伝えたい

 

「鳳華院さん、」

「何か用か。王城のご令嬢。」

「……やめてください。」


 王城が目を逸らして答えた。

 そして、最も重要な問題について尋ねた。


「怪人のことですが……大丈夫なのですか?」

「問題はない。何かあっても、俺が。」


 確信があって、彼は言っていた。

 絶対にそうできるという確信だ。

 だからこそ、何かがあっても止められる。

 そういう意図だろう。

 だが、


「どういう風の吹き回しですか?」


 彼女には分からなかった。冷徹な人間である彼が。機械のように仕事をこなし、敵を滅する彼が一体なぜこんなことを。と、尚更疑念を抱いていた。


「気まぐれだ。」

「は……」

「普段そういうことがない俺にも、そういうことがあっていいだろう。」

「それは……」

「安心しろ。裏切るつもりはない。」


 そう言うと、彼は特殊バイクの方に向かっていく。

 その彼を、怪人は引き止めた。


『恩に着る。ありがとう。』

「なぜ、礼を?」

……聞いてくれて。』

「息子……?」


『もう決めた。もう迷わん。こんな姿になって……今更だがな。』


「人間、だったのか?」

『ああ、そうだ。』

「人間だった怪人だと?そんなことがあるのか。」

『信じるのか……?』

「いや、全く。証拠がない。」


 表情を変えずに、そう答える。

 まるで武人のように、一時も表情を変えない青年が、このような慈悲を。それも怪人相手にしていることに対して、村主 啓は不思議に思った。


『怖くはないのか……?』


「別に。」


 即答。

 まるで答えが用意されてあったかのように。


「俺に感情はない。俺はただの兵士。生きるために、戦うために不要な感情はない。」


『じゃあなぜ俺を……』

「言っただろう。気まぐれだと。不満か?では、こう言おう。敵意のない敵に時間をかけるより、別の敵意ある敵を倒した方がいいと判断したからだ。お前はもう、いつでも倒せる。それでも不満なら、ここで死んだ方が納得がいくか?自分は怪人だったから消えたのだと。」


 抑揚のない声で答える。


『君は……どうして、戦うんだ。』


 これは村主 啓の人間の部分が強く働いたと言ってもいい。

 既に村主 啓には、人間のような感覚があまりないにも関わらず、怪人に近い感性に近いにもかかわらず、人間としてあろうとした彼の、抵抗した彼だからこそ彼……鳳華院 楓に抱いた"興味"であった。


「望まれたから。」


 ただそう一言、鳳華院 楓はそう答えた。


『何故そこまで……』


 これも興味だ。

 しかし、これは聞こうと思った話ではない。

 思わず口から出てしまったものだ。

 心で思ったことが、形として表れた。


「俺は望まれない子だった。望まれる子になるために俺は……」


『馬鹿者!』


「!」


 村主啓が叫んだ。

 その際に、鳳華院 楓の肩を掴んでいた。

 思わず東雲が再度レーザーガンを構え、飛鳥井が警戒するほどに場は緊迫した。


 しかし、当の本人である楓は攻撃どころか抵抗しなかった。

 怪人であるにも関わらず、力が入っていないどころか、敵意がないかったからだ。


『望まれない子などいる者か!』


「事実だ。」


『例え親に必要とされなくても、一番信じたい人に必要とされなくても、必ず君を必要とするものはいるんだ!少なくとも、今ここにいる諒たち……この子達は君を必要としているんだ!』


「安心しろ。今の俺は望まれている。必要とされているからな。」


『……!』


 装着を解除し、鳳華院 楓の姿を間近で見て、村主啓は言葉を失った。

 彼の頬、顔は傷跡だらけだった。

 一生消えないであろう傷跡。

 首にも傷跡が見える。

 ナイフや鈍器によるものだろうか。

 遠目で見れば目立たないかもしれないが、近くで見ればやや目立つ。

 これがマンガの、アニメのようにカッコよく見える勲章のように人目に映ればどれだけ良かったか。

 実際に人間が見たら、人によっては近寄り難いと思ってしまうだろう。

 おそらく、体中にあるに違いない。


 この子の家族は、本当に彼を愛したのか?


 自分なりに、初めてながら、不器用ながらも自分なりに自分の子を愛した彼だからこそ、ひしひしと伝わるものがあったのだ。


『違う……」

「何?」


『違う!それは望まれているのではない!必要とされているなんて言わない!都合のいい道具として利用されている!』


「問題は無い。必要とされていなかった過去に比べれば。」


『そこに君の意思はあるのか?』


「意志など必要ない。」


『意思がなければ、それは機械も同然だ!』


「その私が必要とされている。」


『機械でもいいだろう!君は……人間だ!』


「怪人の戯言で、機械の心に変化があると思うか?」


 それを言われた村主 啓は、言葉を失ってしまった。

 思わず掴んだ肩を離し、自分の手を見た。

 自分が改めて怪人なのだと、実感させられてしまった。


『そうか……じゃあ、これも怪人の戯言だ。』


 楓は相も変わらず、表情を変えなかった。


『もっと家族といればよかった。離婚なんてしなければよかった。もっと愛したかった。"後悔先に立たず"なんて言葉がここまで身に染みたことはない。』


「……」


『後悔をする選択は、偽りの、誤魔化すための幸せしか手に入れてくれない。自分のやりたい事を言わずに、やりたいと思わなかったことをやること。目先のものだけをやることは楽だ。なにも考えずに済む。自分の意思がない行動は、確かに辛くない。けど、やるべき行動と、やりたい行動をやらずに、辛くない選択を取ることは"逃げ"だ。』


「俺は……逃げていない。」


『やりたい行動があるなら、それをやりなさい。やらずに後悔しては行けない。周りは否定するかもしれない、罵るかもしれない。それでも、本当にやりたいことならそれを貫きなさい。辛い思いもする、逃げたくなる、なぜこの道を選んだんだと後悔するかもしれない。途中で失敗するかもしれない、幸せじゃないかもしれない。けど……逃げるより、立ち向かう方がずっとかっこいいじゃないか。ヒーローが、そうであるように。』


 村主 啓は背を向けた。


『こんなにも未熟な若い希望を、ガーディアンズはどうしたいのだろうね。』


 そう言って、彼は人間として一番会いたかった元へ歩んだ。


「父さん……?」


 装着を解いた、村主がそこにはいた。


 そして村主 啓は、自分の愛する息子に頭を下げた。


『すまないな……再会がこんな形で。』


「父さん……」


『すまなかった……自分のために、お前を売るような真似をして……』


「父さん……ごめんなさい。ごめんなさい!」


 謝りながら、村主は大好きな父の元へ駆け寄り抱きついた。

 自分の父親が怪人の姿であっても、彼は大好きな父だと信じた。

 ……いや、信じたなんて軽い言葉ではない。

 大好きな、世界でただ一人の父だからこそ、彼は父に抱きついたのだ。

 そうでなければ、穢れのない涙を化け物の前で見せるだろうか?


 村主 啓は抱きつかれて、抱き返せなかった。

 自分が怪人だったから。

 だが、気づけば自然と抱き返していた。


『すまなかった……お前の意思を無視して、こんな……いつ死ぬかも分からない、戦いを無理矢理させてしまって……』


 あの時、電話で謝ったことを。

 誤魔化さずに、ちゃんと自分の口で伝えたい。

 ちゃんと謝りたかった。


「ううん。俺嬉しかったよ。お父さんが、初めて俺を子供じゃなくて……なんつーか、一人の人としてさ!見てくれた気がして!」


『諒……』


「母さんと一緒に暮らす生活費の足しにもできてるんだ。なんにもできなかった俺がさ!母さん助けられてるんだ!」


 ああ、そうか。

 泣けることは幸せだったのだな。

 一番泣きたい時に、泣けないなんて。


「だからさ、俺……俺!後悔してないよ!いっちばん嬉しいのはさ、父さんと母さんを俺が守れてるんだ!怪人から、父さんと母さんを守れてるの、俺すっごい嬉しい!だから、俺……んっと、大丈夫!」


『諒……ありがとう……』


(本当に……優しい子だ。)


「うん。」


 その顔は、自分の愛した人に似ていた。


『母さんには、もう会えそうもないな。』


「そんな姿じゃ……」


『ああそうだ、こんな姿だから……』


「笑われちゃうね。」


 ああ。この言葉が、どれだけ変わり果てた村主 啓の心を救ってくれただろう。

 どれだけ勇気づけてくれただろう。


『ああ……そうだな。』


『諒、これがお父さんが最後に伝えたいことだ。今お前とこうやって会って、伝えたいことができた。』


「伝えたいこと……?」


 こうやって会って悟った、俺が一番伝えたかったのは辛いことどうにかして欲しいなんかじゃない。

 本当に伝えたいこと、それは--


『どんなことがあっても。何があっても。たとえ逃げてでも……生きろ。』


 頭を撫でながら、村主 啓は伝えた。


『お前が生きていることが、父さんと母さんの幸せだ。お前が生きて、笑っているのが父さんと母さんの幸せだ。お父さんが死んだから、お前に父さんの呪縛はない、しがらみはない。だから、もう自由に生きなさい。どうか、どうか生きてくれ。』


 そうだ。

 そうじゃなきゃ、あんなに真伊が俺を捨てたりなんて、するわけなかったな。

 ただでさえ、仕事ばかりだった俺といるのが苦痛だっただろうに。

 苦しくても……助けたい、そばにいたいと思ってくれたのだろうか?

 だとしたら、やはり俺は馬鹿だった。

 別れても、あんなに自分に良くしてくれる奴を俺は平気で捨てたのだ。


「わかった。俺は死なない!」


『それと諒、母さんに伝えてくれるか?』


「なにを?」


『ありがとう。と。』


「うん、じゃあさ。」


『なんだ?」


「指切り。懐かしいでしょ?」


『お前そんな歳じゃ。』


「いいから!」


 そう言って、村主が無理矢理指切りをした。


 ああ、最後に指切りなんてしたのいつだったっけ。

 大きく……なったなあ……


「ねえ、父さん。また--」



 ドッと重く、冷たいプレッシャーを感じた。


「これは……」

「鎧の怪人……!」


 飛鳥井と東雲が反応した。

 彼ら第六小隊にとっては因縁の相手。

 気づかないはずがなかった。


『俺も行こう。』


 村主親子もすぐに戦場へと向かうべく、公園に背を向けてた。


「生かしたんだ。戦ってもらうぞ。」


『言われなくてもそのつもりだよ。君、名前は?』

「今、そんなことを聞く場合じゃ--」

『いいから』


 ずい、と顔を近づけられ、顔を逸らしながら楓はしぶしぶ答えた。


「……鳳華院、楓。」


『楓君、おそらくジャリアーと呼ばれる雑兵もここから増えるかもしれない。君たちは前を見て進みなさい。前にいる敵は、俺が蹴散らす。正直に言うと、君たちを戦わせたくないのだが……』


「それは無理な話だ。」


『楓君、どうか諒たちを……頼む。』


 村主 啓は楓の手を無理矢理とり、握手した。

 そして、誰もいないそのさきを見据えた。



『息子に……かっこいいところぐらいは見せようか。』


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