った。



「なぁ、高山? 俺と一緒に遊園地でアルバイトをしてみないか?」




――――――――――――――――――


お読みいただきありがとうございました。


この回から新章『高校一年・アルバイト編』のスタートです。


本来なら羽田と南川と一緒にアルバイトをするはずだった隆だが、彼がアルバイトに誘ったのは中学の頃の同級生、高山だった。


『前の世界の未来』と違う未来でも攻めて立ち向かうと決めた隆

これから隆にどんな『未来』が待ち構えているのか?


ということで次回もお楽しみに!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る