万を越える妄執とただ一つの願い14
「だぁーっ、逃げろ逃げろ逃げろーっ!」
ぺぺさんの声が響きます。
「ロンチーノ、言ってることは尤もだけど、背負われてる身分だって分かってる?」
「……ラピスも、重い」
「酷い!?」
「お姉ちゃん、やっぱり私だけ転移で逃げちゃダメ!?」
「ダメ、腹立たしいから」
私、マイカ、ロンチーノさんは人を背負っているというのに1人だけ手ぶらなのも腹立たしいです。
「お姉ちゃん非道い!」
「うっさい、それよりさっさと逃げるよ! それともアレに飲み込まれたい?」
私は後ろのソレを一瞥してトーカに聞きます。
「それだけはいやだーっ!」
どうしてこんな状況になったのか。それを説明するには5分ほど前に時間を遡る必要があります。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「グ……見事。最初から君の手の上だったってことか」
致命の一太刀を受け、倒れ伏したエイブラハムが呟きます。アンデッド性が抜けたからでしょうか、随分と聞き取りやすい声になってますね。
「ええ、さっき言ったでしょう? 『私と駆引きで勝とうなんて100年早いですね』って」
「ハハハ、君には何万年あろうと敵いそうに無いな。ゴホッ、ガハッ! ……君になら、君たちになら娘を任せられそうだ」
エイブラハムさんが吐血しながらそう呟きました。
そういえばそんなこと言ってましたね。恐らくあそこにいるガラス筒の少女のことでしょうが……
「彼女、死んでますよね?」
「いや、生きてる。正確には、ゴホゴホゴホッ! ガハッ! ……い、生き返る一歩手前、の筈だ」
エイブラハムさんの吐血がかなり増えてきました。恐らくそう長くは持たないでしょう。
それはそうと生き返る一歩手前、ですか。
「つまり、なんらかの条件を満たせば生き返ると?」
「ゴホッ、あぁ。条件について説明する時間は、残念ながら私には残されていない。ぐ、ゴボッ! ……まぁ、もうじき、落陽の際に分かるだろう」
「落陽……」
常昼……落陽……夜?……いえ、今は置いておきましょう。
「ゴボゴボ、ガボッ! …さて、もう私長く無い。早めに逃げるといい」
「逃げる?」
「私が死ねば、中の腐肉が吹き出す。三万人分の腐肉だ、どうなるか想像はつくだろう? ぐっ!? ぶっ、がっ…っ!」
そう話す間に、早くもエイブラハムさんの身体は膨張し始めました。
……。
振り返り、メンバーとうなずき合います。
どうやら考えは皆同じようですね。
「逃げますよ。マイカはラピスを、ロンチーノさんはぺぺさんを背負ってください。後衛職が逃げ切れる速度だとは思えないので。私はガラス筒の少女を背負います。あとトーカは転移禁止ね」
「「「「了解!」」」」
「りょーか……え!?」
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トーカの転移は便利ですが、他人とともに飛ぶには転移先の直角が見えている必要があります。
なので……
「見えた、出口です!トーカ頼んだよ!」
「あぁ、そういう……腹立たしいからってだけじゃなかったんだ。みんな、私に掴まって!」
ラボの外に出ると同時にグロック擬きでサイコロを遠方へ発砲、一拍おいて視界が突然切り替わります。
「た、助かりました……マイカさん、ありがとうございました!」
「……つかれた」
「いやぁ、つかれたなぁ……」
「妹ちゃんさまさまだね……」
「いえいえ、これぐらいやるよ……」
とりあえずは全員無事のようです。あぁ、疲れた……。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
エイブラハムから噴き出した三万人分の腐肉。それは「腐敗した聖域跡地」の一画を飲み込み、新たなフィールド「妄執の朽ちた果て」を生み出した。
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