霜を踏み躙るもの9
急な更新。
ティンダロスの猟犬、時の腐肉喰らい。
時間の「角」に住む彼らは、人間を含めた生物の大半が「曲線」を先祖としているのとは違い、「直線」と「鋭角」を先祖にしています。この概念は非常に難しいのですが、トーカ曰く「自分の体を展開したり畳んだりしてる感じ」らしいです。分かったような分からないような、実に曖昧な説明ですね。ちなみに異空間「ティンダロス」の内部の状態はトーカも見たことがないそうです。
「……とまぁ正直あんまり良く分からないんですよね、ティンダロスの住人って」
「そんなことよりマジでどうすんだあのデカブツ!?」
「いろんなとこから出てきてびっくり箱みたいです!」
「角から角に『跳ぶ』能力持ちだからね」
「つまり?」
「逃げたところでどこまででも追いかけてくるので早いとこ迎撃します」
とはいえ、相手はクトゥルフ神話TRPGにおいて「もっとも出会いたくない」とまで評されることもある強敵。動きを見る限り狙われているのはおもに私のようなので、最悪2人だけでも逃がすつもりですが……。
と、猟犬のほうに動きがありました。ほうほう、上体を持ち上げて、口と思しき部分をすぼめて? ……あっ、なんか口から出てきた。横、は2人がいるから上っ!
「そぉい!」
あぶないですね、なんてことするんですか。口から生えてきた針……もしかして舌、でしょうか? 何はともあれ掠っただけで済んだのは僥倖です。怪物、針、口から出てくるとくれば次に来るのは「ドレイン」でしょうから。
「……?」
「先輩!?」
「おいっ、どうした」
「いえ、何故か足に力が……」
慌てて目をやると、ふくらはぎに孔が。痛みはないですが、なんとなく喪失感があります。即座にステータスを確認すると「状態異常:移動妨害(18)」が付与された上にPOWが減少していました。というかもしかしなくても特に記述がないあたりPOW減少は永続……? 大変です、いきなりキャラロストの危機がやってきました。
……。
………。
…………ぶっつけ本番、試しますかぁ。
「あー、うーん、えーっと、2人ともちょっと私の後ろに隠れてもらっていい?」
「えっ、なん「了解です!」っぐえ、ラピス、そこをもって引っ張るんじゃねぇ!」
確定条件、「敵を打ち倒したい」という強い感情を抱いている。
仮定条件1、勇者の覚醒のテンプレに沿っていれば、いつだってピンチに力を覚醒するのは何かを「守る」側である。
仮定条件2、何かを「奪われている」というのも勇者の覚醒には付き物である。
仮説、何かを「打ち倒したい」「守りたい」「取り返したい」という3つの条件を満たせば件の「覚醒」とやらを再現できるのではないか。
「っふ!」
突然動くようになった足に力を込め、跳躍。猟犬が射出する舌は故意に身体に穴をあけることで回避し、さらに距離を詰めます。思わず、といった様子でたじろいだ猟犬に肥大化させた右腕を振り上げ、
「これが、想いの力です」
轟音。
過去一威力が出たであろう叩きつけは猟犬を粉砕し、無数の三角形へと変えました。
「ペッペッ、砂埃が口に入るのが難点ですね」
「おいコロナ、お前まさか今の『覚醒』か?」
「ええ」
目を白黒させながら近づいてきたチャッカマンさんに先ほどの仮説を伝えます。ちなみにラピスは衝撃はに目を回してしまったのか辺りをふらふら歩いているようです。
「はー、成程。たしかに『らしい』といえば『らしい』条件だな。それにしても、コロナがそんな強い感情を抱くタイプだったとは」
「あ、いえ、感情自体は弱かったですよ。そこは並列思考を使って数を稼いで強い感情を抱いてるとAIに錯覚させました」
「なにその情緒も何もない覚醒」
「戦いは数だよ、兄貴」
「そういうことじゃないと思う」
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