第8話 初恋の人と違う人

 夏休みに『つねちゃん』に会いに行くと決めた俺……


 しかし一つだけ障害がある事に気が付いた。


 俺はお金を一円も持っていなかった。


 そう、『つねちゃん』の自宅まで行く為の電車賃が無いのだ……

 恐らく往復で三百円は必要だろう……

 最低でも片道分の百五十円は無いと『つねちゃん』の自宅までは行けない。


 『つねちゃん』の家は俺の家から駅三つの所なので『現実』の俺なら歩いてでも行ける距離だが、小学一年生である今の俺ではかなり厳しい距離だ。


「くそっ、『学力』だけでなく『体力』まで、『こっち側』だとはな……」


 自分に都合が悪い状態に追い込まれると俺はついつい愚痴ってしまう。


 しかし、愚痴っている場合ではない。何とかしなければ……


 母さんに頼み込んで、お金をもらおうか……?

 それとも母さんに預けてある『お年玉』の一部をもらおうか……?


 いや、無理だ。

 まず、その金を何に使うのかを聞かれるだろう。

 もし、そう聞かれたら、俺は何て答えれば良いのだ?


 そんな事をあれやこれやと考えていると、俺を呼ぶ母さんの声がする。


「隆~」


「な、何、お母さん?」


「あんた、結構髪の毛伸びてきたわね? お金渡すから『散髪屋さん』に行ってきなさい……それにあんた、もう小学生だから一人で行けるわね?」


「う、うん……」


 おっ、思い出したぞ!!


 そうだ。昔、俺が小さい頃は『散髪屋』に行って、お金を支払った後、帰りにマスターが「はい、これで好きなお菓子でも買っといで」と言いながら五十円をくれたものだ。


 よしっ!!

 何とか『散髪』のお陰で五十円はどうにかなりそうだ……



 そして案の定、散髪屋のマスターは俺に『お小遣い』という形で五十円の『キャッシュバック』をしてくれた。


 この五十円は絶対に使えない。

 大事に保管しなくては……



「五十鈴君、何をニヤニヤしているの?」


 俺が本当にニヤニヤしていたのかはよく分からないが、声を掛けてきたのは近所に住む、クラスのマドンナ『寿久子ことぶきひさこ』だった。


「えっ? ああ、寿さん……べ、別に何でもないよ……」


「ほんとにぃぃ?」


「ほっ、ほんとだよ……」


 寿は疑うような眼で俺の顔を覗き込んでくる。


 昔の俺は寿とのこんな会話でも恥ずかしくて出来なかっただろう……

 っていうか、まず寿から俺に話しかける事なんてあり得なかった。


 俺は今、『奇跡』を『普通』に味わっている。


「じゃあ、何で五十円玉を見ながらニヤニヤしていたの?」


 こっ、こいつ、見てたのかよ!? 何てイヤラシイ女だ!!


 と、一瞬思ってしまったが、相手は子供だ。

 まさかそんな『駆け引き』何て出来る歳でもないだろう……


 俺は寿に『大人らしい』咄嗟の返しをした。


「実は今度の夏休みにさ、一人で電車に乗って行きたい所があるんだけど、電車賃が無くてさ……お母さんに言っても、きっと一人で電車に乗るなんて危ないからダメって言われるだろうから何とかお金を貯める方法が無いかなって考えていたら、さっき『散髪屋』のおじさんに五十円もらったから、それが嬉しくてニヤニヤ?してたんだと思う……」


 どうだ、寿?

 これが『大人』だ!!

 もう、これで納得して家に帰るしか無いだろう!?


「へぇ、五十鈴君って一人で電車に乗れるんだぁぁ……? 凄いなぁぁ…。私は絶対無理だなぁぁ。本当は一緒について行きたいけど、二人でもうちのお母さんなら絶対ダメって言うと思うから……」


 へっ?

 寿さん、アナタついて来たかったのか?


「でも、私も五十鈴君に協力したいから……これあげる……」


 寿はそう言うと、すっと俺に百円を差し出した。


「えっ!? そ、それはダメだよ……も、もらえないよ……」


「いいの、いいの。これは私のお小遣いなんだから別にいいの。その代わりに今度、一人で電車に乗って行った時のお話を聞かせて? ねっ?」


 寿は満面の笑顔で俺に手を差し出している。

 そして俺が百円を受け取るまで帰らない様子だったので、俺は仕方なく、お金を受け取った。


「あ、ありがとう……寿さん……そっ、それとさ……」


「分かってるって。この事は『二人だけの秘密』にしておくね」


 俺は寿に『借り』が出来てしまった……

 後でうまい具合に誤魔化す『土産話』も考えないといけなくなってしまった。



 でも俺はこれで『片道切符』のお金は手に入れた。

 後は実行あるのみだ。


 『つねちゃん』の所に行くのに『手土産』は持って行かなくて良いのか?

 ふと、そんな事を考えてしまう『大人』の俺がいた……






――――――――――――――――――――



お読みいただきありがとうございました。


いよいよ次回、隆は『つねちゃん』と再会!?

果たして再会した二人はどんな会話になるのでしょう……


もしよろしければ☆を頂けると感無量です(≧▽≦)

感想お待ちしておりますm(__)m

次回もお楽しみに(^^)/

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