戦闘の裏で

 

「沢渡隊長!」


 後ろから周防の声がする。

 沢渡が後ろを振り返ると、そこには日比野、周防と芹澤がいた。

 さらにその背後には、戦闘準備をした早乙女率いる第三小隊が待機していた。


「で、どうするんだい沢渡のダンナ。この怪人……」


「そうだな……」


 ペヅマウを見据えて、沢渡は背後にいる隊員達へと命令した。


「お前ら全員待機。」


「は?」


 そう告げられ、隊員全体が動揺したのは言うまでもない。

 強大な敵を目の前に、何もせずただ指を咥えて見てなどいられるものか。


「俺と京極の二人で行く。早乙女、永友、第一小隊と第二小隊の指揮を一時的に執ってくれ。」


「ちょっとムチャよ!いくら二人でも、流石に……」


 沢渡の指示を聞いて、永友が思わず声を上げる。

 だが沢渡は相も変わらず、ペヅマウを見据えていた。


「あの煙が一人一人の相手をできるってことを考えると、多勢に無勢だろう。」


「いやでも……人が多いに越したことはないんじゃ……」


 沢渡の発言に疑問を持った周防が、思わず沢渡に尋ねた。


「いや、それだとただ戦力が分散されて終わってしまう可能性がある。ただ撹乱されるよりは、こっちに標的ターゲットを絞らせることが出来るのなら……」


 沢渡がペヅマウを見据える。

 当の相手は、様子を伺うように距離を取った。


「あの怪人は、俺ら二人を間違いなく警戒している。だからこそ煙での時間稼ぎじゃなく、煙を使った上で撹乱なんて面倒な真似なんかせず、俺らを殺そうとするだろう。本気でな。お前らは、をつけ。」


「それじゃあ二人が……」


「あいつ相手に時間を稼げる上で、生きて帰って来れる自信が一番あるの、俺と京極と鳳華院くらいだろう。」


 沢渡は背後にいる周防を見て、答える。


「力技だが、俺にはこれしか思いつかん。」


 そして沢渡は周防から目を逸らし、笑みを浮かべながら続けた。


「心配するな。代わりと言ってはなんだが、絶対にスキは作る。」


 レーザートンファーを構え、深呼吸する。


「さて、やるか……」


 隣にいる京極が二刀のレーザーサーベルを構えた。


 二人が構えたのを見て、早乙女と永友が二人から距離を取るよう指示した。


「昔だったらやってたか?沢渡。」

「やるわけないだろ、こんなしょっぱい役回り。一文にもならねえ。」

「じゃあ、なぜやるんだ?」


 京極の質問に対し、沢渡はため息混じりに答えた。


「……安定してきたからな、金は。あとはその金を継続的に受け取るための命を散らさねえだけだ。」


 答えを聞いた京極は思わず吹き出して笑った。


「なるほど、ずいぶんとクールだな。」

「お前が言うか?野心の塊みたいだったお前が……」

「さあな。昔話はその辺にしておこう。」

「おいおい……」


 あからさまに話を切られた沢渡が不満げに言葉を漏らすのを最後に、その場に静けさが訪れた。


 その静けさは、ただの静寂では無い。


 戦が始まる前の、異様な静けさ。

 空気が張り詰めている。

 緊張と緊迫で張り詰めている。



「いくか。」

「ああ。」



 二人が踏み出した時、



「対象を発見。」



 背後からある集団が来た。



『こいつは……』



 その集団は早乙女と永友が率いていた集団を割って現れた。



 その集団は彼らにとっては異質だった。



 なぜなら。

 そこにはいてはいけない、いないはずのないメンツが揃っていた。


 その集団は、どちら側にとっても静けさを裏切る異様さを印象づけるものであった。



 ♢♢♢



『これは……一体……!?』

『やはりか。』


 驚いたような声を上げたモウィス。


『……来たな。』


 裏切り者……


 フェルゴールはその先の言葉を飲み込み、その異様な状況を俯瞰していた。


『そういうことデスネ……フェルゴール。アナタの言う面白いコトとは……』


『ええ、そういうことです。』


 レブキーの問いにこう答えるフェルゴールは感情をあらわにせず、淡々と答えた。


 かといって、彼が"裏切り"というババルスォこと、村主啓の行為に対して怒り……あるいは別の感情を抱いたのか?

 いずれにせよ、レブキーにとっては分からぬものであった。


『確かに面白いコトに変わりはないデスガ……ワタシの作品が同士討ちだなんて……アア!興味深いという探求欲とどちらかは壊れるかもしれないというショックが……』


『それで、どうする?』


 フェルゴールがレブキーに問いかけると、レブキーは考える素振りを見せてから答えた。


『ワタシ一個人の意見では、連れ帰れ。デス。』

『……じゃあ無理だと思いますよ。』


 即答で言い放つフェルゴール。


『弱ければ必要ないデスからネ……ですが、それ以前の問題がありマス。』

『それ以前の問題……』


 レブキーが笑みを浮かべながら、言葉を続ける。


『アナタのようなゼスタート様に「ツカエル」存在であれば何も無いデショウ。シカシ……アナタと同じように意思を持ち合わせながら、地球人側に加担するような意思を持ち合わせるのなら話は別デス……ババルスォのように。』


 確かに、人間の感情を持ち合わせるなら


『じゃあ、どうする?片方は暴走、もう片方は裏切りときてますが……俺はラヴェイラのように暴走したデベルクの暴走を止めて回収する自信はないぞ。暴走しているなら、以前のブウィスタのようなケースも有りうるデス。』


 ここで「爆発した」などというワードは出せない。

 モウィスがいるからだ。

 ただでさえ、ここまで暴走という状態がいかなるものであるかを実際に目の当たりにしているモウィスに「暴走しろ」などとは言えない。

 だからこそ、自らの暴走を促そうとするし、デベルク自身には自ら暴走を望んで欲しいのだが……

 ただでさえ、自分以外のデベルクをほとんど見たことがないフェルゴールでさえも、分かってしまうほどに"普通とはおかしいちがう"純粋なデベルクが。あんなことをフェルゴールに言って暴走を拒否するデベルクが、"爆発"という言葉ワードを聞いて、暴走を望むだろうか?


 答えはNOだろう。


 だが、自分から暴走を望む可能性はゼロではない。

 だからこそ、少ない可能性は出来るだけ残すべきだ。

 例え自分から暴走を望む確率が1%であったとしても。


『爆発されても困りマスが……暴走を乗り切ったケースがフェルゴール、アナタしかいないのデス。』

『馬鹿……』


 サラッと言ったレブキーに思わず言葉が漏れてしまったフェルゴールだったが、素知らぬ顔でレブキーは話を続ける。


『暴走を乗り切った先に、アナタのようにデベルクは強くなるのか……はたまた一体どうなるのか……興味は尽きないデス。実際、可能性が無さすぎて、アナタが暴走を抑えるまでアタマから抜けたデスからネ。』


『それで。結局、どうするんです。』


『フム……』


 レブキーは笑みを浮かべた。

 ただその笑みは楽しげな笑みではあるが、先程とは違う……言うなればこう、イタズラを思いついたような子供のような笑みであった。


『暴走が終わるまで回収しなくていいデス。ペヅマウは爆発するなら、するでいいデス。それで多少なりとも、地球人に被害が出るのならイイのデスが。ババルスォの方は……アナタに任せます。』


『いいんですか?俺に任せて。』


『"信用"してマスから、アナタを……デスネ。』


『成程……嬉しい、理由だ。』


 思わず零れた本音。

 自分が長い時間をかけて築きあげてきたもの。

 地球という星の時間が一年を数える中……自分はおそらく、宇宙に居たためか一年よりもずっと長い時間、信じて付いて来たにやっと追い付き、やっと認めて貰えたのかもしれない。

 ヴァルハーレやゲンブから、成長を認める言葉をくれたことはあった。


 けれども、レブキーからこうやって"言葉"という形で表してくれたのは初めてかもしれない。


 ヴァルハーレやレブキーは"師匠"という側面があったが、レブキーとはどちらかというと、友人関係に近かった。

 だが、友人ではない。

 例えるなら、面倒を見てくれる仲のいい先輩だろうか?対等ではないから。


 そんな彼からのさり気ないこの一言。


 ただただ、純粋に嬉しいと感じた。思った。


 自分が人間だったこと。

 人間として死んで、怪人として生まれ変わったこと。


 こういう時に、後悔をしなくなる。

 こういう時に、人間としての感情が残っていて良かったと思える。


 フェルゴールは、誰にも悟られぬよう……ひしひしと、静かに高揚を感じていた。


『どうか、したデスか?』

『……いいえ。』

『そうデスか……ああ、そうデス、』


 レブキーが何かを思ったのか……頷いてそう言うと、思い出したかのように言葉を続けた。


『仮にババルスォがコチラ側に戻るなら、問題ないデス。使えなくはないデスからネ。逆に使えなさそうであれば……』


『殺してしまって構わない……か。』


『そういうことデス。』


 頷く、レブキーはどこか嬉しそうにも見えた。

 気の所為かもしれないし、実際本人がそんなこと思っているかどうかなんて分かるわけもないが……

 レブキーがそう思ってくれる時が、あるのだろうか。


『了解した。じゃあ……』


「待つデス、フェルゴール。」


 フェルゴールが通信を切ろうとすると、レブキーが呼び止めた。


『ついででいいデス。帰りに"こーひー"?とやらを買ってきて欲しいデス。気に入ったデス。』


 レブキーはそう言うなり、連絡を切った。


『……気に入ってるし……』


 モウィスが通信を終えたことに気づき、フェルゴールに話しかけた。


『通信は終えたのですか……あなたと、ヒトケタとの。』

『ああ。』

『ほほう……』


 フェルゴールの頭の片隅で、モウィスが気づいていないことを祈る気持ちと気づいていないだろうという早とちりの安堵が交錯する。


 すると、モウィスが口を開いた。


『暴走するつもりは無いですからね……この私は……』

『……』


(やれやれ……ダメそうだ。)


 そう思い、半ば本気で諦めたフェルゴールは、やがて戦況を俯瞰するのであった。

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