第56話 対アイン
「始め!」
アインとの準々決勝、ラウド先生の開始宣言で、俺が木剣を中段に構えてブーストを唱えようとした所で、アインから「待った」が掛かった。
「何だよ?」
「ブレイド、お互いブーストを使うの止めにしないか?」
は? 意味が分からない。
「ブレイドの今までの戦いを見てきたけど、ブーストに頼り過ぎだ。いくらポーションで回復しても、身体はもうボロボロなんじゃないか? そんな身体じゃ明日の騎竜戦にも響くだろう?」
ああ、成程。アインは俺の事を気遣って言ってくれてるのか。明日も試合があるだろうと。これ以上ブーストを掛けるのは身体に悪いと。確かに俺の身体はもうボロボロだ。だからって何でアインに心配されなきゃならないんだ? これから対戦する相手だぞ? もう勝ったつもりか? ボロボロの俺じゃ相手にならないとでも? ふざけるなよ?
「良い提案だな」
俺は努めて冷静に、ニコリと笑ってアインの提案を受け入れる。実際身体はボロボロなんだ。これ以上のブーストは出来るだけ避けたい。準決勝でエドワード会長と対戦する為にも。だからと言って、言われっぱなしも悔しいじゃないか。
「そうだな。じゃあ俺は……」
俺は木剣を木槍に変えて構える。
「この状態限定で戦ってやるよ。これで対等だろ?」
アインの顔が引き攣る。槍はアインの得意武器だ。対して俺の得意武器は剣。その俺が木槍に限定して戦うと言っているのだ。バカにされていると思われても仕方ない。だがこれで俺の心の内の少しでも理解出来ただろう。
「へえ、後悔するなよ」
低い声で俺に念を押し、アインも槍を構えた。
「それはこちらの台詞だ」
アインと睨み合い、槍の間合いを段々と狭めていく。互いに突けば相手に当たる位置まで来ると、呼吸を整える。
ジリ…と互いの足が一歩前に出た所で、息を止めて槍を突き合う。と同時に槍を躱す。首を曲げると、ついさっきまでそこにあった顔の位置を、アインの槍が突き抜け、同じスピードで戻っていく。ボッ! ボッ! ボッ! 槍が俺の横を突き抜けていく度に、ゾッとする唸りが耳に残響する。その度に心臓が縮み上がるようだ。
「ふう」
冷や汗を流しながら、槍の突き合いは続く。頭を、喉を、胸を、胴を、小手を、足を狙い、木槍を突き捲り、アインの槍を躱す。身体を半身にして、フットワークは軽く、突きの軌道を予測して、最小限の動きで躱す。
首を振り、足を左右にクロスさせ、アインに的を絞らせず、槍を捻り突き出す。それをアインは槍で弾いて軌道を変え、更に自身の槍を突いてくる。
何度突き合ったか知れない。互いの攻撃は決定打とならず、さりとてブーストを使って加速させる事も叶わない。自身の技量で相手を上回らなければならないのだ。
俺は一度大きく後退して距離を取ると、一呼吸入れて被弾覚悟でアイン目掛けて突っ込む。アインは俺の中心を撃ち抜くような鋭い突きを出してきたが、俺は上体を捻ってそれをギリギリで躱し、アインに肉薄した。
槍の柄でアインを押し込むが、アインもそれに対抗して槍の柄で押し返してくる。この距離は槍ではなく棒の距離だ。俺はフッと力を抜いてアインの押し出しを透かすと、しゃがみ込んで足を払いにいく。しかしアインはそれを飛び跳ねて躱し、お返しとばかりに上段から槍を打ち付けてくる。
俺はそれを前転で躱しながらアインの後ろに回ると、後ろにいるであろうアインに向かって槍を振り回す。が、それはアインも同様で、ガシンと槍がぶつかり合い音が響く。
振り返って木槍の中心を握って構え直し、互いに槍を棒のように振り回す。右、左、上、下、斜めと槍を高速で振り回し、互いの攻撃を打ち返し、跳ね返し、避け、躱し、隙を突き、多少の被弾はものともせずに槍をぶん回すのだ。
アインの姿が見る見るうちにズタボロになっていく。俺も同じだろう。本当は相当痛いのだろうが、戦闘の興奮でそんな事気にならない。
戦いはいつの間にか足を止めての打撃戦に変わっていた。それも防御無視の打ち合いだ。躱す事を止めたので、被弾する数が天井知らずに増えていく。目の上が腫れたのか、切って血が流れたのか、いつの間にか右目の視界が塞がっていた。アインも似たようなものだ。
どれ程打ち合ったのだろう。腕はパンパンで木槍を振り回す力も入らない。息が上がって苦しい。恐らく身体中打撲に骨折をしているだろう。アインも同様で、俺たちは互いに持っていた槍を落としてしまった。それでも戦いを止める事が出来ず、拳を握り、なけなしの力で相手を殴る。アインも殴り返してくるが、痛くも痒くもない何とも情けない拳だった。俺の拳も同様だろう。
「そこまでだ!」
試合を止めたのはラウド先生だ。俺たちの間に割って入り、俺とアインの状態を見定める。
「試合終了! この試合、両者負けとする!」
試合進行のラウド先生の宣言で、俺たちは互いに負けを宣告された。いつの間にか、俺の前に地面があった。
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