第40話 払暁
日々地味な魔力消費量削減修行を続けているうちに、外では初雪がちらつき、決闘祭当日を迎えた。
「積もらなかったね」
夜明け前、竜舎からアルジェントを出した俺に、厚いストールでぐるぐる巻きのノエルが、白い息を吐きながら話し掛けてきた。
「そうだな。まあ、決闘祭当日に大雪、なんて事になられても困るけどな」
空を見上げると、昨日の雪が嘘のように快晴で、夜明け前の空には月や星が瞬いていた。
「さあ、そろそろ行くぞ」
研究発表で販売するポーションドリンクが入った瓶を目一杯詰め込んだ木箱を、アルジェントに持たせ、俺はノエルをアルジェントの背に乗せる。
「わあ! 高い!」
普段であれば危険なので絶対乗せたりしないのだが、今日は祭り、特別である。ノエルを俺の前に座らせ、俺の後ろに父が乗る。シエロの方は母とナオミさんだ。
「アルジェント!」
俺の掛け声に応えて、アルジェントが勢い良く飛び上がる。あっという間に空高くに到達すると、アルジェントは身体を水平にして、一路王都ガラクシアに向かう。
「すごい……!」
感嘆の声を洩らすノエル。ノエルがそう洩らすのも分かる。夜が明ける寸前の世界と言うものは、均一な無窮で、まるで自分が世界と溶け込んでしまったように錯覚させる。
それを切り裂くように地平線から陽が昇る。凍えるような寒さから、射し込む陽光に身体がじんわり温められ、太陽の偉大さに感謝の念を覚える。毎日学院に通う俺でさえそうなのだ。初体験のノエルの感動は相当なものだろう。
「すごい! すごいすごい! すごいすごいすごい!」
すごいを連発するノエル。分かったからちょっと黙れ。舌噛むぞ。
「やあ、今日は団体さんだね」
決闘祭当日だと言うのに、竜舎の前ではエドワード会長が出迎えてくれた。
「こんな所に居て良いんですか?」
ネビュラ学院の学生会会長となれば、この学院一番のホストだ。続々やって来る来賓の対応で大変なはずである。
「まあ、そっちはそっちで何とかなるんじゃないかなあ」
などと笑っていた会長だったが、直ぐに会長を呼びに四年生たちがやって来て、会長は引っ張っていかれてしまった。何とかならなかったようだ。
「あれがネビュラの現会長か?」
俺の後ろで連れ去られる会長を見ながら、父が訝しがっている。
「あれで学院で一番強いみたいだよ」
「ほう」
俺が竜房にアルジェントを繋いでいる間、父はもう消え去った会長の影を眺めていたかと思ったら、今度は竜舎の中の竜たち一頭一頭をしげしげと眺め始めた。
「キョロキョロしないでよ。なんか恥ずかしい」
「ふん」
竜舎にまで家族が入ってくるのは珍しいらしく、父とノエルは目立っていた。その上二人ともキョロキョロするので余計に目立つ。それが何とも気恥ずかしかった。
「もう行くよ」
俺はポーション瓶の入った木箱の中を確認し、瓶に割れがない事を確認すると、二人を呼んで竜舎を後にした。
「ええ! お兄ちゃんお祭り見て回らないの?」
「悪いけど今日は無理だ」
決闘祭一日目、今日俺のスケジュールは、まず魔法実験室で行われる〈魔法・研究発表〉に顔を出し、ポーションドリンクを売り捌き、その後学院前の原っぱで行われる〈魔法・実戦〉に出場。昼休憩を挟んでから、午後は〈武術・演武〉を行った後に、フィナーレとして〈武術・実戦〉が控えている。
〈武術・実戦〉の決勝戦ともなると夜も更けるとの事なので、下手をしたら俺たち今日は王都で一泊する事になりそうだ。俺やリオナさんは学院の寮に泊まれるが、家族が泊まる当てなんてあっただろうか?
「今日、帰れなくなったらどうするの?」
魔法実験室に向かう俺の後に続く家族やリオナさん、ナオミさんに尋ねる。
「ふん、大丈夫だ。元から一泊の予定で、ルーカスに宿を取らせている」
「えっ? そうだったの? …………ルーカスって誰?」
首を傾げる俺に答えてくれたのは、リオナさんだった。
「私の父の名です」
ああ、バンシャン伯爵ってルーカスって名前なんだ。…………平民が伯爵使って宿を取るとか、普通じゃないよね? ウチの両親の謎が更に深まった!
「おーい!」
魔法実験室に着くと、カルロスたちが会場の準備をしてくれていた。午前中暇だろうと声を掛けたら、手伝ってくれる事になったのだ。俺が席を外している間、売り子もしてくれる。駄賃は払う事になったが。
「来たか」
「ちょっと遅くない?」
「まだ始まったばかりだろ?」
カルロスとマイヤーが早々に愚痴をこぼすのをスルーして、俺は設営されたテーブルに木箱を乗せる。
「あ、ブレイドくんのご家族ですか? いつもブレイドくんにはお世話になってます」
俺が木箱からポーション瓶を取り出し並べている間に、カルロスたちが家族と挨拶している。
「皆の家族は来ないのか?」
「ウチは明日だしなあ。それに土産物屋ってのは、こういう時こそ稼ぎ時だからな」
とカルロス。
「ウチは今日来るよ。着くのは午後になるけど」
「ウチも同じく」
とマイヤーとアイン。武術の実戦は午後のメインだからな。
「ウチは、もう来ている」
「は?」
ショーンの言葉に驚き振り返ると、ショーンと同じ緑髪の紳士と、紫髪の淑女が立っていた。
「そちらが?」
「ショーンの父です」
「母です」
二人に握手を求められ握り返すと、向こうも強く握り返してきた。
「ありがとう。君たちのお陰で正義が守られた」
うん、ちょっと重めだ。この親ならショーンがあんな風に育ったのも頷ける。
「いえ、俺たちはちょっと手助けしただけですから」
笑顔を返したが、引きつっていたかも知れない。
「アンドレか?」
そう言われてショーンの父親が俺の父の方を振り返る。
「ランデル先輩?」
父を見て驚くショーンの両親。
「え? 何故ランデル先輩がここに?」
「ふん、息子が決闘祭に出るんでな。その見届けに来たんだ」
と俺を指差す父に、更に驚くショーンの両親。
「ランデル先輩とスィード先輩の息子さんでしたか。成程、強い訳だ」
「いや、まだまだだよ」
旧知の仲らしく、俺の両親とショーンの両親は話が弾んでいた。
「あんたの親、本当に何者なの?」
「俺に聞かれても答えは持っていないぞ」
俺が聞きたいくらいである。聞くのはなんだか憚られるのだが。
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