♭After After Years Later


 日差しと暑さが勢いづいてきた、六月下旬の、とある休日の夜。都内某所にあるライブハウスにて。

 いつもなら、建物前の道路までアーティスト目当ての行列ができるその場所、その扉には、『本日貸切』という、珍しいプレートがかかっていたりした。


「……なぁ、美智留。そろそろ、その〝どうしても 〟をいい加減教えろよ」

 今は忙殺の最中ということもあって、普段よりもやや冷たい風を当てるのは、知名度こそあれ、まだまだ零細ゲーム開発企業の『株式会社blessing software』代表取締役の安芸倫也。

「いや~、二人にちょっとせたいものがあってさぁ~」

 そんな倫也に対し、その大きな胸を張ってドヤ顔を見せるのは、そんな零細企業の作曲担当であり、〝 知る人ぞ知る〟実力派ライブアーティストこと『mitchie』でもあり、そして倫也の従姉妹かつパチモンじゃないほうの幼なじみでもある、呼び出し主の氷堂美智留。

「見せたいもの?」

 と、倫也の隣で首を傾げたのは、そんな零細以下略の副社長であり、内縁でもいかがわしい関係でもなく、倫也と正式に婚姻を結んだ加藤……いや、安芸恵。

「ほんとはもうちょっと早く仕上がればよかったんだけどさ~。やっぱほら、あたしと違って〝みんな 〟都合とかあるし、なかなかね~」

「みんな?」

 美智留が何気なく発した単語に、倫也と恵は揃って首を傾げる。

 それもそのはず、現在の倫也と恵にとっての〝 みんな〟は、今もオフィスで血反吐を吐きながら絶賛作業中のはずで……

「ま、楽しみに待っててよ。……じゃ、あたし、ちょっと行ってくるから」

 新曲のお披露目にしては大げさで、壮大で。

 ただ、いくら自由な美智留だとはいえ、そのためだけに、わざわざこんなところまで呼び出したりはしない訳で。

 だから、倫也と恵は、結局、その答えを持つ美智留を待つしかなく……


  ※  ※  ※


「う~……や、やっぱやめない……? これ、相当イタいよ……?」

「あたしだってこんなこと言いたくないし、認めたくないけど……相当キツい」

「この年で、この格好……どう見ても厳しい。無理がある」

「あたしらとトモたちしかいないんだし、気にしない、気にしない」

「ミッチーは気にしなさすぎなんだよ……」

「……だからミッチーは正妻戦争に参加できなかった」

「それな」

「ほんとそれな」

「なんだと~!」


「……でも、なんか懐かしいよね~、やっぱ」

「うん、懐かしい……」

「ちょっといろいろ思い出しちゃうよね」

「こういうの、五年ぶりだっけ?」

「かな?」

「私たちのスタートも、ここからだったよね」

「……なんか、泣けてくるかも」

「こらこら、からしみったれ初めてどうすんのさ」


「……よ~し! それじゃ~みんな、準備オッケー?」

「オッケー!」

「右に同じ!」

「同じく」

「各自、思い残すことは~?」

「なし!」

「右に同じ!」

「同じく」


「……ほんと、ありがとね。トキ、エチカ、ランコ……」


  ※  ※  ※


「……トキ? エチカ? ランコ?」

 しばしの待ちぼうけを食わせた倫也と恵の前に、美智留は、『icytail』の……

 より正確に言えば、『icy tail』、姫川時乃、水原叡智佳、森丘藍子の三人と一緒に……

 かつての、当時の、共に青春の一部を駆け抜けたと言えなくもない、白と紫を基調とした衣装に身を包みながら……

 もはや夢のなきがらでしかないものたちを、それぞれ抱えたり、手にしたりしながら、ステージに登壇する。

 なにがなんだかわかっていない二人の前で、美智留は、精一杯声を張り。


「お前ら~っ!」

 そうして、ようやく、その答えを口にする。


「……最後の……これで本当に最後の……、『icy taik』からの……」


あたしからの気持ちおめでとう&ありがとう、全部残さず受け取れ~~~~~っ!」


 そうして、美智留の、そのシャウトを合図に、トキがギターを掻き鳴らす。エチカがベースギターの弦をピックで弾く。ランコが力強くバスドラを踏む。

 ただ、やっぱり、ちょっとだけ……

 それぞれが時間がない中で、なんとか時間を作って、自主練習だったり合同練習を重ねていたりはしたけれど。

 それでも、昔より、やっぱり、ちょっとだけ……

 ノイジーで、枯れ気味で、硬くて、ヘタクソになってしまっていた。

 美智留の弾くギターの音だけが、素人でも違いがわかるくらいに、クリアで、鮮やかで、力強くて……


 そして、それは……

 今も夢を追い続ける者と、とうに夢破れて、あるいは捨てて、諦めてしまった者との差を、違いを、残酷なまでに明確に、冷酷に示していたけれど。


 伸びのある高音で歌い、場を盛り上げ、バンドの顔として中央で暴れ回る美智留。

 美智留と背中合わせのパフォーマンスをしたりして、楽しそうに弾くトキ。

 そんな二人を縁の下で支えるが如く、ときどき笑いかけたりするエチカ。

 バンドのリーダーとして、見守るように、律するようにリズムを刻むランコ。


 けれど、それは……

 倫也も、恵も、よく知った、昔の『icy tail』そのもので、そのままで。


 だから、きっと、それは、美智留なりの……


 一流クリエイターの『柏木エリ』としてではなく、倫也の幼なじみとして、恵の親友として、ただの『澤村・スペンサー・英梨々』として、二人に送った……

 世界でその一枚しかない、倫也と誓いのキスをする、恵のイラストのように。


 一流クリエイターの『霞詩子』としてではなく、倫也の師として、恵の盟友として、ただの『霞ヶ丘詩羽』として、二人に送った……

 世界でその一冊しかない、皮肉まみれのハッピーエンドを描いた、小説のように。


 一流クリエイターの『波島出海』としてではなく、倫也の愛弟子として、恵の理解者として、ただの『波島出海』として、英梨々と協力し、二人に送った……

 世界でその一枚しかない、恵と誓いのキスをする、倫也のイラストのように。


 一流クリエイターの『mitchie』としてではなく……

 彼女たちよ同じく、倫也の従姉妹として、幼なじみとして。

 彼女たちと同じく、恵の親友として、仲間として、理解者として。

 そして、たくさんのものを二人にもらった、『icy tail』最後の恩返しとして。

 ただの、『氷堂美智留』として。

 ほんのちょっとだけ、皮肉を込めつつ……


 世界でこの一回しかない、二人のためだけの祝福を、その音色に乗せて……

 

                                   (了)

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冴えない彼ら彼女らの、#だったり♭だったりで、なんだかなぁ……な短編集。 あきさん @Atelier_Z44

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